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龍の宝玉  作者: プー太郎
6/9

第5話 お仕事しましょ。

休日はこんな事してます。

 そう言えばあれから身体測定をちゃちゃっと済ませまして、漸く自身のデータを手に入れましたよ。とあるセレブ漫画じゃ胸囲まで測ってたものだけど、そんな特別な事は全くなくてやる事は何処の学校も同じなんだなーって、ちょっと感慨&ちょっと安心。

 視力、聴力、身長、体重に血圧と脈拍なんかも測って、ハイ終わり。自分一人だけだから早いもので、放課後にしなくても昼休みで十分事足りる所要時間だったな。何故か相澤も「書類回収の為に」って同席してるわ、その間中、自然と視線がこっちに向くわで妙に落ち着かなかったけど、女医さんが中々に話し上手の気配り上手な人で助かった。



 ……ん?

 いい加減に報告しろよって?

 ははは、そんな急がなくたって時間はまだたっぷりとあるんだから、もっと焦らして悦くしてア・ゲ・rいでででで! 千切れるっ、千切れるから俺の可愛い桃色ホッペが!! ってオイなに鈍器取り出してんだ、ンなもん仕舞えよ何考えてんだお前! うわっ振り回すなやめろってお願いやめっやめイヤアアァァァ……!


「お前が言いたそうにしてるから聞いてやってるのに、何だこの漫才は」

「ひ、酷い……俺、穢されちゃった」

 ガツンッとテーブルを抉る凶器、もとい、長財布。

 ちょ、待ってよ。なんでそんなのが武器になんの!?

「――もう一発、お望みか」

「イエ、モウ十分デス」

「……なんか元希、荒れてるね」

 ひょこっと遠くの机の下から頭を出したのは、とっくの昔に避難済みの五十嵐だ。

 テメェ、お友達ならちゃんと助けろよ。ってか、元希の相方ならリードを離すな。なんで学校に来てまで命の危機を感じにゃならんのだ。

 凶器を自分に突き付けたまま、元希は五十嵐に顔を向けた。その表情はさながら子供が母親に誰かの悪事を告げ口する時のようで、今にも「ママ、この男の人が悪いんだよ」とでも言いそうだ。

「何もかも、全て、この男が悪いんだ。これが荒れずにいられるか」

 言ったし。

「責任転嫁は良くないよ、元希クン」

「元凶はお前だろうが!」

 言うが早いか、極悪な眼光が戻ってきて俺をグサリ。

 王子様がご乱心だー。

「周りを良く見てみろ! あんな……墓場まで持って行きたい羞恥シーンを写真に撮られた挙句、一部の女子生徒にまで携帯されているんだぞ……! ああ、俺の気持ちなど厚顔無恥なお前には解らんだろうがな!」

 女子のみならず一部の男子にもですよ、元希サン。知らないってホント幸せねー(他人事)。


 って、そうなんですよ。これが元希の荒れてる理由です。

 どうもあの場面を激写した強者がいたらしく、しかもその腕がまたプロ顔負けの一級品だったようで宝塚歌劇団も裸足で逃げ出すような渾身の一枚が出来上がり、瞬く間に学内に流出した。

 追っ掛けというか、熱烈なファンというか、カメラ小僧は至る所にいるモンなんだなぁ……と呑気に高みの見物を極め込んでいたらこの事態。

 普段、冷静沈着な彼は何処へ行ったのやら、元希は発狂した。

「それだけお前が人気者って事だろ。良かったじゃん、喜べよ。なぁ?」

「えっと、うん。僕もそう思うよ」

 って棒読みで答えた五十嵐は更なる逃走体勢に入ってる。オイコラ相棒、怒れる荒神を鎮める事が出来るのは、幼馴染と言う最強の肩書きを持つお前だけなんだぞ。救世主(お前)が逃げたら、誰が、どうやって、こんな危険物を相手にするんだ。俺か、俺に死ねと言うのか。

「涼、頑張れ!」

 何てこった、此処には味方がいねーのか!

