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龍の宝玉  作者: プー太郎
3/9

第2話 動き出した日常

まずはキャラ出し。

 新居から緋鳳院学園までは徒歩十五分程度で意外と近かったりする。しかしながらセレブ学校はそこからが一味違う。校門から校舎まで更に十分ほど要するのだ、ちなみに早歩きで。(学校案内のマップから計算してみた結果である)

 いや、広くて良いんだけどさ。

 緑が多くて目に優しいんだけどさ。


 ……地味に遠いんだよ!


 もういっそのこと学生寮で良かったのに! なんでわざわざ外のマンションを選んだんだ、あしながおじさんよ。

 とは言え、学生寮に住む生徒なんて全体の半数以下だって言うし、そもそもルールに縛られるのが嫌いなので門限のないマンションの方が何かと都合が良いんだよなー。

 相変わらず良く理解ってらっしゃる、あしながおじさん。だから何故だ。

 そんなワタクシ、佐倉涼は現在登校途中ですが早速一つ気付いた事があります。


 皆さん、真っ黒ピカピカな送迎車付きですね。しかもそれが校舎前まで送って下さる模様です。


 いいなー、送迎車いいなー。

 歩くの好きだし、運動不足になるから徒歩で良いんだけど、お車付きはちょっと羨ましい。

 真夏の暑い日とか自分も送迎が欲しい。授業前から汗だくになるのは耐えられないんだって。同じ理由で自転車もアウト。だからバイク系が欲しい。もういっそ原チャでいいから、アクセル一つで動く奴が欲しい。原付チョー便利だよね。持ってれば、所要時間五分のコンビニ行くのだって原付使っちゃうよ! 

 あ、そうか。バイクって言う手もあるのか。

 セレブ学校だから、案外バイク登校アリかも。「近いから却下」とか言われそうだけど、そこは元難関大学生の意地の見せ所だろ。

 よし、なんかヤル気出て来た。絶対言い包めてやろう。



 ゴシック調の何処か荘厳さを醸し出している校舎を見上げて学校指定の黒い革鞄を持ち直すと、新品でまだ手に馴染まないそれはギシリと小さく抗議の声をあげて教科書の確かな重みを手の平に伝えてきた。初めて着る制服の感覚も慣れず、鞄の重量と相俟って今迄の生活とは全く異なる現実を否が応にも知らしめる。


 他人行儀な空気。


 視界に映る見知らぬ景色。


 初めての土地での新しい生活。人生。


 同じようで少し違う、――世界。


 己の身に起こった不可思議な現象について理解出来ている事は殆どないが、ただ訳が解らないと喚いて終わらせる心算は全くない。何が起ころうとも、真っ直ぐと前を向いて足を地に付けようと考えられるだけの冷静さは常日頃から持っていると自負していた。そして今こそ、それが発揮されるべき場面だろう。

 前の人生も上々だったと思う。ならば今、自分に出来るのはそれ以上を目指す事だけ。この時期からやり直したいと考えた事は何度かあったのだから、そのチャンスを得られたのだと思えば、例え知らない土地で一人だろうと怖くはない。


 一人から始めるのは、慣れてるんだから。




 煉瓦造りの校舎の中は意外と普通だった。

 既にインプットされている校舎の見取り図を脳内で展開しながら教員室を目指し、序でに怪しい人にならない程度に生徒の様子を盗み見する。元々中学・高校共にセーラー服&学ランだったので、ブレザーというのはとても新鮮だ。デザインが良いし、セーラーより機能性に優れてると思う。思うんだけど、さあ。


 ……ブレザーって、着る人選ぶよね(小声で)。


 ジャケットが白とかどんだけゴーイングマイウェイなんだ、この学校。セレブたる者、これくらい着こなせなきゃイカンってか。いや、確かにイメージ通りですけどね、白ジャケ。近隣校と一線を画してマスよ。

