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龍の宝玉  作者: プー太郎
7/9

第6話 楽しい旅行計画

 突然ですが皆さん、知ってますか?

 緋鳳院学園において六月は修学旅行の季節なんですよ!

 普通の学校なら二年だけってところなんだろうけど、セレブ校は一味違うんだなー。なんと毎年、何処かにお出掛けするんだって。しかも二週間程度! 去年のS組の行き先を元希さんに聞いてみたところ、おフランスはニース、地中海とコートダジュールに面する保養地だったそうです何それ羨ましい!

 ま、ウチの学園は全体の人数が少ないからねぇ。金持ち学校だし。だからこそ、そんな無駄な事出来るんだろうけど。

 それでは気になる今回の行き先は――!?



 ……と、思ったけど実はまだ生徒には知らされてない罠。

 何でも候補地が三つあって、何処に行くかは昼休み中の会議で学級委員が籤引きして決めてくるらしい。因みに学年は関係がない。つまり、一年も三年も関係なく、候補地三ヶ所を奪い合うという訳だ。

 結果は本日最後のホームルームで発表されて、序でに班分けまでしちゃうとか。楽しみ過ぎて仕方がない。


 そんなこんなで今は昼休み中。この前のレポートで使用した参考文献を返す為に、元希や三原とは別行動中です。

 図書館って本校舎とは別の建物にあるから、ちょっと遠いんだよなァ。わざわざイングリッシュガーデンみたいな薔薇の咲き誇る中庭を突っ切って行かなきゃならないの。その正面に図書館がある。まるで洋館と見紛う建物だ。いや、洋館って言うか、もうビザンティン建築でいいんじゃね? イスタンブルにあるハギア・ソフィア大聖堂の縮小版そのものだし。

 中庭に出て真正面に見える建物を見据えながら、何度目か分からない溜め息を吐く。見た目を裏切らない蔵書の所蔵量はとても魅力的だが、金の使い所が間違ってるような気がしないでもない。これがセレブの普通なんだろうか。

 そう考えていたら、目の前で重そうな分厚い書籍を積み重ねて歩く小さな女生徒の姿が現れた。えっちらおっちらという効果音が良く似合う。あまりにも小さいので一年生かと思ったら、良く見ればその後姿は見覚えがあった。

 人物関係に関してはメモリ容量の少ない記憶を掘り起こして、検索を掛ける。おおぅ、同じクラスの子っぽいぞ。

「よっと。重いモン、持ってんな。そういう時はそこらにいる男共使えよ、ホラ」

「……へっ」

 後ろから数冊引っ手繰って声を掛ける。反射的に振り返った女子は、ポカンと口を半開きにして驚愕も露わに自分を凝視していた。

 分厚い瓶底眼鏡に太陽光が反射する所為で瞳は見えない。けれど日本人形のような真っ黒で真っ直ぐな髪は、彼女の小さな背中でピシャンと撥ねた。少々長身な自分の胸までしかない同級の女子は、ええっと、確か本田まりあと言ったっけ。

「え、な……ぅええっ!?」

 おー、物凄い驚きようだなオイ。

「あれ? もしかして俺の事、分からない?」

「……っ」

 ぶんぶんと音を立てて首を横に振る。どうでもいいけど、頭痛くなったりしないんだろうか。と、思わず心配してしまうくらいに激しく否定してくださいました。有難う御座います。

「な、なんでっ」

 少し高めの女の子らしい声で疑問の言葉。

 ああ。話した事もないのに、いきなり手伝おうとしたからか。そりゃビックリするわ。

「なんでって。今にも転びそうだったし、クラスメートじゃん。手伝うでしょ」

「っ」

「俺、まだ余裕あるし、もっと乗せてもいいよ」

 なんか言いたそうだったけど、遮るように台詞を被せて有無を言わさず洋書を奪い取る。

 一冊5cmくらいあるから、結構な重量だ。一人でここまで運んできたんだから、案外力持ちさんなのかもしれない。ま、今は自分が殆ど奪い取ったから二冊しか持たせてないけどね。

「ぁ、有難う……」

「どういたしまして。それにしても凄い量だな。全部……歴史系?」

 腕に抱えている文献の題名をチラリと見遣って、その内容を推し量る。重量感あるハードカバーの表紙に箔押しされたタイトルは「陰陽師と政治の関わり~今と昔~」。うん。……うん?