 仕方がない、こんな時は話を掏り替える作戦だな。

「そう言えばこの前、小耳に挟んだんだけど、元希のブロマイドって別に初めての事じゃないんだろ? なら――」

「お前という奴はアレを他の隠し撮りと一緒にするのか」

「あ、やっぱり他のは黙認してたのね」

 途端に押し黙る元希は一体何を言い訳したいのかね。

 やっぱり掏り替える作戦は止めよう。どうせ着地地点は決まってるんだし、元希とのコミュニケーションも楽しんだし、って事でそろそろ鎮火作業に入ろうかな。

 五十嵐が殿のご乱心を放置して唯の観客と化してる事からも、彼が何か知ってるみたいだってのは解る。それに対応が遅くなり過ぎると二度目の噴火が怖いからね。

 さて、種明かしといきましょうか。

「ま、安心しろよ。ネガもデータも回収済みデス」

「……は?」

 呆気に取られるわな、そりゃあ。

 それだけ良い反応を返してくれると、此方としても遣り甲斐があるってモンだ。

 予想外だろう暴露にも相変わらず笑顔を崩さない五十嵐を見付けた元希が、凛々しい眉を寄せた。

「まさか……と言うか、兼嗣もか……?」

「いや、僕は関与してないよ。僕が動こうとしたら、事はもう済んでたんだもの」

 鮮やかだよねーと、にこやかな五十嵐の返答に苦い顔をする元希。

「またお前の独断専行か、涼」

「俺も当事者ですから。粗方の処理はしたけど、ファンクラブのブツだけは許してやってね。それが交換条件なんだ」

 実はそのファンクラブの中に男も混じってるがな! フフフ。

 悪気なんてナイヨー、と裏表のない笑みを浮かべれば元希はとうとう肩を落とした。

「条件の詳細は」

 諦めが宜しいようで。ならば、お答えしましょう。

「向こうの要求は写真11枚の認可。その代わりに原物の提出をさせて、許可物件の所在把握を義務付けた。そして禁則事項はその一、複製。その二、売買。その三、その他、学内外関わらず情報流出の(おそれ)がある全ての行為――って所かな。以上っ!」

 頑張っただろう、と胸を張ってみせても期待通りのリアクションをしてくれるのは五十嵐だけだ。元希なんて当事者なのに項垂れるばかりで、自分の努力を労わってもくれないぞ。酷い奴だ。

 誰か、俺の功績を褒め称えてくれYO!

「そんな条件、向こうは良く呑んだね。今まで何やっても暖簾に腕押し状態だったのに」

 ああ、それで"黙認"だったのか。納得納得。

「そもそも肖像権侵害してんのは向こうだからな。こちとら元希の風評・外聞考えて最大限の譲歩してんだ、それくらい呑んでもらわなきゃ困る」

「とても頼もしいよ、涼は。将来はそっちの道に進むの?」

「さァて、どうすっかな。それよりも五十嵐サン、元希がなんか静かなんですけど……」

「ホントだ。元希? どうかしたの?」

 五十嵐がひょい、と覗き込むと、ビクと身体を揺らした元希は逃げるように顔を背けて、次いで首筋に手を置いた。隠そうとしてるのか知らないが、すまん、丸見えだ。

「……お前は……」

「おうよ」

「……」

 それ以上、言葉が続かないらしく、なんとも言い難い表情をしてる。

 ん? 少し顔が赤いか?

「なんでもない」

 ちょ、待てよ。そこまで言い掛けておいて途中で止めるなんて、どんな焦らしプレイだ。気になって夜も眠れなくなったらどーすんだよ。そこは嘘でもフラグ立てる所じゃないのか!?

 チクショウ、元希のクセに高等テクニックなんか使いやがって。あっちを立てればこっちが立たずじゃん(意味が違うとか言うな)。こうなったら立ってないフラグごと叩き折ってやんよ!

「何だよ、元希。はっきりしない奴だな。そんなに欲しかったなら言えよ。ホラ、余分に一枚持ってるからさ。素直に欲しいって言うなら、謹んで進呈しよう」

 そう言いながら懐から取り出したるは、例の写真。

 写真の中の元希を指先でナデナデしてから、二人に良く見えるように胸の前で正面に向けた。

「な……っ」

「それにしても良く撮れてるよなー。元希の焦ってる表情なんて演技じゃとても出せ」

「どうしてお前が持っているんだ!」

「あれ? いらねェの? じゃあ五十嵐はどう?」

「欲しいー」

「ちょ、っと待て! 兼嗣、早まるな! だから何故っ」

「何故って、そんなの」

 こて、と首を傾げる。可愛らしく見えるといいなァと思いつつ。


「報酬だろ」




 元希の凶器が炸裂した。




     * * *




 元希様御乱心事件は佐倉涼という尊い犠牲の下、静かに幕を下ろした。



 なんて他人事のように言えるかー!