 一言で白とは言ってもどちらかと言えばライトグレーっぽいジャケットで、その中に同色のベストを着込む。スラックスはブラック系で、紺に灰色混ぜたような色。芸術系じゃない人間が持ってる語彙じゃ言い表せないのでこれで勘弁してくれ。ちなみに今述べた制服は一般学生と学力特待生の指定制服であり、一学年に20人弱しかいないというスポーツ特待生はまた別である。簡単に説明すると、ジャケットとスラックスで色が入れ替わる要領だ。つまり黒っぽいジャケットとベスト、白っぽいスラックスって事。どちらとも、淡いブルーのシャツと黒と見紛うような濃紺のネクタイは共通らしい。

 この言い方で解ると思うけど、自分は白ジャケットの方ですよ。いくらスポーツ好きでも、特待生になれる程じゃあないからね。

 ああ、ホント男になって良かった。セーラーがハマり過ぎてた前の姿じゃブレザーは似合わないからなぁ。この際、色がどうとかなんて文句は言いマセン。


 お。

 教員室、発見。

「失礼します」

 ノックをしてからドアを開ける。

 朝だからか、殆どのデスクに教師らしき大人が席に着いており、担任に会えない事はなさそうだと安堵した。

「すみません。相澤先生はいらっしゃいますか」

 ドアに一番近い教員に声を掛けたのだが、どうやらドンピシャだったようだ。

 メタルブラックの横に細長い眼鏡を掛けた三十台半ばの男は振り返って訪問者を認識するや否や、此方が名乗る前に柔らかく破顔して(なんか興奮気味?)手を握り締めてきた。

「やあ、君を待っていましたよ。佐倉君ですね? 私が二年S組を担任する、相澤亨(あいざわ とおる)です。新人同士、仲良くしましょう」

「佐倉涼です。こちらこそ宜しくお願いします」

 笑うと柔らかな顔立ちが一層柔和になって、少し若く見えた。童顔な上に、口調も穏やかだから余計にそう見えるんだろうな。取り敢えず幸先は良さそうで、一先ず安心した。

 隣の同僚に声を掛けてから立ち上がる相澤に促されるまま、教員室を後にする。教室に向かう道すがら、相澤は至極晴れやかな表情でこの学校について簡単に説明してくれた。

「生徒証はもう貰いましたか?」

「はい、ここに」

「それは大事にして下さいね。学生生活の殆どに必要となってきますから。購買部での支払いも特別教室の開錠も、校内にある自販機だって全てカード一つで出来るんです。便利ですよね。勿論、成績を含む個人情報もその中に入っていますから、気を付けて下さい」

「成績って事はいつでも見る事が出来るんですか」

「ええ、成績は随時更新され、総合順位から出席状況、自分の偏差値まで好きな時に確認出来るようになっています」

 廊下の突き当たり手前で角を曲がって、リノリウムの階段を下りる。

 校舎内は作りが似た感じだから、慣れるまでは自分が何処にいるのか迷いそうだ。

「話は変わりますが、佐倉君。身体測定はまだでしたね。他の生徒は皆、四月に終えているので、佐倉君にも後日受けてもらわければならないんです。多分後で学生アドレスに通知が来ると思うので確認しておいてほしいのですが、メールボックスの見方については?」

「いえ、知りません。そんなのもあるんですね、初めて聞きました」

 学生アドレスって……。なんかシステムが大学みたいだな。

「全体への連絡には玄関口にある掲示板を使いますが、生徒個人への連絡は主にメールです。簡単なんで今の内に説明しちゃいましょうか」

「お願いします」

「学園のHPのトップにウェブメールという欄があるので、そこから入ります。個人のアドレスはIDの裏側を見て下さい。分かりますか?」

 そう言われてカードを引っ繰り返す。

 なるほど、自分で記入する氏名欄の上に小さく英字と数字を組み合わせたアドレスがある。……のはいいんだけど、無作為なのが面倒だな。これを覚えろってか。

「そのアドレスとパスワードを入力します。ああ、パスワードはIDカードの暗証番号と同じですよ」

「なるほど」

 とても分かりやすい。なんたって自分が通ってた大学と同じ要領だから。

 でも要らないメールがばんばん来るから、殆ど開けなかったんだよなー。三ヶ月前の未開封とかザラだったし。携帯のメールでさえ面倒で無視する事もあったのに、それがパソコンの、しかも学校のとなると、面倒臭さは携帯の比じゃないんだって。見なさ過ぎて重要メール逃して学校から電話貰ったくらい。これ、マジな話ね。

「四月と言えば実力テストもありましたねぇ」

 まさかそれも受けろと?

