彼女の場合
私の幼馴染は変人だ。変態でもある。
優しく言葉を変えてあげると個性的というふうにも言えるが、まあ、そんな優しさをジルにかける理由はないので変態野郎で充分だろう。
「よし、おそらくこの環境はヘタレ主人公ハーレムルートに入ったか!?」
虚空をみてブツブツ訳のわからないことを叫んでは誰かに突撃し、撃沈している。
そのたびに何故か巻き込まれる私の身にもなってほしい。うんざりだ。
「幼馴染キャラはいつも隣にいて主人公の面倒をみるもんでしょー。そしてあわよくばぐへへ、って痛っ、いや、冗談で――――石はやめて!?」
誰が主人公だって?ぐへへがなんだって?虫唾がはしるわ、ばか。
だがそんなボロクソ言ってるのになんで一緒にいるかというと。
私に、友達がいないからだ。というか嫌われている。
みんなが気軽に呼び捨てされている中、なぜか私だけがかたくなに「さん」づけで呼ばれる。たまに「様」でもよばれるが、気持ち悪い視線をしていることが多いから無視。
滅多に眼も合わせてくれないし、学校の授業でパートナーを組む段階になっても結局はいつもジルしか組んでくれない。
頑張っているのになあ。勉強が得意だったら他の子達に教えを請われるだろうかと真面目にとりくみ、大体1番を守れている。が、誰も聞きにきたことはない。ジルは、
「転生頭脳を持ちながらも勝てないなんて、さすがルディさん最強すぐるっ」
とか言っていたが、片手間の勉強だけで2番を取れるのならば十分だろう。
おそらく本気になったジル相手ならば私でも勝てるかどうか危ういが、いつも「ファンクラブの統制が……」といいながらあちらこちらを走り回っているジルに今のところその気はないようだ。
あの変態はいったい何をやっているんだか。
運動も、できるだけ頑張っている。
頑張ってもせいぜいが平均くらいしかできないのは甘えなのだろうか。
でも胸部についている余計な脂肪が、全力で動くことを邪魔するのだ。
いっそさらしでも巻こうかと思ったが、これまたジルに泣きながら反対された。
「人類のっ至宝をっ封じるなんてっ僕は許さんぞーっ!!」
泣きじゃくった顔がきもかったので、それ以上近寄ってほしくないばっかりにその懇願を受け入れた。
いや、ほんと、まじどんびき。
ところで偶然だろうが、そのころ周りでやたら胸部の素晴らしさについて議論が行われている光景を目にした。
ひんぬー、きょぬー、びぬーっておそらくジルあたりが発信源な気がしてならない。
魔術は一応一通りの属性は使えるのだが、これといって突出しているものはない。
いわゆる器用貧乏というやつだが、その精度をあげるために日々努力している。何の苦労もなく闇の加護を受けているジルがうらやましい。
「いや、僕、その加護チートをもってしてもルディに勝てたことないんですけど……」
単純だから動きが読みやすいのだ馬鹿め。
ジル相手だとせいぜい十手先を読むだけで事足りるからたやすい。相手によっては百手先まで読んで、お互いに動けなくなることがあるからなあ。
あれは宮廷魔術師の特別講演で相手に指名された時だったか。おそらく手加減してくれたのだろうが、良い経験になった。お世辞とはいえ熱心な勧誘もありがたかった。就職先に困ったら相談してみよう。
流行に詳しければ女の子たちの話題についていけるかと思ったが、いかんせん彼女たちの言葉は呪文みたいで頭がフリーズする。
レースの種類やら、素材の良しあしやら、その色と模様具合に至るまで、何一つとしてついていける話題はなかった。
せいぜいジルのお姉さんが時たま嵐のようにやってきて着せ替え人形の務めをさせられたあげくに置いていく服を着るくらいである。
「姉さんの店、今結構予約いっぱいでなかなか買えないんだけど。っていうか、自分が広告塔になっているのに気付いてる?」
何変なことを言っているんだ。
しかしこいつは男のくせに私よりもそういうの詳しいんだよな。ゼッタイリョウイキがなんとか。むかつく。
ところでメイド服萌えーとか気持ち悪いことをいっている輩は、さすがにお前の仲間ではない、よな?