 まだ二週間程度の付き合いじゃ人物把握に限度があるとしても、まさかエリートS組の生徒会長兼王子様があんな凶暴な男だと誰が想像するだろうか。いや、しないだろう。笑い話のネタにもならない。っていうか、したくない。

 慣れればもう少しくらい感情豊かになるかとは予想してたが、あれほど愉快、いやいや面白い人物だとは思いも寄らなかった。人間、外見と思い込みで判断するのは良くねェなと、改めて思い直した次第である。

 そんな事を取り留めなく考えながら、Enterキーをパチンと叩いた。今日は日曜日。起床したのもついさっき。まだまだ頭は寝惚けている。黒曜石の如き瞳はパソコンの画面に展開された幾つかのメールの文章を追ってはいるものの、内容を理解しているかと問われると返答は「う、うん。多分」と曖昧なものになりそうだ。

 ちなみに思考がまだ夢の世界に獅噛み付いているのは自覚している。

「今日も朝からご苦労さんっ、と……ふわぁ」

 やはり、目を覚ますにはシャワーが一番だ。


 腰にバスタオルを巻いただけの格好でリビングに戻る。どうせ気侭な一人暮らしなんだから素っ裸でも構わないんだけど、理性とか常識とかがそれを押し留めた。

 ……あれ、おかしいな。

 何時の間にそんなモノ身に付けたんだ、俺。一人暮らししたら堂々と裸族になろうと決意してたのに。

「それにしても日曜日の真昼間だってのにまぁ、お日様燦々、お空はピーカン。正に五月晴れだよなァ」

 晴天ってのは良い事なんだろうけど、如何せんヒキコモリの気がある人間には辛いものがある。天敵的要素なんでね。吸血鬼における太陽みたいなモンで、甚大なダメージを受けるのですよ、諸君。

 六月まで後数日となった五月末に入って、日差しも段々と強くなってきた。とは言え、何時までも濡れたままでいるのは、流石に身体に良くないよな。不意にそんな考えが思い浮かんだので、グラスに注いだ風呂上がりの一杯(牛乳)を一気に飲み干し、再び洗面所にUターン。ズボンを穿いて、御座なりに拭いた髪の毛をドライヤーで乾かす。

 そうだ。折角、昼間に起きたんだから昼食がてら買い物でもしよう。実は引っ越してから何かと忙しくて、買い物とか出来てないんだよな。や、街歩きは結構してるけど。

「何、食べようかな」

 基本的に面倒臭がりだから、気を抜くとファーストフードに走っちゃうんだよ。でも最近は高カロリーなものばっかり食べてる気がする。って事は、そろそろ野菜生活に戻した方がイイよねー。メタボになんか当然なりたくないし、もう直ぐお肌の曲がり角だもの。

 野菜、食物繊維、身体に優しいと言えば、うん。久しぶりにCAFFE SOLAREで食ーべよっと。あそこの十三穀米、超絶に美味いの。今度見掛けたら、皆さんも試してみて!

 ……と考えていたら、お腹は完璧にソラーレモード。ソラーレフード以外、受け付けませんっ! って主張してる。日曜日の昼だから混んでるかもしれないけど、まぁ気にするな。

 いざ、出発!



 案の定というか、休日の駅前は結構混雑してた。腕を組んでる若いカップルだったり、中坊数人の集団だったり、或いはウィンドウショッピングを楽しむお一人様だったりと様々だ。

 それらを窓越しに眺めながら小豆色に染まった五穀米を咀嚼する。うむ、相変わらず美味い。

 時刻は二時過ぎだった。昼食を終えた人が出て行き、休憩の為に立ち寄る人が丁度入れ替わる時間帯で、軽快なリラクゼーションミュージックが流れる店内はそこそこ混み合っている。休日だから連れ立ってる人が多くて、平日の時よりも騒がしく感じた。

 これが人気店の辛い所だよなぁ。食後のコーヒーとかは静かにゆっくりと飲みたいんだけど、静かだとは言い難い店内はどうにも落ち着かない。それに混雑してくると「早く退かないと」って思っちゃうから、それもまた気忙しいし。根っからの都会人は混み合っても悠然として混雑なんか気にしないって言うけど、それが気になる辺り、自分の神経はまだまだそんなに図太くなかったようだなんて変な安心してみた。