 この溶けきった脳ミソで、緋鳳院の超難問試験を解けと?

 そんな事出来ないと言いたいけれど言えない僕、優等生。いや、優等生なんかじゃないけど、話し振りからどうにもソレ臭くて嫌な感じがヒシヒシと。

 期待されちゃうと応えなきゃいけないって頑張ってしまういつもの悪い癖。それで毎回燃焼し尽くすんだから、今回こそは頑張らない子になるって決めたんだ!

 決めたったら決めたんだい!


 ……。



 ……いや、せめて準備運動させて下さい心底プリーズ。



 小さな抵抗諦めたとか言うな、そこ! 三つ子の魂百までも、なんだよ!

「まあ、佐倉君の場合は編入試験の結果が採用されるでしょうから、その点は大丈夫だと思います」

「それは良かったです」

 心から。本当にね!

 そう答えれば相澤もくすくすと笑う。

「後は部活動ですね。一年生は四月の下旬から入りたい部に体験入部をして、五月一日に正式に入部するんです……もう半ばですけど。佐倉君はどこか入りたい部などはありますか? 強制するつもりはありませんが、青春と言えば私はやはり部活動を思い浮かべてしまいますねぇ」

「いえ、折角ですが部活動はしない事にしたんです」

「おや、そうなんですか?」

「ええ」

 裏表のなさそうな笑顔で答える。だって出来る事ならバイトがしたいですから。

 相澤が不思議そうにしてるけど、一々理由なんか答えてやらないよ。教師は教師らしく、一歩引いて生徒を見守っとけ。踏み込んで来んな。

「部活動については生徒の任意なので勿論、佐倉君だけじゃなく無所属の子は他にもいます。しかしその大半が御家事情と言うのですから、全く、セレブというのはどんな生活をしてるんでしょうね」

 おっと、意外な台詞。

 物腰柔らかくて丁寧な教師かと思いきや、なんか棘を感じたぞ。見た目は大人しそうで暴言とか罵詈雑言とか知らなさそうなのに、案外そうじゃないのかも。

 インテリ先生、実は腹黒疑惑浮上?

「自由に参加出来ない、という事でですか」

「失礼、言葉が悪かったですね」

 穏やかに苦笑ってるけど、一旦、「インテリ先生、実は腹黒」とか思うともう胡散臭くて仕方がない。外見は「ほのぼの先生」なんだけどなー。

 まあ、どっちでもいいか。見た目通りの教師でも、そのタイプはズカズカ入り込んでくる類だから、ちょっと距離置いとくのがベストだろ。

「でも実際、残念な話ですよ。子供時代は自由にのびのびと過ごすべきなのに、それが許されないんです。そこに生まれた者の責務というものがあるのかもしれませんが、それでも学生の内は自由であってほしいですね。佐倉君はどう思います? 重要な何かを負っているが為に大空を翔る翼をもがれてしまったとしたら。大人しく鳥篭に納まっていられるでしょうか」

 翼をもがれるってのはちょっと大袈裟だと思うんだけど。

 うーん、でもなぁ。それがもし自分だったらと考えると、きっと大人しくしていられない。そもそも翼を奪われる事態になんかしないけどな。翼もがれる前に飛んで逃げてやる。

 そう言うのは飛べるからこそ美しいんだって。いくら逃げられたくないからと言っても、そいつを象徴するものを奪えば、途端にその輝きは失われてしまう。そしてきっと死を選ぶ。それじゃ本末転倒だろ。捕まえた意味が無くなるじゃんよ。


 やっぱ手元に置きたいなら在りのままの姿でないと。

 諦めずに愛情を注ぎ続けてやれば、逃げても戻ってくるだろうし。


 ……ってな事を遠回しにやんわりと伝えてみたら、相澤もやたら頷いた。

 え、何、その熱の入りよう。

「そうですよね、愛情。大切ですよね」

 しかも頷くポイントはそこか!

