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龍の宝玉  作者: プー太郎
2/9

第1話 始まりの日

始まりなので、ちょっとテンション高めです。

 正直、自分が女で良かった事なんてマラソンの距離が短い事と、水曜日はレディースデイで映画が安い事と、化粧次第で多少不細工でも見れる顔になる事と、将来の責任が男よりも軽い事と……あれ? 結構女である事って得だったりする?

 いや、まあ確かに女ってかなり手厚く保護されてるよな。最近じゃ社会的立場も向上してきたし、痴漢ー! とか叫べばちょっとぶつかっただけでも冤罪に出来るし。しかも美人じゃないけど不細工でもない自分程度でも、話術や雰囲気で貢いでもらえるし。女同士ならじゃれ合いで胸とか触っても「涼ちゃんって、そういうキャラだから」って事でOK、キャラさえ作ってしまえば際どい所まで案外許され――あ、これオフレコでお願いします。

 うーん、やっぱなんか女の方が良い気がしてきた。

 大概の人達は知らないだろうけどさ、真夏の満員電車とか前に薄着の美人さんが居ると、フリーダムな手の平を理性と言う名の手綱で抑え付けるのってホント大変なんだから。

 いや、お前、女"だった"ろ、とか言うのナシな。受け付けマセン。


 ……うん。解ってる。言われなくても解ってるよ!

 自分がバイかも、とかそんなん中1の時に気付いている。

 男になりたいとか本気で願った事もある。何度もね。男なら女の子に手ェ出してチョメチョメ(一応自己規制してみた)出来るし、男相手にも遊びで口説けるじゃん? 慣れてない初心な子(勿論男も女も)、攻めると反応が可愛らしくて病み付きになるんだよなー。

 いやぁ本気で相手にされた場合とか、ちょっと考えてなかったけど。

 まあ、そう言う意味でヤるのなら、男の方がヤリやすいなーって……あ、ごめん。口が滑った。

 ってかさ、23にもなって、なんで今更こんな事考えてるか。

 それが今一番重要で旬な話題だよ!!


「……男♂になっちゃいました、ってか……」


 ……。



 …………。




 っいやいやいやいや!

 何ソレ!? 自分で言っといてアレだけど、何ソレ!? どう言う事っ!?

 確かにね、女にしては身長が高くて170cmだったし、鍛えてたから無駄な贅肉なかったよ?

 性格もどっちかって言うと、って言うか完璧に『漢らしい』振る舞いして、姐御とかボスとか呼ばれてたけど。

 寝た男の内の複数人(一人じゃないんだな、これが)に「お前、女にしちゃ硬い身体してるよな……」とか言われた事があっても、ちゃんと男受け入れる女の身体してたんだって!

 下品とか言うな、そこ! こちとら緊急事態なんだよ!

 ちょっと嬉しいとか思って……思ってねぇからな……っ!


 ……少し、嘘吐きました。


 いい加減、わざとらしくパニックになるのも止めようか。

 大体元から、何に対しても動じない性格してるものだから性別が変わったくらいでパニックに陥れる程、可愛らしくないんだよなー。

 例を挙げると小さい頃、台所で宿題してたら、揚げ物用の天麩羅油から大きな火柱が上がった事あったんだけど(その時、母は外に洗濯物干しに行ってた)、その時ものんびりと戻ってきた母に「お母さん、火柱上がってるよ」って淡々と教える程の落ち着きよう。結局母の方がパニックになっちゃって、仕方がないから父を呼んで消してもらったんだっけ。

 極太神経伝説は他にもあるけど(「大震災事件」とか「不審者事件」とか)、説明しやすいのはこの「火柱事件」かな。

 そしてパニックになれない図太い神経の持ち主だと悟ってからは、密かな夢が出来た。

 即ち、『気絶する』事。

 That's 繊細な神経の持ち主の反応! (長いYO!)