 ちなみに今日のお出掛けはお仕事のついでです。いや、お出掛けのついでにお仕事してるって感じかな。実はソラーレに来る前に駅中のコインロッカーにお荷物を入れてきたんだよねぇ。後は待ち合わせ時間にロッカーの鍵を相手に渡せばお仕事完了。

 ぶっちゃけて言えば、運び屋みたいなモンしてます。えぇ、まともなオシゴトじゃあございませんとも。でも、割の良い仕事だから辞められないんですよ、これが。勿論報酬の中には所謂『危険手当』と呼ばれる割増も入ってるんだろうし、運んでるブツは法に触れまくってるモノも時々あるけど(でも自分の信念に懸けてドラッグ関係は請け負わないよ!)、只の運び屋にそう危険な事がある筈もなく。そんなこんなで結構な年季入ってますハイ。

「すみません、これの他の色ありますか?」

 こちら、ソラーレから退散して現在は雑貨屋周辺に出没してる佐倉涼君です。

 目的はそう! ずっと探していたフリンジカーテン! 奴ら、中々見付からなくて今日も雑貨屋ハシゴかなーって覚悟してたんだけど、一件目からのヒットですよ奥さん! やたー!

「他のお色身ですと、ブラック、アイボリー、モスグリーン、グレーが御座います」

 そう言いながら店員さんは新しいのを出してくれた。

 うーん、やっぱ家は基本的に白黒のシックな雰囲気だからアイボリーとグリーンは除外……ってかパッと見でブラックに心惹かれてるし、それでいいか。

 即断即決が自分の特技(?)ですから。

「じゃあ、ブラックで」

 足らなければまた買いに来ればいいしね。うん、我ながら良い店を見付けたものだ。

 ホクホクと、駅前散策を続行する。目的のものは買えたので、目に留まるアイテムを発見するまではウィンドウショッピング再開だ。

 整然と区画化された小洒落な店舗が立ち並ぶメインストリート。レディース物を扱う店が良く目に付くが、メンズショップやモダンな雑貨屋もぽつぽつと点在している。趣味の合うショップを見付けては冷やかし、殊更気に入ったモノを発見すれば即購入。とは言え、そんなに大荷物にならなかったのは、無意識に制御していたからだろうか。ストライプやカラーシャツが好きだから思わず買ってしまった数点を除き、それ以外は小物なので全て同じ紙袋に収めておいた。


 一時間ほど街をぶらついた後は気持ちを改め、目的地に再出発。待ち合わせ場所である駅中のコンコースで、スーツに赤いキャップという出で立ちをした男を目に留めた。受取人として指定した服装だ。スーツなのにキャップを被らされてるからか、インナーは若者っぽいロゴTシャツ系だし、他にもシルバーアクセサリーやらウォレットチェーンやらジャラジャラと装飾品を身に付けて、今時誰も被らないだろうダサい赤キャップを必死に誤魔化している。そんなに赤キャップonスーツは気に入らなかったか。

 やはり待ち合わせ場所の噴水前へ一直線に向かっている彼が受取人なのだろう。追記するとすればキャップの鍔の下から窺える相貌は若いし、隠しもせずに辺りをキョロキョロと見回しているあたり不慣れな新人なのかもしれない。初仕事ってところか。大物政治家に渡るであろうブツの内容はそれなりにアングラなデータの入ったUSBだけど危険度、重要度共にそう高くないので、自分は「アタリだな」と決断を下した。

 人混みに紛れつつ、彼に向かって歩き出す。

 あと1、2メートル……というところで目が合った。

 彼の目が見開かれる。

 少し微笑んで、横を通り過ぎる。――自分の容姿は自覚しているからな。

 擦れ違い様にポケットにロッカーキーを滑り込ませ、これで仕事は一応完了だ。

 この目立つ容姿は仕事の妨げになるのではないかと危惧したものの、意外なところで別の効果がある事に気付いたんだよね。というのは、この顔に釘付けになってる間に盗ったり入れたりするのが容易になった点だ。全意識が自分に向かっているらしく、スーツの裾が揺れるくらいじゃまず認識されない。しかし同時に重大な弊害もあって、同じ受取人が相手だとこの手は二度と使えないって事。自分に釘付け、イコール顔をバッチリ確認してる、だから。実はこれってかなり危険な行為だったりする。