 その下にある古書は「現代に至る占術の変遷を追う」……流行なのかな、こういうの。

 何とも言えない気持ちで本田に視線を向けると、彼女は楽しそうに「私、歴史学者になりたいの」と夢を語っていた。イイと思うよ、とっても。

「陰陽師とか占いとか……ここにあるのは全部そういうのばっかりだな」

「うん。今に語り継がれる日本の風習を調べててね。昔の日本はファンタジックで面白いんだよ!」

 彼女の興味分野をネタに話題を振れば、さっきまでの挙動不審は一気になくなって興奮した様子で語り始めた。好きなんだなァ。

「陰陽師が炎を操って活躍してたり、……そうそう! 龍の宝玉って言われて崇められる神子なんかも居たんだって。えと、佐倉君も知ってるでしょ? 今でも国は占いを重視していて、採決する時にも参考にしてるって都市伝説。あれ、強ち嘘じゃないと思うんだっ! 陰陽術なんて人間兵器みたいなものだから、きっと上の偉い人はそう言う人達を匿ってるんだよ! 私達一般人には知らせてないだけで、政事に困った時とか占ってるんだろうなー。大安とか友引とか残ってるのが良い例だよね。それに今日もね? 朝の占いで私、新しい出逢いがあるって言われてたんだけど、ほら、当たったみたいだし!」

「……へえ」



 ……。


 おーけー。

 ちょっと落ち着こうか。


 五行を操って妖怪をやっつけたり星を読んで占ったり――とまぁ、物語でもしばしば使われる陰陽師。でも実際は天文学や暦学と言った高度な学問を扱ってたんだよね? やがて祈祷や占術を行う神職になっていったというのが一般的な認識で、歴史を専門とする研究者達もそう言う結論で落ち着いてる。ってか、常識的に考えて火とか水とか、いっそ呪術でもいいけど、そんなのを自由自在に使えたら今頃日本は陰陽師の支配下にあると思う。だってか弱い人間がそんな超人類に敵う訳ないじゃん。呪い程、完全犯罪かつ遠距離な攻撃はないでしょ。勝てるわけねェよ。


 って色々と無駄知識が頭を駆け巡ったけど、今すべきはそんな議論じゃなくてだな。取り敢えず気を鎮めて。それから夢を楽しそうに語る本田の、キラキラした表情を良く見て。理解したら、涼、アナタのすべき行動はただ一つよ! 実際に炎を操れただなんてファンタジーを信じてるようじゃ歴史学者になれないんじゃない? とは、口が裂けても言うんじゃない! (おとこ)なら笑って「興味深い考察だね」と褒めるんだ、さあ行け!

「きょ――」

「ねえ、佐倉君は何座なの?」


 涼は 出鼻を 挫かれた! 93の ダメージ!


「えっと、うお座かな」

「そうなんだ。うお座は真ん中らへんだったよ。えーっと、『視野が狭まっている日。心を寛大にして』みたいな感じだったかな」

「そんな難しい事、言われてもなー」

 いつもと変わらない日常で視野の話をされても困るぞ。なんだろ、修学旅行の話し合いとかで気を付ければいいのかね。取り敢えず全部頷いておくか。

「あ、ごめんね! 私ばっかり話しちゃって」

「ん? ああ、いいよ。面白かったし」

 ちょっと意識を飛ばしていただけだが、機嫌を損ねたと思われたようだ。俺とした事が女の子に気を遣わせるとは! 気が利かなくてごめんよ。

 並んで歩いている本田を見下ろしたものの、視界に入ったのは彼女の旋毛だけだった。

 ……ちっちゃい。ホントちっちゃいな。肩も細いし、なんか今にも折れそう――ってあれ? もしかして俯いてる? 結構ネガティブなのかしらん。慣れてないだけならいいんだけど。