 ……諦めるしかないようです。


 そもそも性別変わるとか、天地が引っ繰り返っても有り得ない出来事が実際起こったにも関わらず、この薄い反応。

 一体どうしたらいいですか。

 次回があるなら今話題の「異世界トリップしたみたいです」とかなっても、多分きっと「ああ、そう」で終わりそう。

 予感じゃなくて、確信。


 閑話休題。




 さてはて、直面すべきは現実問題ですよと。

「……一時的なものなら、めっちゃ嬉しいんだけど」

 珍しく朝7時に起床した、ワタクシ、佐倉涼は洗面所の前で見た事のない絶世の美形と対面しております。眼福眼福……って、


 オ レ だ よ !


 対面してからまだ十分も経ってない。実感? ある訳ねェよ。だから他人事なんだろ。

 まだまだ寝起きだ。そんな頭じゃ考えられる事も考えられない。なのでもう少し思考に耽ってみる。そうだな、取り敢えず目の前の男について観察してみようか。

 闇色。漆黒。鴉の濡れ羽。そんな感じ。触ってみれば真っ直ぐコシのある艶やかな髪をしている。

 顔は――超絶美形と言う適当な表現で各自適当に想像してくれ。


 ……説明を投げた、だと?

 うっさいわ。美辞麗句を巧みに操れる程の本職(文字書き)じゃねーんだよ。

 ……あーもう、分かった分かった。挑戦するけど、文句は言うなよ。

 ふむ、まずは肌からいこうか。

 白人ではないけど色白の肌。真珠のようなという、日本人の肌を褒める時に用いる賛辞が良く当て嵌まる。薄い唇は綺麗に淡く色付いており、染み一つない肌理細やかな白皙の肌に桜の如くぽつりと浮かんでいる。スッと通った鼻梁。キリリとした柳眉。その下に輝く黒曜石。……ごめん、ラノベの読み過ぎ。恥ずかしいんだけど。……えーっと、切れ長の瞳が男らしい。とは言え全体的に線が細いので、女顔と言うのだろう。


 もういいデスカ……。

 こんな羞恥プレイ、死ねる。

 自分から始めといてアレだけど、意外と恥ずかしかった。(他人事で突っ切れると思ったんだ!)


 いや、でもさ。こんな容姿ならナルシストになっても許されると思うな。

 そう思いながら、顔を洗う。

 洗顔剤を丹念に泡立てて、温めのお湯で完璧に洗い流す。

 もう一度、鏡を覗くとあら不思議。水も滴るイイ男の完成だ。


 目の前の美形は、どんなに美人でも男。(自分は間違いなく女だった筈だけど)

 右手を挙げれば、人外美形は左手挙手。(物真似星人? んな訳ないだろ)

 あ、洗濯物集めて回る母と擦れ違った。(「あら涼、お早う。珍しく早起きね」)



 ……OK.

 どうやら自分は男だったようだ。(「んな訳ねェし!」とか言い出すと振り出しに戻るので、もういい。これで押し進めていく事にする)

 何故だか知らないけど、「佐倉涼」という人間は男として認識されているらしい。母親の対応が普通だったから、間違いないだろう。そして恐らくだけど、一時的な性転換説も無残に掻っ消えたと思われる。

 それで、っと。

 顔を拭きながら思った事。

 もしかして、若返ってんじゃね?

 元は23だったんだって。でも、これはどう見ても23には見えない。頑張って20? ないな、どう見ても10代だ。しかも青春真っ盛りな感じの10代。

 となると、問題が一つ。今がいつなのかって事だ。

 これで2010年じゃなかったら、エライ事だ。

 性別が変わっただけでも十分エライ事だって? バーカ、性別くらいどうって事ないんだよ。しかも自分一人だけ変わってんのに、他の人の認識が変わってなかったのならそりゃ大変だろうけど、自分の場合はそうじゃない。回りの人間も自分が男だって思ってるから、no problem(無問題)。いつも通り大学行って、卒論提出して、ちょいと就職先に登録した性別の確認すりゃ、万事OKだ。