 今回は特別に受取人確認の為に正面から行ったけど、普段なら後ろからコッソリが常套手段だ。

 あの青年には二度と会いませんように、と心底願いながら外国経由の回線で彼に電話を掛けた。

「……もしもし?」

 警戒心ばりばりの声がする。

 視線を向けた先には同じように訝しげな表情を浮かべる青年がいた。

 間違いない。

「どうも、万屋Aurora(オーロラ)のソラです」

「お、お前! ……っどこにいる? 俺はちゃんと指定された服装で待ち合わせにいるぞ!」

「ええ、赤のキャップが違和感ない程、シルバーアクセサリーが良くお似合いですね」

「俺が見えてるのか!? なら早く来い!」

「いえいえ、このお電話はお仕事完了のご報告です」

 受話口と口元を手の平で隠す姿が見える。それじゃ不審者丸出しだっての。近付かなくて正解だ。

 だから素人は嫌だっつってんのに、どうしてコッチの意向を無視するかなァ。絶対に違約金を請求してやる。ついでに二度と仕事を請けてやるものか。

「どっ、どういう事だ!?」

 騒ぎ過ぎだ、馬鹿。

「ジャケットの右ポケットを御確認ください。一階東口前のロッカー、083番です」

 青年がポケットから鍵を取り出すのを確認してから、相手の返事も聞かずにオフ。

 これで完全に終了だ。やっと肩の荷が下りたー。

 応答しない携帯電話の受話口に向かって何やら喚いている青年に背を向けて、自分はさっさと退場。そのまま片手にショッピングの戦利品を携え、帰宅の途につく。

 十六時過ぎ。けれども空はまだ明るい。


 アルバイトの内容は大体いつもこんな感じだ。指定先に依頼品を届ける。時には情報収集が依頼だったりちょっとした細工を仕掛けたりする事もあるけど、そんなに危険はない……ハズ。自分の実力的にも国家機密とかそんな火遊びには手を出してないから、今の所、目は付けられていないと思ってる。だってそうだろ? 大体にして情報に関する大御所と言えばやはり情報屋Ish(イーシュ)がいるし、プロ中のプロとも言うべきソイツに比べればオーロラなんてまだまだ赤ん坊に毛が生えたレベルだ。それに加えて仕事はチマチマと地元や小規模なものを選んでる事もあり、知名度はそう高くないと言うのが自分の認識である。

 まあね。あまり仕事数が多くないとは言え、依頼人が偏らないようには気を付けてる今日この頃。何処かに専属で雇われてるって思われても困るし(雇い先の面倒事がこっちにまで降ってくるからなァ)、あまり深入りし過ぎて此方を探られても厄介だし。広く浅くがこの仕事で生きていく秘訣ですよ。

 表通りへ舞い戻って、まだまだ明るい街中を目的もなくブラつく。

 あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら。

「……?」

 やがて自分がつけられている事に気付いた。

(尾行? なんだってまたこんな善良な一般市民に……)

 どうしたものか。

「うーん、と……」

 まずは尾行者を突き止めようと考え、ぶらぶらした足取りで近場のカフェに入店。そして窓際を希望してコーヒーを注文した。

 コーヒーを待っている間、頬杖をつきつつ何気ない仕草で顔を外に向ける。きちんと整列するタイルの上を行き交う人々に目を遣り、茫洋とした表情を維持したまま視線を素早く走らせた。

 立ち止まって携帯で会話している女。

 街路樹の影に入って立ち話を広げる若人二人。

 片側二車線の道路脇に駐車している黒のレクサス。

 道路を挟んだ向こう側にいるサングラスの男。

 だが、自分の意識に引っ掛かるような人物は見当たらない。

(そう簡単には見付からないか)

 程なくしてテーブルに置かれたカップを持ち上げ、一口だけ口に含む。それからショッピングに疲れた風に装って嘆息した。取り敢えず、自分の能力が低いのではないと言っておこう。そもそも尾行に気付けたのだから、一般人にしては良くやったと褒めてもらいたいくらいだ。

 今の今まで察知出来なかった尾行の技量。今尚、姿を見せない気配の消し方。それらを鑑みるに、相手はもしかしなくても"その道"の人。

(尾行されるくらいなんだし、目的は万屋オーロラ?)