 図書館の入り口でIDカードを機械に通し、入館する。受付で返却手続きを済ませたら自分はもう教室に戻るだけ。彼女も同じようだった。

 本田の方が時間が掛かったのに、先に帰らない自分を不思議そうに見上げる様子を見ると、どうやらそのまま彼女を一人残して行くと思われていたらしい。「行こうか」と声を掛けたら「ふぇっ?」と奇妙な鳴き声を発した。うん、やっぱり面白い子。直ぐに顔を赤くして恥ずかしそうにしている姿は小ささも相俟って可愛かったな。マスコット的な意味で。

 帰り道、再び中庭を通り抜ける。

「本田さんは旅行先、行くなら何処に行きたい? 去年はフランスだったんだよね」

「う、うん。初めての海外旅行だったから緊張のしっぱなしだったよ。今年はカナダに行きたいな。海外旅行なんて今の内にしか行けないもん」

 未だにぎこちなさは残るものの、少しずつ慣れてはきているみたいだ。うむ、良い傾向じゃ。

「俺もカナダがいいな。ブッチャートガーデンに行きたい」

「あっ、聞いた事ある! パパが七月に社員研修で行った時、ローズガーデンが凄かったんだって!」

「ふーん。当たり月か、羨ましい」

「へ、なんで?」

「俺も一度行った事があるんだよ。でも真冬だったからなァ、しかも猛吹雪の年でガーデンの積雪量は俺の腰まであったんだわ。ちっちゃい本田さんなら全身埋もれるな!」

「そこまで小さくないもん! あと1cmで150なんだから!」



 とまあ、ほのぼのと新しい人間関係を構築した昼休みを終え、やってきましたホームルームの時間。これで修学旅行先が決まるので、とても楽しみだ。

 今回の行き先は京都、カナダ、イタリアの三ヶ所が候補地として挙げられている。昼休みに決まった筈だからと学級委員の御手洗裕也(みたらい ゆうや)に聞いてみたが、籤を引いただけで結果は知らないと返されてしまった。結果発表は担任の教師がすると言う。

 相澤は授業終了の鐘の音が鳴るや否や、出て行く教師と入れ違いに教室に入ってきた。手にはプリントのような物を抱えており、それを机の上に置くと徐に何かを黒板へ書き始めた。

 なになに? 修学旅行についての注意及び連絡事項……。

「さて、皆さんお待ちかねの修学旅行先ですが、我がS組は京都に決まりました」

 おや、残念。

 でもまあ、いいか。京都って何度行っても厭きないし。

 セレブ校の看板生徒であるこのクラスの生徒も「京都かぁ……」と何度も言った事があるような口振りだった。日本の観光地として有名だしな。

「編入してきた佐倉君以外の皆さんはもう分かってると思いますが、これは課外学習です。個人もしくは班でテーマを決めて、独自に調査・学習をしてください」

 何ソレ? と思っていたら、疑問がそのまま顔に出ていたのだろう。相澤と視線が合い、「分からないかもしれませんが、大丈夫ですよ」と声を掛けられた。良く見てんな。

「今から配布するプリントに詳細が載っています。去年と殆ど同じ事が書かれていますが、不精をせずにちゃんと目を通してくださいね」

 前の席から順に回ってくるプリントに早速目を通してみた。なるほど。課外学習について分かりやすく例を挙げて説明されていた。

 簡単に言うなら、体験学習みたいなモンだ。例えば西陣織を実際に体験し、自分で作った織物を学習の成果として提出する。勿論、それだけじゃ小学生のお仕事体験と一緒なので、西陣織の沿革や今後の発展性などをレポートに纏める必要があるが……。つまりは旅行に名目を付けろって事だろうと独自解釈をする。

 確かに政治屋なんかも視察とか口実付けてお遊び旅行に行くもんな。お偉方は言い訳上手じゃないと生き残れないんだろうね。

「全体の流れはそこにある通り、また全校参加の必須学習は赤文字で書かれていると思います。それを考慮した日程を立ててください。また修学旅行中は基本的に班行動です。このクラスは27人ですし、5人班を三つ、6人班を二つ作りましょうか」