 っていうか一つ言いたい事がありますいいですか。

「さて佐倉君、そうこうしてる内に教室へ到着しました」

 到着しました、じゃねーよ、先生。

 到着してもう一分以上経ってるんですよ。「自由」なんて話題が壮大過ぎて、かなり話し込んじゃってんよ。

 ちょくちょく刺さる好奇の視線が痛いんで、早く教室入れてもらえると助かります。

「最後に一つ、大事な事をお教えしましょう」

「なんですか」

 にっこりと人の良い笑みを浮かべた相澤は、「これです」と言いながら引き戸の右側を指差した。

「教室に入る前にIDを通して下さい。これが出席確認になりますから、決して忘れないように」


 そんなん、さっきから気付いとるわっ!




     * * *




 案内された教室は二年S組。所謂、成績優秀者クラスだ。確認を取ったところ、自分は幸いな事に学力特待生ではないらしい。なのに編入者がS組。とても珍しい事だけど、同時に凄い事なんだって事務方が噎び泣いてた。あれ? 副校長だっけ?

 このS組は全部で26人、自分を入れたら27人か。他にも通常クラスが一教室大体40人の3組まで(通常クラスは1、2、3組と言う言い方をするらしい)と、スポーツ特待枠のみ20人で構成されたH組がある。


 ……通常クラスで良かったんだけどな。

 なんだってまたこんな頑張らなきゃいけなさそうなクラスに配属されてんだ……。

 面倒な事になりそうで、今から憂鬱。


 ああ、ついでにキラキラした視線が痛い。

 元々男子校だったから男が多いのは理解出来るんだけど、それでもこのクラスにだって女がいない訳じゃない。


 お前ら男だろ。


 花盛りの男子だろ。


 可愛らしい女生徒の隣でアイドル見詰める女の子みたいな視線、向けんじゃねーよ頼むから。


 ハァ……。



「佐倉涼。来たばかりだから分からない事だらけなんだ。その時は手伝ってくれると助かるよ。宜しく」

 それなのに綺麗に笑える自分が憎い。

 なんか一層キラキラが増した気もするけど、取り敢えずは無視の方向でいいっスか。人前に立つのに慣れてても、編入生として自己紹介するのとか初めてだから少しくらいは緊張もするんだって。

「じゃあ佐倉君はあの金髪の子の隣に座って下さい。奇しくも同じ苗字ですし、これも何かの縁かもしれませんね。分からない事などは彼に聞くと良いでしょう」

「はい」

 相澤の示す席に行けば、これぞ白馬の王子様! ってのが隣に座ってる。根元まで綺麗な金髪は少しも傷んでなくて、地毛なんだって直ぐに分かった。しかも瞳の色がこれまた綺麗な翠色。純粋なアメリカンでも滅多に見ない色だ。

「お前も佐倉って言うの?」

 最初は笑顔が肝心。

 なんか気難しそうな奴だし、ここは無邪気に笑って好感度アップの作戦だな。

「同じ苗字じゃ呼びにくいし、名前で呼んでも?」

「……佐倉元希(さくら もとき)。好きに呼べばいいが、さっさと準備でもしたらどうだ」

「元希、ね。カッコイイ名前。じゃ、元希に叱られた俺は大人しく片付けましょうかねえ」

 うーむ。

 なんか予想通りで気難しそう。性格は悪くなさそうなんだけどな。頑固一徹! って感じ。いや、ただ拗ねてる子供のようにも見えるか? まさか隣が埋まって狭くなったから怒ってんの? いやいや、この歳にもなってそれはないだろ。


 お友達作りは追々する事にして、まずはとばかりに教科書を机に仕舞う。今日は初回だから何から何まで全部持ってきた。重いのなんのって、涼しい顔の下でヒーヒー言ってたんですよ、本当は。

 1コマ65分の授業を一日5コマが基本で、水曜日のみ6コマになる。土曜日には特別授業が午前中だけ組まれてて、それを一週間。五年振りのみっちりルーティンが今日から始まるのだ。


 さてはて。

 今日の一限目は何かな。聞いてくんの忘れたよ!