 でもこれが自分にとっての未来とか過去になってりゃ、それこそがgrave problem(大問題)。23まで培ってきた何だかんだが、御破算してしまう。

 その中で最も厄介なのが、未来にいる場合。1年でも先だとするとどうしたらいいのか(何故ならその場合は確実に就職しているからだ)、迂闊に動けない。

 しかしながら、その可能性は低いだろうと思ってる。鏡の中の自分は多く見積もっても精々20歳。学校名を確認すれば、凡そ予想が立てられる筈だ。

「涼、ご飯出来たわよー!」

「んー」

 さてさて、今日の日にちを聞いて、この訳分からん現状の把握に努めますかね。




 という意気込みも虚しく、答えは向こうからやってきた。

「……は?」

「だから、お父さんも来るんだって。今日は会社休むって言って聞かないのよ」

 何処に来るつもりだ。

 っていうか、お父さん"も"って事は確実に母も来るんだな。だから何処に。

「父さんも来んの?」

「引っ越しの手伝いなんか来なくていいって言ってるのに。お兄ちゃんの時もそうだったけど、邪魔なのよねー」

 大学の研究が忙しくなって下宿を決めた長兄の引っ越しの時の話だろう。自分も手伝いに行ったけど、うん、あの時の父は確かに邪魔だった。事実だけど、辛辣だな。

 それにしても、引っ越しか。確実に自分の為の引っ越しだろうな。

 何処に? なんて聞いたら可笑しいよなァ。引っ越しとか前々から準備してただろうし、どうやって聞き出すか。そして自分の年齢は何歳なのかも気になる。就職の為の引っ越しではないと思う。日本有数のグローバルな大企業だけど、内定したのは自宅から通う地域型だからね。

 え、もしかしてこれでも30近くで、転勤有りの全域型に変えたとか?

 いやいや、それはないだろ。お願いだから、ないと言って!

「引っ越し先って、どんな所なんだかな」

「写真を見る限り、お部屋は贅沢よねー。お母さんも一緒に住もうかしら」

「嫌」

 薄々そうかなーと思ってたけど、やっぱり一人暮らしか!

 今まで女だからって理由で外泊出来なかった(許可すら取れない! 下宿も勿論駄目だったから、研究で夜中になっても真面目に帰宅してたよ! 今までの自分、お疲れ様!)けど、男ってスゲェ! 高校生(だと思う)なのに、一人暮らしありって差別かよ!

 うん、やっぱ男になって良かった! 現金とか言うな!

「そうそう、編入先に出す書類とか引っ越し先の契約書とかちゃんと書いてあるでしょうね? 今日要るんだから、忘れないで持って行きなさいよ」

「分かってる」

 現状把握出来る最強の道具を手に入れました!

 良かったー。

 言葉巧みに聞き出すのは出来ない事もないけど面倒だから、説明書類は素晴らしく心強いお助けマンです。

 朝食をコーヒーで流し込んで、さっさと二階の自室に向かう。

 我が家の階段なのに身長が変わった所為か、途中で踏み外しそうになって怖かった。

 何気なくドアを押し開けて、息を呑む。

「……おおぅ」

 すっかり物のなくなっている部屋に驚いた。

「そうだ、引っ越しするんだった」

 小学生の頃から使っている子供っぽい学習机の上に、几帳面に置かれた書類と一通の手紙を見付ける。まず書類の方を手に取った。

 一番上に乗っていたのは、薄緑色の学校の編入届。

 視線を走らせようとして、――絶句。

「……」

 何に絶句したらいいのか分からないけれど、取り敢えず言葉を失くしてみた。



 書類の最上段にある『緋鳳院学園』という文字。


 丸の付けられた2年生の欄。



 まあ、いいや。個人情報の欄を読み進めていこう。

 名前、問題なし。つまり自分は「佐倉涼」で間違いない、と。

 生年月日、変わらず。って事は過去に戻っているのか。多分間違いではない。記入日が2005年だし。

 それで?

 血液型、もそのまま。

 家族構成及び氏名、年齢も同じ。

 ああ、通ってた学校も以前のままだ。って事は、性別以外は全て今までと同じって事か?