 今にも動き出しそうな生徒を制して相澤は、それから、と続けた。

「一班につき一枚、この名簿を持って行ってください。班員の名前を書いて提出したら、今日はそのまま解散です」

 班を作れと言われても、来たばかりの自分には少々難しい。元希と一緒に回る事は既に決定事項なので(本人の許可なんぞ取ってないけどね)あとは彼に任せましょうかね。

 と考えていたら、元希とは反対隣に座る三原がクルリと此方を向いた。

「涼は元希と一緒に回るつもり?」

「おー。嫌って言われても付いてくつもり。三原は?」

「おい、俺の意思は?」

「じゃあ、俺も混ぜて。後の2人足したら5人だし、丁度良いんじゃない?」

「無視か、無視なんだな」

 なんか聞こえる気がするけど今は班員募集が先決だ。後にしよう。

 裕也ー、と三原に呼ばれて来たのは御手洗と五所川原裕樹(ごしょがわら ひろき)――以前、ここの持ち上がり組だと教えられた二人だ。焦げ茶色の髪とアーモンド型の瞳をした悪ガキみたいな顔が良く似ている。筆で書いたような太い眉なんか、瓜二つだったりする。

 苗字違うのにこうも似通うものなんかねぇ、と生命の神秘的な何かを感じていたのだが、後日聞いた話に因ると実際に血を分けた双子なんだとか。ちょ、一気に雲行きが怪しくなる情報だな!

「涼、オレらも名前で呼ばせてもらうからなー!」

「これでオレらも運命共同体、仲良くしようぜー!」

 仲良く肩を組んで宣言してくるのは良いけど、顔近ェよ!

「二人揃うとテンション異様に高いな、お前ら」

 若干引け腰になる。

 こっちは椅子に座ってるのに二人は立ってるから、思わずそうなってしまうのも仕方ないよねー。

「ヒロユウはいつもこんな感じだから」

 ザッパ過ぎるだろ、三原! 裕樹+裕也=ヒロユウって何処のアイドルユニットだよ!

「図体ばかり成長して、精神年齢は幼稚舎の頃から変わらんからな」

「へぇ、長い付き合いだとは聞いたけど、そんな頃からのオトモダチなんだ?」

「そうそう。で、小学部で俺が加わって今に至るってワケ」

 三原が名簿用紙を机に広げながらシャーペンのキャップをノックし、さくさくと名前を書いていく。一人、仕事に励んでいるのにも構わず、ヒロユウコンビは楽しげに談笑を続けている。苗字が違っても仲の宜しい事で。でも、もうちょい声のトーンを落とした方がいいんじゃないですか。

「涼にも幼稚舎時代の元希を見せてやりたいよなー!」

「オレなんか、制服見ても信じられなかったぜー!」

「あーあれか、女の子みたいだったとか?」

 二人の会話に入る為の台詞を発した直後、不意に悪寒が背筋を駆け上った。冷気の元を辿れば殺気の篭った翡翠色の瞳が冷え冷えと自分を睥睨してる。いや待てよ、その目は自分じゃなくて、話題を出したヒロユウに向けるべきだろう! なんでそんなトバッチリばかり受けんの!? ま、元希のそんな攻撃なんて気にしないけどなっ!(ヤケクソ)

「今度、写真持ってきてやるなー」

「楽しみにしてるわ。それよか、行き先……ん?」

 写真の予約をしたところで、五所川原の肩越しに右往左往してる黒髪を見付けて言葉が止まった。

「どしたー、涼?」

 誰だろうって考えるまでもない。見覚えどころか、記憶に新しい人物だ。

 すっと息を吸って、ざわついてる室内でも聞こえるように声を張る。

「本田さんっ!」

「ひゃわっ」

 だから、その萌え声は天然モノなんだろうか。

 自分的には尤もな疑問は横に置いておいて、人差し指をクイクイと引く。同じように「カムカム」と唇を動かせば、彼女は小動物らしい動きで近付いてきた。うん、今度ウサ耳でも付けてもらおうかな。多分、めっちゃ似合うと思うんだ。

 近付いてくるのに合わせて自分も膝を組み換え、気持ちだけ身を乗り出す。やっぱり小さいから目線も少し見上げるくらいで済んでしまった。座ったままで立ってる元希と視線を合わせようと思ったら、首が折れるからなァ。