「……始めは英語」

 すると隣から静かな声が降って来た。

「それから化学。数学プロが2コマ続いて最後に古文」

「お」

 今日の時間割だ。

 こっち無視してるみたいに淡々と授業の準備してるフリして、実はこっちを気に掛けてくれてたらしい。

 ほら、やっぱ悪い奴じゃない。それどころか、密かな世話焼きタイプと見た。

「サンキュ」

 つい嬉しくなって、浮かべた笑みは本物だ。

 ちらりとこちらを向いた翡翠色の瞳はやっぱり綺麗で、こっそり眼福~とか考えてたら、それすら見透かしたような溜め息がこれ見よがしに吐き出された。

「時間割も分からずに何の準備をして来たんだ?」

「分からないから全部持って来たんだよ。お蔭で鞄がギシギシ言ってる」

「全部?」

 疑わしそうに凛々しい眉が寄せられる。

「そ、全部。古語辞典から英和辞典、問題集に各教科の資料まで届いた教科書殆ど。マジ重くて肩が外れるかと思った」

「実は馬鹿なんじゃないのか?」

「初対面で結構酷いのな、元希って。時間割だけなかったんだから仕方ないだろ。いいじゃん、ロッカーあるし、そこに入れときゃ次から楽なんだし」

「編入試験で過去最高点を叩き出した秀才が来るって、皆浮き足立ってたんだがな」

「何ソレ」

「お前の事だ」

 うーむ。全く身に覚えがないんですが!


 話してみると元希は頭の良い奴だって事も直ぐに分かった。何て言うか、話し易い。ちょっと無愛想な気もするけど、それはまあ、まだお互いに慣れてないからだろうと思う事にする。


 それでも初対面で馬鹿呼ばわりはないからな! ツンデレでももう少し愛想があるぞ。


 英語教師が来るまでの数分間で話したのは本当に他愛もない事で、でもそれが楽しかった。聞けば帰国子女らしく、朝一の英語の授業ではその素晴らしいクイーンズイングリッシュを聞かせてくれたんだが、外見と嵌まり過ぎて次に日本語喋った時はあまりの違和感で噴き出しそうになった。あ、これは内緒な。ちなみに自分はアメリカンの方が好き。

 それに女教師の態度を見てて気付いた。コイツがカッコイイからってのを抜きにしても、教師はコイツに期待してるって事。つまり、成績優秀者が集うこのクラスにおいて尚、元希は優等生らしい。まさか白馬の王子様キャラを地で行くとは、なんたるキャパシティーの持ち主。ダメだ、俺じゃ勝てねぇ……!!


 なんて冗談はさておき、ボーッと過ごしてたら65分の授業なんてあっという間に終わるもので、女教師は最後に爆弾発言を残して颯爽と消えてった。


 ……え?

 もうすぐTOEICがあるなんて一言も聞いてませんでしたよ。しかも二日後?

 なんか毎年恒例の学校行事みたいだけど、そんなのパンフにも載ってなかったでしょう。担任の相澤すら教えてくれないってどう言う事さ。

「例え今日あったとしても、学園一の秀才様は余裕だろう?」

「おい、お前が言うと凄い嫌味だからな」

 え、それとも何、本当に拗ねた子供なの?

 ああ、それはそれで面白いかもしれない。唇尖らせて恥ずかしそうに拗ねたら萌え、萌え……ごめん、萌えねェわ。もうちょっと幼かったらジャストミートだったのに。可愛いキャラするには、ちっとばかし成長し過ぎかな。



 化学は自分の専門分野だから問題なく過ごして、待ちに待った昼休みが訪れる。

 弁当なんて作って来なかったから、昼は勿論購買部です。

 元希に学園内の案内ついでに購買部まで連れてってもらって、無事昼飯をゲット。いやはや、校舎内に何でも手に入るコンビニが入ってるのには驚いた。

 大学なら分かるよ? でも此処は高校なんだよ。やっぱセレブ校だよなぁ。ちょっとお高かった気もするけど、生憎と自分の金銭感覚は崩壊してるから本当のところ良く分からない。就職してから普通の感覚に修正するつもりだったのに、あしながおじさんからの援助金の事もあるし、これじゃあ一生矯正はされなさそうだ。