それにしても憂鬱だ。
ジルの言葉をかりるに、いわゆるコミュニケーション障害というものらしい私に、いつか友達ができるのだろうか。
私と違って、ジルには友達がいる。
多いわけではないが親友と言い切れるほど深い仲は、みていて正直うらやましい。
昼飯などはその中になんとなく混ざっているわけだから私も一緒にその場にいるのだが、彼らはあくまでジルの友達であって私の友達ではない。
その証拠に、会話が続かないのである。
「やあこんにちは、ブリザードビューティ」
「……」
それはまず、私のことだろうか。と目線でジルの友達を切ってすてると、ぶるりと体を震わせた。
「ああ、たまらない。その氷の瞳でみられるとイッてしまいそうになるよ」
変態だ。変態の友達はやはり変態しかいないのである。
「ちょっ、うちのルディさんに変な言葉教えないでくださいー。そういうのはまずマネージャーの僕を通してからにして。カメラ用意するし」
「……ジル、お前そろそろ寿命を迎えたいのか?」
止めるように聞こえて実は火にガソリンをぶっかけているジルに笑いながら声をかける。冷笑である。
「うらやましい。ジルはいつもこんな風に声をかけてもらっているのか。さすがにファンクラブ会長なだけはあるな」
「ふはは、幼馴染という特権をいかさずにおくべきか!どんなにつれなくったって追い続けるのが鉄則です」
なんの話をしているかわからないが、こんなのが生徒会長だと思うと世も末である。
いつも通りにくだらないやり取りをしていると、珍しくも一緒に席を囲んでいた女子が顔を真っ赤にしながら声をかけてきた。
「あ、あの!ルディ先輩、うちの兄が失礼なことを言ってごめんなさい!」
兄という言葉から察するに、この変態生徒会長の妹なのか。なるほど、たしかに赤いくりくりの髪がよく似ている。性格まで似なくてよかったな。
「気にしなくていい。どうでもいい会話はすぐに記憶から消去されるから。それより、君の名は?」
「あ、私はミルルカといいます!図々しいかとは思いましたけど、今日はルディ先輩とお近づきになりたくって、兄に頼んでついてきちゃいました」
怒られるかな、とびくびく小動物のようにこちらを伺っている様は非常に愛らしい。
なぜ私と話たがっていたのかは不明だが、こんな愛らしい子を拒否する理由はない。
なるべく怖がらせないようにほほ笑んで、自己紹介を行う。
「知っているようだが改めて名乗ろう、ルディアナという。よろしく、ミルルカ」
ぼんっという音とともにミルルカの顔が赤くなり、隣では生徒会長とジルが顔を抑えてもだえている。
変態はどうでもいいが、ミルルカ大丈夫か?今、人類からはしてはいけない音が聞こえたぞ?
「はあはあ、ルディ先輩の笑顔とか激レアすぎる」
息が荒いな。首を傾げてそっと額に手をのせてみる。熱い。熱があったのか。
するりと汗を拭ってやって、体をやすませるよう忠告する。
「辛いなら無理せず休んでいるといい。心細いのなら、保健室までついていこうか?」
「……神様、ありがとう。私、生まれてきて幸せです」
笑顔のままで卒倒するミルルカに慌てる。
思ったよりも重症だったか!ちょっと、お前らも手伝え!
「ミルルカめずるい、くそ。なんだ、女子か、女子に生まれ変わればいいのか、性転換……百合もありですね」
「僕としたことがあまりの衝撃にカメラを取り忘れた!っていうか長年幼馴染やっていてあんなにやさしくされたことが一度もない事実って一体」
変態はブレずに変態のままだった。
とりあえず兄であるところの生徒会長を無理やり現実世界にたたき起こし、ミルルカを自宅まで運ぶよう厳重に指導する。
病院にいくべきかと思ったが、それは生徒会長によって丁重に却下された。
まあ、身内が原因に心当たりがあって休めばいいだけと主張しているのならそうなんだろう。
二人を見送ったあとで、意識せずしてため息がもれた。
心当たりはないが私のせいなのかな、やはり。
「どうして私はこうなんだろうな。だから友達の一人もできないんだ」
「ん?ルディ、そんなに友達欲しいの?」
何をいまさら、とジルを睨みあげると存外真面目な顔をしていたので、躊躇いがちに頷く。
「……ふーん、そっか。ねえところで、いきなり大人数に囲まれて皆にキャーキャーいわれながら時には鼻血を噴出する光景を眺めるのと、現状を選ぶならどっちがいい?」
決まっているだろう、そんなこと。間髪いれずに答える。
「普通に、数人の友達と穏やかに過ごしたい」
「……」
「……」
まあそうだよね、とジルはうつろな目で周りを見回した。
そこで周りのやつらが息をひそめてこちらの様子をうかがっていることに気づいてたじろぐ。うるさかったか?