「もしかしてまだ班が決まってないの?」

「う、うん」

 ぎこちなく頷く本田はちょっと目を泳がせていて、バツが悪そうだった。

「なら、俺んトコ来る? まだ五人だからあと一人くらい入れるよ」

「え! いいよ、気を遣わなくても!」

 だけど自分は返事なんか聞いちゃいないんだよねー。ご愁傷様でした。

「三原もヒロユウもいいよな?」

「誰も文句なんか言わないだろ」

 頷く三原の横で「お嬢様一名ごあんな~い♪」と歓迎を示すヒロユウと、目線だけで肯定する元希様。反応が両極端でホント面白い組み合わせだと思う。

「という事で三原、本田さんの名前も書いといて」

「もう書いてる。じゃ、俺は提出に行ってくるよ」

「行ってら」

 離席の断り文句を口にするや否やさっさと立ち上がる三原を見送ってから、本人を無視して進んでいく事態に混乱しているらしい本田に目を向ける。視線が合うとビクリと肩を震わせたところを見ると、何とか硬直から脱したみたいだった。……って、そんなに怯えられると、ちょっと哀しくなってくるものがあるな。

 えぇい、気にするな俺!

 かつて大物俳優になった(第3話参照)のを思い出して思考をチェーンジ! バッと両腕を広げて、人を見下すような嬌笑を浮かべる。

「ようこそ、男の園へ」

「~~っ!!」

 フラスコの中の危険物が爆発したかのようにドガンッと顔を真っ赤に染める本田の反応にいくらか気を良くして、もう一演技しようと本田の手を取った矢先、目の前から唯一の観客が消えた。

「涼、余計な騒動の種を蒔くなと何度言えば分かる」

「えー? ちょっと仲良くしようと思っただけなんだけど」

「お前な……」

 元希はいつの間にか席を立っていたようだ。彼に腕を引かれたらしい本田は彼の大きな手のひらで両目を覆われて、余計にアタフタと両手を躍らせている。真面目というか、慣れてないというか……そんなんだから、もっと揶揄いたくなるんだよなァ、……二人共。

「お楽しみのところ申し訳ありませんがね、そこの方達」

「おー、三原君。お帰りなさい」

「はい、ただいま涼君。ところで皆、もう帰ってるんだけど」

 言われてみれば教室内の人は疎らになって、がらんとしていた。おや、皆さん帰宅するの早いねぇ。

「それから元希、久我先輩が呼んでるよ」

「分かった。では、日程の決定は次回にしよう。各自やりたい事、行きたい場所などを調べておくように。確か来週に植物園での講義があった筈だから、その時にテーマなどを話し合おう」

「はーい」

 これぞリーダーの見本! みたいな締め方。流石、生徒会長を務めてるだけはあるよな。

 京都で何がしたいかをぼんやりと思い浮かべつつ、元希の向かう先を見遣れば薄い色した長髪の先輩が二人、ドアの所に立っていた。どちらかが『久我先輩』なのだろうと思ったが、その思考を直ぐに廃棄する。二人共、同じ顔をしていたからだ。ヒロユウ以上に瓜二つ。クローンだと言われても納得出来るレベルだ。

 ヒロユウは双子と言えど、二卵性双生児だから良く見れば全くの同じ顔という訳じゃないんだよね。裕也の方が大人っぽくて、裕樹の方が悪ガキっぽい。良く似た兄弟って感じで、慣れれば間違える事はないだろう。

 ってかさ、思ったんだけど。

「この学校って双子率高いの?」

 教科書類を鞄に仕舞っている三原に問い掛けてみた。一瞬だけ手を止めた彼は一度、自分に目を合わせてからまた作業に戻る。

「うーん、高いのかな。他を知らないから何とも言えないけど、去年は確かに高かったと思う。……じゃあね、涼」

「おう、頑張れよー」

 いそいそというかワクワクという足取りで教室を後にする三原は、これから大好きなロボ研で部活だそうだ。何でも大会が近いとかで、毎夜遅くまで作業しているらしい。凄い熱意だな、自分には無理だ。睡眠の方が大事だもーん。

 皆も帰ったみたいだし、自分も帰るかねぇ。元希はなんかドアの所で真剣な話してるし、一言断ってから帰ればいいか。教室に戻ったら誰も居なかったとか寂しいからな!