 惣菜を無造作に口に放り込みつつ、そんな事をつらつらと考えていた。目の前の元希は湯気が立ち上るブイヨンベースのスープを綺麗な所作で黙々と平らげていく。ふむ、流石「王子様」。至る所でそこはかとない気品が感じられるぜ。

 学食にしては高級感漂う本日の定食は着実に元希の腹に収まっていった。っていうか、こんなイイ食堂があるなら、今度から自分も此処を活用しよう。今日は昼休みにやる事があるからコンビニ食を選んだけど、やっぱ温かい物が食べたいしね。

「律儀に待たなくていい。教員に呼ばれているんだろう」

 おや、見詰めちゃいすぎましたか。眉間の皺が勿体無いですよ。

「見られていては食べ辛い。さっさと行け」

「そう? なんか悪いね、案内までさせといて自分から席外すなんて」

「一人の方が気楽でいい」

 ふむ、王子様は一人がお好きと。

 仏頂面で人を寄せ付けない雰囲気してるのに世話焼き。頼まれてるからとは言え、定まらないアンバランスさを感じる。これが青少年って言うのかね、なんか昔の自分を見てる気分。

「じゃ、行ってきますよ。此処までアリガトな」

 がたりと音を立てて席から立ち上がり、背を向けると何故か「おい」と声が掛けられる。

 まだ何かあっただろうか。なんだと思って振り向けば、アイスティー片手の王子様は如何にも不機嫌そうにグラスを睨んだまま教えてくれた。

「次の数学、関数電卓が要るぞ。なければ誰かに借りて来い」

 やっぱり生来の世話焼きだ。

 くすくすと笑いを止められなかった。だって、仕方ないだろ? 元希の背後に「なんで俺が……」ってモノローグが見えるようだけど、奴の世話焼き体質は筋金入りっぽそうだ。

 放っておきたいのに放っておけない。そんな思考がヒシヒシと伝わってくる。しかもきっと、ってか間違いなく周りの所為で割を食うタイプだろうに、肝心の本人がその事実に気付いてないときた。

「サーンキュ」


 心を許してくれたらもっと可愛い一面も見せてくれるのかね。



 昼休みを使っての呼び出しは事務的な些事だった。

 何の事はない、学費の引き落とし先についての確認。「佐倉涼」名義だったから、念の為に確かめただけらしい。

 で、三分も掛からずに解放された今は校舎内探険と勤しんでいるところだ。そこで歩き回って一つ、分かった事がある。内装は殆ど同じ作りで自分の居場所に戸惑う時もあるが、教室配置については意外と分かりやすいという事である。

 本校舎は北棟、中央棟、南棟の三棟あり、それぞれを東西二つの渡り廊下が繋げているのだ。そして大体だけど南棟が通常教室、中央棟に教員室、北棟に特別教室に分かれている。特別教室と言うのはまあ、実験室とか作法室とかそんな感じ。序でに北棟には物置部屋も集中してるから、特に人通りが少なかったりする。北棟の四階なんて人気皆無だ。家庭科教室ってのが一つあったけど(他は何と空き教室だった)、あんまり使用されてるとは思えない。家庭科部とかないのだろうか。

「あ、もう十分前か」

 腕時計をちらりと見遣って、次の授業を思い出す。教員室へ行った時に数学教師から電卓は借りれたから何の憂いもないが、現在地の北棟から教室のある南棟は丁度正反対。ちょっと遠い。

 走らなきゃなんないかなぁと思いつつ、でも走らない。ちょくちょく見せる怠惰な面。高校と大学を通して見事に遅刻癖が身に付いてしまったのだ。

 自覚はしてるんだけど、これも治らないなぁとやっぱりお得意の諦めを発揮していたら、

「……い……、……な……!」

 今降りている階段の向こうから何やら不穏な気配。

「……ればそれだけは許してやる!」

 うん、不穏当。

 そして俺、野次馬。

「何か言ったらどうだっ!」

 場所は北棟三階。授業十分前と言う事もあって人はない。

 少し覗いて見れば、おや、あれは我らがS組の王子様ではありませんか。

 こんなセレブ校にも、いや、だからこそか? チャチなイジメが存在するんだなあ。っていうかイジメにもなってませんよ、何処かの誰かさん。元希の奴、ダメージ受けてる感じしないじゃん。気付いてねェの?