 厄介な状況になった。

 そう考えるものの顔を顰める事も出来ずに、淡々とコーヒーを摂取していく。

 なんでよりにもよって仕事の日に尾行なんざしてくれるんだコンチクショー。これじゃあ、相手の狙いが読めないじゃん。

 可能性としてはオーロラ狙いが高いよなァ。USBが欲しいなら明らかに素人だったあの青年から奪えばいいんだから。口封じという過激過ぎる線は精神衛生上宜しくないので、端から無視だ無視。命取られる程でもないし。

 って事でオーロラ狙いだと仮定して、その理由は? ……分からん。分からんぞ!

 仕事張り切り過ぎて、誰かのシマを荒らしちゃったとか? ないな。まだ始めたばっかだし、仕事内容も可愛らしいモンだろ。それかあまりに有能過ぎて、目ェ付けられたとか? それこそないわー。失敗はしてないけど、内容がチャチだ。自慢も出来やしない。

(さァて、どうするべ)

 尾行されるなんて初めてだ。返り討ちにしてやりたいが、相手が何者かも分からないんじゃ手が出せない。くそう。

「……ふむ」

 斯くなる上は……撒く? 撒くしかないのか? っていうか、撒けるのか?

 あまり事を大きくしたくない自分としては、それが一番穏便に済ませられる方法だけども。

 取り得る手段がそれしかないんだけども! 俺に出来るのか!?


 馬鹿野郎っ、出来る出来ないが問題じゃねえ! ヤるんだよ!


 くっ、それしかねェのか……!


 ったりめーだ、腹ァ括れや!


 見ててくれよ、親爺――っ(おとこ)、佐倉涼! 行っきまーす!!






 ……。




「ありがとうございましたー」

 店員の棒読みな常套句に送り出されて、再び大通りを歩き始める。

(次回は「殴ったね? 親父にも殴られたことないのに!」乞うご期待)

 脳内漫才に満足しつつ、それにしても何処で使えばいいんだと自問した。その台詞の為だけに殴られたくはない。うん、諦めよう。

 ほんの僅かに冷気が混じり始めた空気を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。自動車の煙たい排気ガス、様々な香水の情緒のないフレグランス、煙草の匂いはそのまま灰が鼻に付くようだ。

 いいね、外出してるって感じ。それが外の空気だった。まあ、一番は日光だけど。

 しかし折角の自由時間な筈なのに、一休憩挟んだ後でも付かず離れず付いてきている気配が開放的な気分の邪魔をする。今にも消えそうではあるが、しっかりと付いてきているのが分かった。

 どのように、尾行を振り切るか。脳内漫才に煽られて喫茶店を後にしたものの、実は未だ検討中だったりするんだよなぁ。もういっそ、裏道入って一気に逃走しちゃう? あ、いいかもソレ。――と思った瞬間、不意にバランスを崩された。

「……っ!?」

 気も漫ろに歩行していたからか、咄嗟に反応する間も無く路地裏に引っ張り込まれたらしい。

 力自体はそう強くなかったから大人しく連れ込まれてみたんだけど、相手はなんと成熟した身体のラインを強調する仕様のスーツに身を包んだキャリアウーマンっぽいお姉さんだった。細身なのに、出るトコはそれなりに出てるパーフェクトボディで化粧も濃過ぎず、どっちかってーとナチュラルテイスト。ふんわりとウェーブしている自然な栗色の髪からはフローラルな淡い香りが鼻腔を擽って、えーっと、いや、その……こ、好み、だったり……。

 いやいやいや! 同性だろうと異性だろうと美人にはトキメク、常識だろ!?

「あの……?」

 困惑した表情で冷静さを装ってますが、ぴったりと押し付けられてる柔らかな肢体に今にも理性が飛びそうです。メーデーメーデー! 明らかに誘ってるよな、これ!

 一応、外出中は好青年で通してるから両の手は背後にあるビルの壁面に吸着させておき、自分の胸板を擦り擦りしてくるお姉さんの言葉を待つ。


 待つ。



 ……待つ。




 …………待つ、んだけど。


「……?」

 なんで喋ってくれないのさ。強引に引っ張り込んだくせに!

「えっと、お姉さん?」

 そっと声を掛けたならば、まあ吃驚!