 ノートと筆箱だけを指定鞄にインして終わり。置き勉、サイコーです。

「よし」

 閑散とした教室をぐるりと見渡して一つ頷く。

 前方の扉は来客中だから後ろから邪魔しないように退散しようかな。

「じゃあ元希、俺帰るなー」

「あ、待て」

 ……『待て』? 何故に。

 折角、直帰して柔らかいベッドにダイブしようと思ったのに、何故引き止める。

 怪訝な顔を明らさまに晒して、自分の指先は扉の取っ手に添えたまま。今直ぐ帰りたいんですオーラは恐らくビシバシ伝わってる筈なんだけど。

「涼、」

 元希様は綺麗にスルーしてくれやがりました!

「……」

 だって何か行きたくないんだもん! いつもなら「どしたー?」とか言って首突っ込むけど、嫌な予感するんだもん! 面倒事の気配がする!


 ……。



 でもなー。

 多分この面倒事って逃げても追い駆けてる系なんだろなー。と、それに気付いちゃうと諦めるしかない訳で。

「はいはい、なんざんしょ」

 諦めましたよ! 固有スキル『諦め』を発揮して!

 目の前には黒子がなければ見分けがつかない美人が控えめな笑みを浮かべています。

「久我先輩だ。元生徒会役員をしてらっしゃった」

 元生徒会役員ねぇ……。

「はぁ。それで?」

「うちが久我和泉(くが いずみ)、こっちが弟の天泉(あずみ)言うんよ。宜しゅうな」

 ばりばりの京言葉が形のよい唇から飛び出してきて、ちょっとばかり意表を衝かれた。

 下の方で結った(はしばみ)色の柔らかな髪の毛に、垂れ目がちな瞳は璃寛茶色(りかんちゃいろ)と菜種油色の中間でくすんだ緑色をしている。それは両者、全く同じ。

 けれど和泉は左目の下に泣き黒子があり、天泉には黒子が口元の左下にある。どうもそれが目印らしい。いやいや、それがどうした。

「それでどのような用件で?」

 元希に視線で促せば、至極真面目な表情をしてこう返してきた。

「生徒会の事でな――」

「それでは皆様、御機嫌よう」

 一分の隙もなく敬礼して、脱兎の如く逃げ出した。後ろで「涼!?」とか空耳が聞こえたが、愛しのベッドが自分を呼んでいるのだアデュー!

 階段をいくつか下ってから気付いたけど、あれが生徒会関係で問題が起きたから自分の知恵を借りたいなどと言う用件だったら悪い事したな。


 ごめん、元希。今度クレープ奢るから許してくれ。



 潔く諦めた筈だけど、逃げる事で猶予を稼げるのならいくらでも逃げてやるさっ!




     * * *




 京都の名所とか裏バイトとか山のような課題とか、ヒーヒー言いながら片付けて気付けば遠足の日(植物園)がやってきた。


 こんな場所で何を学ぶのかと、皆様はお思いでしょう。

 国立植物公園と名の付く通り、此処には沢山の植物がそれぞれの生育環境に合わせて育成されており、大きくエリアを分類すると熱帯エリア、温帯エリア、冷帯エリア、寒帯エリアに分かれています。それぞれのエリアで代表される植物群と植物に纏わる逸話や伝承、果ては花言葉まで勉強する事で華族としての教養を育む事を狙いとしています。

 いいですか。パーティーでの盛装と式典での正装が異なるように、その場に相応しい"華"を身に付けなければなりません。次代を担う貴方達にはその義務があるのです。女性に贈る花束、胸に差す一輪、話題の内容などシチュエーションは多様に云々かんぬん――。



 皆、良く静聴してられるな、感心するぜ……!