 まあ、此処で見て見ぬフリってのも後味悪いし、ちょっくら援護でもするかァ。

「さく――」

「そう言うのはもっと隠れた所でした方がいいんじゃない?」

「……お前」

 如何にも三流役者のような男子学生の言葉を遮るように台詞を被せてやれば、彼は笑える程に飛び上がって驚愕を表した。

 我慢しようとして我慢出来ずに漏れ出た笑いはクツクツと人が悪そうで、これじゃあどっちが悪役か分からない。

「こんな風に誰に見付かるか分からないし、ね」

「お、お前……誰だッ!?」

 訝しそうな、それでいて「面倒な奴に見付かった」とでも言いたげな元希の視線をまるっと無視して彼の肩に腕を乗せた。まるで娼婦が情人にしな垂れかかるように、自分の立ち位置を見せ付ける。

「『誰』? 人に名前尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀ってモンじゃないの?」

 静かに、優しげな笑みさえ浮かべて言った後で、がらりと纏う雰囲気を変える。

 暖かみのあるそれから一瞬で冷酷に、威圧感さえ滲ませて鋭く睨み付ければ学生は身を竦ませた。当然だろう、親の権力に縋ってきたようなお坊ちゃまが長年夜の街で培ってきたとも言える殺気に抗える筈もない。

「……格の違いも分からん愚か者が。身の程を弁えろ」

 サッと顔面を蒼白にした学生が不恰好にカチカチと奥歯を鳴らす。

 これだけでも十分、恐怖を植え付けた事だろう。でも、"まだ"だ。暗い部分が俺を煽る。

 こんなツマラナイ事を考える気も失くさせるくらいに、――畏怖を。

 抑えていた殺気を解き放つ。

「消えろ。平穏な学生生活を送りたかったら、二度とこいつの前に姿を見せるな」

「は、……はひィィ!!」

「……」

 情けない声。それでも男かってんだ。

 無様に転がり逃げてった学生を見遣り、最後の毒を吐く。

 横から物言いたげな視線がぐさぐさ突き刺さってるんだけど、どうしよう。これは質問しやすいようにした方がいいのか?

「やるならもっと上手くやれよな。今時、小学生でもこんな事しないぞ。なぁ?」

 パッと雰囲気を元の軽い感じに戻して元希に同意を求めたが、返って来たのは盛大な溜め息だった。失礼な。

「助けなど、求めてないが」

 一人で対処出来ましたって? そりゃないぜ。恒例行事にうんざりって顔してたクセに。

 だから思った事をそのまま伝える。すると眉間の皺が一層酷くなった。「余計なお世話」、そんな台詞がアリアリと目に浮かぶ。

「イジメが一人分減ったんだ、悪い事はしてない筈だけど? 大体、折角出来た友達一号のそんな場面を見て見ぬフリしろなんて、酷な事言ってくれるなよ」

「……」

 何だか眉間の皺が深くなった気がするんですが。

 なにさ、友達一号発言がそんなに気に食わなかったの?

「でも、お前みたいな奴でもこんな事ってあるんだな。容姿や成績に対する妬み……にしちゃあ、ちょいと険悪な感じだったが。まぁ、人の嫉妬なんてそんなモンか」

 最後は独り言のように呟けば、眉間に皺を寄せたままの元希が若干不思議そうに見詰めてきた。若干は若干だ。最早、勘である。

「お前、知らないのか?」

「何を?」

 こっちも不思議そうに首を傾げれば、少し間を置いて、聞き取れるか聞き取れないかの声量で忌々しそうに言った。

「俺の、父の事だ」

 父。

 言われても全く分からなんだけど、他の部分でピンと来る。アレだ。セレブの間では最も重要視される、アレ。俗に言う、地位とか権力。

「本当に知らないのか?」

「や、ごめん。知らねェわ」

 そんな知ってて当然みたいな顔されても困りますって。知らんもんは知らん。政治とかは正直総理大臣で精一杯だし、それが何々会社の誰々会長とかなるともうさっぱりだ。知る訳がない。

 なので申し訳なさそうに教えてくれオーラを出したら、案の定、元希は面倒臭そうに顔を顰めながらも教えてくれた。

「今の防衛大臣、佐倉漣太郎が俺の父だ」


 ……。


 ……そんな名前だったっけ?