 備考欄には自分とは違う筆跡で、「推薦 R.S.」の一言。……せめて学力特待生でありませんように。


 うっはー、面倒臭ェ。

 若返るのも美形になるのもいいんだけど、今更高校生ってアナタ。しかも高2って言ったら5年も前ですよ。勉強は苦手じゃないし、やればかなりのレベルになるんだけど、高校って。理系だけど公式とか正直忘れました。英語や化学、生物は専門だから問題ナッシングでも、古文とか世界史(好きなんだけどなー)なんて無理無理。折角、勉強地獄から抜け出して「俺は自由だー!」だったのに、なんて罠を仕掛けてくれるんだ性別変えた人。

 あー、しかもよりによってこの高校。『緋鳳院学園』って言やぁ、どんな阿呆でも知ってる超有名校ですよ。

 どんな風に有名かって?

 そんなもん、自分がこれだけ嫌がってる時点で分かるでしょーよ。つまり超エリートの為の超お金持ち高校です。

 偏差値70が基本。

 学費? そんなもん知らん。兎に角、並の私学なんか足元にも及ばないくらい高額だ。

 なのに何故そんな高校に通う事になっているのか! 編入試験はいつ受けた! ついでに何処からそんな金が出て来たんだ!

  我が佐倉家は確かに"お金持ち"に分類されるだろうけど下宿代(編入届の下からチラリと見えたけど、高級マンションだったよ!)に学費まで払うとなると、年2回の海外旅行が行けなくなるじゃないか! (それが自分にとっての最重要問題である)

 グッバイ、愛しの海外旅行。今年はニュージーランドだったのにな……。

 ああ、違うや。過去に戻ってるから、今回のは分からん。でも高2だからきっとオーストラリア。

「涼! 9時出発厳守だからねー!」

「んー」

 おっと、いかんいかん。もう8時だ。

 さっさと風呂入って、荷物の中身確認しないと。

 書類の隣に準備してあった衣服を持って、風呂場へ直行。パジャマの上を脱ぐ。胸筋が程よく隆起した胸板と六つに割れた腹筋の麗しい肉体が目に入る。

 自分のものでなければ、何時までも見ていたいのに。自分のものだと思うだけで魅力半減。なんとも残念な事だ。

 ズボンを脱ぐと、ボクサーパンツ。そう言えば兄上殿が下着を変えたのはこの時期だったな。彼女出来たからって色気付きやがって。有難う御座います。トランクスは嫌でした。只でさえ慣れないモノがぶら下がってるのに、それが不安定だなんて耐えられません。下品? いい加減に慣れて下さい。

 パパッと下着も脱ぎ去ると立派な一物が姿を現す。17になって初めて自分の息子と対面とは。

 本当なら自分の息子なんて一生出会う筈もなかったんだけどな!

 でも、本当に良かった。兄二人が裸族なもんで、男の裸体なんて見慣れてるんですよ。うら若き乙女が男を知ってる(見慣れてるじゃなくて、"知ってる")だなんて、なんと嘆かわしい! とは思っていませんでしたが、この状況ではただただサムズアップです。

 流石、涼。

 流石、佐倉家。

 教育が行き届いています。

 扉を開けると既に父が使った後らしく、もわりと熱気が押し寄せてきた。夏に成り切れて居ないこの季節、朝はまだヒヤリとしているから大歓迎だ。

 サッとシャワーを浴びて、適当に洗って、風呂を出たらタオルで拭いて、あっという間に終えてしまう。髪をドライヤーで乾かすのも、十分程度。

 髪が短いって楽でいいなぁ。




 ダークグレーの細身のジーンズにロングTシャツの重ね着して、ちょいとゴツいシルバーを首から装備。大学生になってから時計がないと落ち着かなくなったんだけど、服と一緒に置いてあったこれは自分の物って事でいいのかしらん?