 長ったらしい演説をどうにか聞き流し終えて窮屈な環境から解放された自分は、凝り固まった身体を解すように大きく伸びをした。まるで青春真っ盛りな十代とはとても思えない盛大な骨の音が周囲にも響いたみたいで、隣にいた元希に物凄い面白顔で凝視されたのは笑えた。

 まあ、それはさておき。

 植物園を見て回るという課題が残っているので、それを遂行しなきゃならんのだが。

 周りを見れば考える事は皆同じなのか、修学旅行でのグループとなって行動するようだ。……と眺めていたら、やっぱり三原も色彩的に目立つ元希を見付けたみたいで、教師から配布されたプリントを細かく折り畳みながら歩いて来る。

 いいのかね、ソレ。後で提出とか言ってた気がするんだが。

「元希、涼。俺達も日程話し合いながら回ろう」

「そうだな、ヒロユウは?」

「今、本田さんを捕まえに行ったところ」



 勉強する為に植物園くんだりまで来たのに、話し合う比重は修学旅行の動きの方が重くて。なのに何故か課題の空白部分はしっかりと埋まっているという不条理な現象に遭遇したり。って実はそんなに不思議な事でもないんだけどな。聞けば、本田と自分以外のセレブリティにとっちゃ、こんな雑学っぽい教養なんか既に身に付いているらしい。なにその反則技ずるい。

 見せてっつっても元希は見せてくれないし、三原もヒロユウも頑張れって完全に他人事で(実際に他人事なんだけどさ!)助けてくれないから、仕方なく本田と二人で課題を埋めましたとも。

 一応、自分の行きたい場所、やりたい事、グループでのテーマの提案なんかはリーダー元希に渡してあるので、後はお前らで決めてくれとヤケクソ気味に課題に取り組んでいたのだ。

 熱帯エリアで最後の空欄と戦い終えたところで、日程決定組も上手く纏め終えたようだった。

「ふい~、やーっと終わった! 本田さんは?」

「わ、私も書けたよ!」

 額に汗を滲ませながら本田も頷いた。

 此処、熱帯エリアはその名の通り熱帯地方の環境を再現してるから、立ってるだけでも汗が浮かんでくるのだ。斯く言う自分も、ジャケットの下はじんわりと汗ばんでいたりする。

「おし! 向こうも決まったみたいだし、話し合いに参加するか」

「そうだねっ! 私、京都も初めてだから楽しみなんだ」

「へえ、修学旅行の定番なのに」

「小学校の時の修学旅行は京都通り過ぎて宏島(ひろしま)だったし、中学の時は山寺に修行だったよ」

「山寺に修行って……」

 坐禅組んだり精進料理食べたりすんの?

 九時就寝・五時起床は基本で、それから長い廊下の雑巾掛けは代名詞だよな。っつか、心が洗われるとか良く言うけど、そんな抑圧生活なんか半日でも自分には無理だ。イーッ! ってなるわ。

 そう言えば、最近は寺に短期の修行体験するサークルが都会で流行ってるとか聞いた事があるぞ。皆、自分を痛め付けるの好きだよなァ。何なのMなの?

「元希、行程表はどうなった?」

「一応、全員の要望を取り入れてみたが」

 元希から手渡されたメモを本田と二人で覗き込む。

「おー、結構いいんじゃね?」

 グループテーマが伝統芸能になってるな。ちょくちょくと観光スポットを回って、お土産なんかも見たりして~って中々無駄なく行けそう。

 地図まで広げて練ってたもんな、ご苦労さん。

「デートプランみたいだな」

 三原と自分に挟まれてる本田が「へっ?」と小さく素っ頓狂な声をあげた。が、残念な事に気にする者は此処にはいない。寧ろ悪ノリするのが約二名。

「この場合はー、女王本田様とその下僕五人!」

「荷物持ったり、脚マッサージしたり? 取り敢えず靴にキスは必須だよな! 旅行初日はそれから始めるー!?」

 三原の呟きをちゃっかり聞き付けたヒロユウが騒ぎ始めるんだよ。

「え、えぇっ!?」

「ほら、元希。女王様の荷物を持って差し上げなきゃ」

 そう言う自分もしっかり乗るんだけどねー!

「……課題が二つ残ってるぞ」

「え、嘘っ。何処!?」

「裏面」

 言いながらも荷物を持って颯爽と歩き出す元希だって意外とノリが良いんだから、愛い奴め。

 でもちょっと待ってくれよ。時間がもうないし、ちょろっと答えの要点だけでも! と、元希を追い駆ける。

 こんなに追い縋ってるのに知らんぷりだなんて酷くない!?