 いや、ごめん。本当にごめん。防衛大臣とか守備範囲外なんだわ。

 時事問題に疎い自信がある。それで許してくれ。も一回、勉強し直すから。

 明らかに誰だか理解していない自分に呆れの眼差しを寄越して、それでも元希は律儀に解答を続けてくれる。それでこそ俺のプリンスだ。いつかその気苦労を労わってやろう。

「そしてさっきの学生はこの間の人事問題で罷免させられた官僚の息子。もう分かるな?」

「分かるなって……それ、思いっきりトバッチリじゃね?」

「そう言うものだ、この世界では特に」

 小さく吐き捨てた。

「妬みも怨みも、それと同じだけの媚びと羨望も。うんざりする程、向けられてきた」

 つくづく嫌なんだと感じた。

 周りの人間が見ているのは「佐倉元希」ではなくて、「防衛大臣の息子」というラベルだ。甘い蜜に群がる蟻のように次々と湧いて出てきて、只でさえ少ない自由が更に奪われてきたのだろう。

 まだ足掻いているように見えてその実、諦観も垣間見える。きっと、誰一人として「元希」という人間を見てくれなくて、もしかしたら自分の存在自体から否定されたような気持ちも抱えているのかもしれない。

 安直なプロファイリングだと、自嘲した。部分的な類似事項を見付けて自己投影しているだけじゃないか、そんな誹毀(ひき)さえ聞こえてきそうだ。

 ヤダヤダ。

 暗いのはガラじゃない。

「ふーん。……で?」

 敢えて場違いな明るい声を出す。すると元希は目に見えて唖然とした。

「で、って……」

 お、歳相応なイイ感じ。

 そうそう、まだ十七歳なんだから。あんまり悩み過ぎると禿げちゃうぜ。

「父親が防衛大臣って正直羨ましくない上に面倒臭そうだよな。俺、パーティーとか嫌いだし、いつでも父親の顔に泥塗らないようにって、家が厳しくなるだろ」

 時には公の場に出たり、な。

 お人形みたいにしてなきゃならないとか、息が詰まる。

「金銭的には不自由しないだろうけどさ、他の不便が多過ぎる。無理無理、俺って結構我が儘だから、そう言うの耐えらんない」

 心底嫌そうな顔をしてみせて、目の前で手の平をパタパタと振る。

「同情はしても、妬みはないわ」

 大きな独り言を聞かせてから、ほっとけよ、と笑ってみせた。

「奴ら、知らないんだろ。白鳥みたいに上辺の綺麗なトコばっか見て、水面下で必死に足バタつかせてるお前に気付いてないんだ」

 だから。

「だから元希、お前がそんな怖い顔する必要なんざねェんだよ」

 我ながら上手く纏めた。

 そう思ってもう一度笑みを深めてみせたら、元希も今までの仏頂面を取っ払って、ふっと頬を緩めた。なんだか苦笑みたいだけど、今はそれで良し。

 一歩前進、したんじゃね?

「お前も、同じ事を言うんだな」

 おやまあ、前任者が居たようだ。そりゃあ母親譲りだろう翡翠がそこまで透き通っていて荒んでいなかったんだからそう言う人も居るかとは思っていたけど、まさか同じ事を言っていたとは。

 思考の端で感心していたら、すっかり険を取り払った元希が意味ありげな視線を向けてきた。

「ところで、時計は持ってるか」

「時計? あるけど何……あ」

 と同時に鐘が鳴る。

「授業! お前っ、もっと早くに知らせろよな!」

「知るか! お前が長々と演説垂れてるからだろうが、――"涼"!」

「!」


 やっと名前を――……。


「数学プロ、最初は小テストから始まるぞ……っ!」

「ハァ!? だあっからそう言う事は早く言えって!」


 感動にも浸らせてくれないのかよ!




 責任を擦り付け合いながら廊下を走る。

 教室に着く前には訳もなく可笑しくなって、最後には少し笑い声が交じっていた。



こんな感じで暫らく続きます。

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