「――っ」

(えぇー?)

 何だか泣きそうなんですが! ちょ、どういう事!?

 俺のフリーダムな左手が勝手にするりと頬を撫でてしまう。あ、と思ったけど撫でてしまったのだからもう遅い。お姉さんとビルに挟まれて逃げられないし、仕方がないので気にせず続ける事にした。

「大丈夫?」

 と問い掛けたら今度は一生懸命笑顔作って、……だからどうした!?

 辛いのを隠して笑おうとしてるのが、何ともいじらしい。

「……大丈夫、ごめんなさい」

「そう」

 例えこれが演技だとしても、男なら騙されてあげるべきなんだろうなァ。

 男の甲斐性について遠い目をしていた間に、意を決したらしいお姉さんがぐっと身体を寄せてきた。

「ねえ、お願いがあるの……」

 死んで? とかいう無茶振りじゃ無い事を願うよ。

「ん?」

「今夜一晩だけでいいの、抱いて」

 またストレートなお誘いだな!

「えと……何があったのか知らないけど、自分を大切にした方が」

「こんな事、二度としないから。今日だけ……今日だけ、お願い……」

 まるで女優のように計算され尽くした涙がほろりと頬を伝う。いや、違う。女は皆、女優だったな。

 それにしても綺麗な泣き方だ。これを見て無碍に出来る男がいるなら見てみたい。

「……本気?」

「お願いよ」と、柔らかそうな唇が震える。

(ノッても、大丈夫か?)

 相手に選ぶにしては歳若い、しかも見知らぬ男にそう言う事を突然頼む流れには、どうにも作為的な匂いがプンプンする。自棄になって、という設定には些か無理が見えるぞ。此処が酒の席ならそのまま雪崩れ込んで……、と流されるのもアリだったが。けれど外はまだ明るいし、歓楽街にも少し距離がある。


 考え過ぎだったらいいなぁ。


 つい意識が遠くへ逃避してしまうのも止むを得ないよねハハ。


 色んな可能性が一瞬にして頭を駆け巡ったが、結局は「まあ大丈夫か」で落ち着いた。盗まれて困るような物は持ってないし、命を取られる心配もないだろう。さっさとオトして、裏口から帰宅。尾行も撒けるのだから正に、渡りに舟、と言ったところか。断じて一挙両得ではないぞ!

 そうと決まれば早速行動開始だ。

「……あんまり煽らないで。自制が利かなくなる」

 苦笑して言いながら、目尻に残る涙を舌で掬い取る。ついでに枷の外れた右手で頬に掛かっていた髪を耳に掛けて、自分はそろりと彼女の潤んだ瞳を覗き込んだ。最終確認。うわぁ、本気だ。

「自制なんかしなくていいから嫌な事、全部忘れさせてよ……」

 やおら腕を絡ませてきた彼女の細い腰を抱く。

 取り敢えずディープなキスで盛り上がろうか。



 そのまま手近なホテルに雪崩れ込み、そこからは彼女がやたら積極的なもんだから奪い合うように行為に励んだ。気持ち的には最早、格闘技。

 彼女の服を脱がせば、今度はこっちが剥ぎ取られ。(猛々しいよ!)

 愛撫の手が肌の上を這い回り。(愛撫の手は彼女のだよ! いや、気持ち良くてイイんだけど!)

 食うか食われるかの瀬戸際だった。(ええぇぇえぇ!?)

 それでも何とかオトせたのは何処がイイか、女の身体に詳しいからに他ならない。いや、でもホント、良く頑張ったよ俺! きっとテクニックも上達したぜ!

 お姉さんが気絶するように眠ってからは当初の予定通り、裏口から意気揚々と脱出して真っ直ぐと帰宅。尾行されてる気配はなかったから、きっと撒けたんだと思う。

 そして安息の地、自宅へと戻ると風呂もそこそこにベッドへダイブした。肺の奥から息を吐き出す。疲労具合が見て取れるってもんだ。

 身体を仰向けに転がすと、間を置かずに睡魔が襲ってきた。始めは身体に慣れようと一人遊びを楽しんでみた事もあったけど、セックスの疲れ方はその比じゃないよなァ、――今回は特に。なんて、当たり前の事を考えつつ、意識は次第に闇へと呑まれていった。






 結局、なんで尾行されてたのかねぇ。



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