「さ、佐倉君っ!」

 如何にも本田が困った感じで呼び止めるので「ん?」と振り返ったら、元希とユニゾンを奏でてしまった。同じように顔を見合わせたけど、そりゃそうだ。俺達、同じ「佐倉」だもん。

「ひゃわっ」

 跳ね上がってリアクションする本田は余程吃驚したらしい。相変わらず癒し系です有難う御座います。修学旅行中も小動物みたいに自分を癒してくれ。

 自分と同じ行動をしてしまった元希が嫌そうな表情してるのがね、結構傷付くのだよ。

「あー、名前呼びコース直行だ」とまたもや呟く三原はフラグ建築士なんだろうか。隣で本田が顔を真っ赤にしながらアタフタしてるのに、気付いていない様子の彼はもしかして分かってて言ってる?

 ヒロユウはヒロユウで自分に対する元希の反応を見て、何やら楽しそうに話し合ってるし。

「……おぉ、あれは完全にツンデレタイプだなー! ついでに涼と元希はライバル関係が楽しいかも」

「それ採用ー! 元希が一方的に敵視してるんだよな。なら涼はエロモン……間違えた、フェロモン大魔神にしようぜっ」

 誰が、エロモンだ。つーか、どっちも酷ェ……!

「啓佑はどうするー? 何キャラだろう」

「眼鏡キャラだろー。っつー事は誠実執事? 紳士な態度で恋に揺れるまりあ嬢を癒すってどうよ!?」

 眼鏡キャラって、まんま過ぎだから! もっと弄ってあげてよ!

「じゃあオレ達はまりあ嬢を翻弄する役目だなー!」

「『裕也? 裕樹? 私はどっちを愛してるの?』罪だなー、裕樹!」

 どんどんと練り込まれていく設定達。お前達は一体何処を目指すのか……!?

 とまぁ、そんなナレーションで締めておく。

 粗方決まったみたいだし、自分も会話に参加するか。

「まぁた、フラれたー」

 泣き真似しながら三原の隣に戻る。

「丁度良いところに帰って来た。キャラクターが決まったよ」

 という三原の振りを受けて、肩を組むヒロユウがビシリと指差し付きでそれぞれに配役をする。

「涼はエロ……フェロモン大魔神だ!」

「態々言い間違えんな! つか、他の言い方はねェのかよ!?」

「ムリムリ、決定事項だからー!」

 正論なのに一蹴て!

「という事で当日は楽しみにしててな、まりあ嬢。オレ達、精一杯御奉仕するからー!」

 それよりも男五人にあれやこれやされる女の子って、傍から見たらどうなんだろう。

 ちんまい眼鏡っ娘と男五人。……色々と想像掻き立てられるシチュエーションだな。

「え、っと……五所川原君」

「ダメダメ、女王様はもっと上から目線じゃないとー!」

「ってか涼や元希は名前呼びなんだからさー、啓祐の言う通り、オレ達も呼び捨てが良くない?」

「って事は……!」

 本田を見詰める希望に満ちた四つの瞳。

 そのキラキラしてる瞳が何を求めているのか察した彼女は明らさまに狼狽えた。

「え、ええぇぇぇ!?」

「女王様だからな、俺も啓祐で宜しく」

 爽やかに笑う三原。キラリと光る真白の歯が眩しいぜっ!

「ちょ、ちょっと待ってよ! さ、佐倉君!」

「どっちの『佐倉君』? 名前で呼んでくれなきゃ判らないよ、――"まりあ"」

 三原もキラースマイル出すくらいノッてんなら、俺も本気出さないとなァ。と言う事で身を屈めて耳元で囁けば、これ以上ないくらいに真っ赤になった本田が耳を抑えて後退る。

 分厚い眼鏡で見えないけど、細い眉がハの字になってるから多分泣きそうになってるんだろう。

「なっ、何で名前……っ」

 でもまだ引かないぞ! 後一押しだ!

 眉の所で揃えられたパッツン前髪を指先でさらりと撫でる。


「俺達がこんなにお願いしてるんだから、ね? ……お ね が い」









「……っ啓佑君、裕樹君、裕也君、元希君、涼君!! これでいいでしょ!? だから図書館の涼君に戻ってよお! ひーん!!」



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