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    その三

 計画が、失敗したことを和樹は悟った。

 忽然と現れた侵入者によって。

 侵入者は、片手に持っていた物を和樹に向かって放り投げた。ごろん、と絨毯の上に転がったソレは、純白の床を真っ赤に染めた。しかし、和樹は片眉を微かに上げただけで、それに見向きもしなかった。


「お前は、何者だ?」


 腕を組んだまま、特に驚きもせず目の前に現れた侵入者を見据えた。


「華澄と申します。イブキ様のお命を狙う不埒な者の命は、私が始末させて頂きました」


 対して、侵入者――華澄の方も、無表情だった。命を奪うことに、ためらいさえ見せず、憐憫や悲壮さは、その顔には一切浮かんでいなかった。


「華澄、か。お前も千珠と同類だな? 匂いで分かる。お前は、人ではない。第一、人ならば、空間を切り開いて現れるはずがないからな」


 その言葉を聞いて、初めて華澄の顔が変化した。おかしそうに唇の端を持ち上げ、何の感情も表れない瞳を和樹に絡ませた。


「――そうですか。千珠は、あなたを巻き込んだのですね。もう、あなたは運命の輪から逃れられない。それでもよろしいのですね?」

「運命? は、そんなもの俺には関係ない! 俺は、千珠と契約を交わしただけだ。俺の復讐を遂げるためにな」

「復讐、ですか。あなたの瞳に宿っているのは、迷いでしかない。そんなあなたに、復讐が果たせるのですか?」

「機は熟した。後は、あの目障りな娘と百合を消すだけだ」


 ちらり、と床に視線を走らせた。一瞬、視界に入ったのは、華澄が持ってきた物だった。目を恐怖に見開き、下をだらりと出して転がっている頭部は、どす黒く変色していた。首から下はなく、切断されたかのように切り口がきれいであった。

 間違いなく、彼の秘書であった者の変わり果てた姿だった。

 しかし、和樹の心には、哀愁も何も浮かばなかった。彼は、ただの駒だったのだ。役に立たなければ、和樹自身が殺すつもりであった。


「芽は早い方に採った方が良いと言いますが、あなたは必要な人です。私の運命に入り込んでしまったのですから。けれど、あなたがイブキ様のお命を消されるおつもりなら、私はそれを阻止しなければなりません。次にお顔を拝見した時には、あなたの命はないものだと思って下さい」


 淡々と話すその表情は真剣だった。

 本気で和樹を殺すと目が語っていた。


「いいだろう。お前の実力がどの程度かわからないが、こっちにも同じ力を使える者がいるということは忘れるな」


 両者の視線が絡み合い、瞳で射殺せるのではないかと思わせるほどの、眼力を秘めたまなざしが互いに譲らず、火花を散らした。


「鈴死とは、すでに一戦交えました。何千人いようと、私の敵ではありません」


 不敵に言い放つ華澄は、どこまでも堂々としていた。頑丈とはいえそうにない、細い体のどこにそんな力があるのか、華澄から漂うオーラは、押し潰すような威圧感があった。華澄は、用事は終えたとばかりに空気に溶けるようにして消えてしまった。

 和樹は、ぎりっと歯ぎしりをした。強く握り締められた掌に、爪が食い込む。


「くそっ」


 悪態をつくと、憤っていた顔は、次第に笑んでいった。


「まあ、いい。チャンスはまだある」


 和樹は、鍵を胸ポケットから取り出すと、引き出しの鍵穴に差し込んだ。鈍い音をきくと、彼は引き出しを開けた。


飛鳥(あすか)……」


 中に入っていた一枚の写真に、そっと触れた。その動きは、壊れ物を扱うかのように優しかった。

 甘く、ふんわりとほほ笑む少女は、花畑に埋もれて、楽しそうだった。これは、和樹と飛鳥が、初めて旅行に行った時の写真だった。だれにも邪魔をさせない空間の中で、二人は永遠に続く幸福を確かめあっていた。


「俺は、お前を殺した人間を許さない。見ていてくれ、俺は――!」


 言葉は、そこで止まった。変わりに、涙が頬を伝う。なぜ、涙が流れるのか、それは本人にも分からなかった。


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