「つまりー、ルディはむやみに騒がず、盗撮もせず、話している間に急に鼻血を出したり絶叫したりせず、過度な崇拝や煩悩を持ったりしない、普通の、友達が欲しいんだねー?」
棒読みに近い声で周りにはっきりと聞こえるよう問いかけるジルに眉をひそめる。
「当たり前だ、そんなこと。大体そんな奴がいたらただの犯罪予備軍じゃないか。気持ち悪い」
「だよねー。できれば同じくらいのスペックあればより良いよねー」
うすら笑いを浮かべるジルとは対照的に、周りのやつらは何故かどんより落ち込んでいる。
無理だ、自信がない、って何の話だ?
「つまり現状で一番その友達定義に近いのが、僕とクウロなんだけど、その辺で我慢しない?ついでにミルルカちゃんも含めていいけど」
……というかだな。ミルルカはともかくとして。
「クウロって誰だ?」
しん、と周りが一気に静かになった。だから一体何なんだ。
「さっき、一緒にご飯をたべていた生徒会長、なんだけど」
「ああ、あの変態か。生徒会長としか認識していなかったから名前は知らなかった」
「つまりある程度会話できる仲になっても、そこからが長いわけだ。おーけー」
にやあ、と何故か優越感を浮かべた笑顔でジルがわざわざ私に問いかけてきた。
「ところでさすがに僕の名前は知っているよね?僕は友達じゃないわけ?」
当たり前だろう、そんなこと。
「ジルはジルだろう。ジールレン・ダイナハート。不本意ながら、私の唯一の幼馴染だな」
友達ではない。そう言い切るには変態すぎる。が、その長年の付き合いまで否定する気はない。
「ふふ、ありがとうルディ。君は確かに僕の大事な幼馴染だよ」
心底楽しそうなその顔からそっと目をはずす。
友達すらろくにつくれず嫌われている現状において、「幼馴染」という言葉で切れない縁を主張しているのは実は私の方で、たぶん、ジルが思っているよりもその関係に執着しているのだと気づかれたくなかった。浅ましい自分が嫌になる。
今の私は、ジルがいなかったらろくに話せる同級生もいない、寂しい女だ。
どんなに頑張っても報われないというのは、辛い。折れそうな心を保っていられたのは、たった一人でも傍で笑ってくれる人がいたからだ。
『ルディたん、今日はなにして遊ぶー?お医者さんごっこ?』
『もう詠唱破棄できるようになったの?ルディすげー』
馬鹿騒ぎをしているようで、どこか大人のような余裕でこちらを構ってくれるから遠慮なく罵倒できるし、付き合いが続けられるのだと気づいている。そんなの、本当に対等と呼べるのか。
だからこそ、その関係から抜け出せるように友達がほしい。
なんの後ろめたさもなくジルを幼馴染とよび、普通に友達と遊べるように。
「友達が、欲しいな」
「頑張って、ルディちゃん。あんまり応援はしないけどねー」
ふざけたニヤケ面を睨み、足で蹴る。……無論、加減はするが。
「ジルの、馬鹿野郎」
そして私なんかの幼馴染なんかをやってくれている変人野郎。
口には出さないけど、少しくらいなら感謝をしてやる。
ときおり宿る瞳の奥。熱のような揺らぎと雷のような鋭さがお前の本質だろう。
いつか、堂々と友達ができてお前と対等にたてたなら、その本気をみせてくれるか?
次はジル視点ー。変態ましまし注意報発令。