 見た所、このお方は長兄の愛時計オメガさんだ。先日オーバーホールしたばっかりの、ぴかぴかオメガさんだ。そんな御仁がこんな所にある時点で、恐らく御下がりなのだろうと勝手に解釈する。

 左手首に嵌めれば、あらピッタリ。よし、これは俺の物。

 黒縁の伊達眼鏡を装着して(元々眼鏡っ娘だったのです)、準備万端。

 ブラックレザーのボディバッグの中には長財布と眼鏡ケース、携帯電話しか入ってなかった。クローゼットには一着の服もなかったし、殆ど全ての荷物は既に送ってあるのだろう。

 クリアファイルに書類一式挟んで、バッグ内に突っ込めば終了。


 うん、もう少し見ないフリしててもいいかな。

 机の上に置かれたままの、白い封筒。ちょっと厚めで、嫌な感じがヒシヒシとする。

 自分の勘は良くも悪くもない。ロト6は当たった事ないし、あみだクジも結構外れを引く。至って普通な人です。

 でもこの封筒に関しては触っちゃダメだ、触りたくないって気持ちが膨らんでいく。

 きっと重要な何か。しかも嫌な方面で。

「ふぅ」

 見ないと駄目だよな。

 もしかしたらこんな事になった原因とか分かるかもしれないし。

 お得意の諦めを発揮して、開封済みのそれを手に取る。

 引っ繰り返す。

 中から出て来たのは一枚の紙切れと、――通帳。

「Oops...」

 通帳って所からアウトじゃん。

 全部、諦めよう。諦めればいいんですね、ハイ。

 昔からこうゆうのは不運ばかりなんだよなー。懸賞でiPod当たったり、100g当たり4000円の神戸牛当たったりした事もあるけどさ、その分、不幸も降り懸かる訳ですよ。しかも巻き込まれ型不運。自分の所為だって分かってるから余計に行き場のない苛立ちが沸々と……。

 基本無関心貫くクセに時々御人好しになっちゃうからってのが原因です。

 ええ、理解してますとも。


 通帳は何だか怖いので、まず紙切れから見てみる。

 ペラッと二つ折のそれを広げると、美しい筆記体で簡潔な一文章。



『Present for my dear, from Daddy-Long-Legs』

(愛おしい君への贈り物。あしながおじさんより)



 ……死にさらせ。


 紙切れを左手に持ちながら、右手で通帳を開く。

 0(ゼロ)の数を数えようと思って、……止めた。

 加えてこの通帳、紛れもなく俺のだ。前回の記録が残高306,416だし、三頁くらい記帳されてるし。

 という事は、だ。すこーし考えてみろ?

 この「あしながおじさん」とか言う巫山戯た輩は態々一旦盗んで、金入れて、律儀にも記帳して、それから返してきたって事だよ。


 ちょ、この家、空き巣入られてますよー!




 ああ、なんか嫌な予感がしてきた。


 確かめたくないけど、確かめなきゃいけない気もする。



 学園の学費とマンション代だけじゃない。





 そうまでして自分を"呼んだ"のが、一体誰なのか。






 * * *






 6時間掛けてやってきました、俺の新しい住居。

 高層マンションの最上階丸々全面ぶち抜きだって。あっは、あしながおじさん怖ェ。

 一番最初に足を踏み入れた母の台詞は、

「あらー、素敵な部屋ね。涼だけじゃ勿体無いし、お母さんも此処に住もうかしら」

 だった。

 是非ともやめてくれ。

 とは言え、そう言いたくなるのも分かる。

 1LDK? ナニソレって感じ。

 玄関から入って短い廊下を行くと直ぐに25畳のリビング。正面の一面ガラス張りが圧巻だ。

 左側の壁面に今流行りのブラヴィア70インチ壁掛けタイプが壁を半分覆っており、その下にはAVデッキと本格的なサラウンド達。それから硝子テーブルと大きなL字のカウチソファ(ブラック)が綺麗に配置されている。

 そしてそれらが一望出来るオープンキッチン。一人暮らしにしては巨大な冷蔵庫やIH、ドイツ製の食器洗浄機は大きさから推測して5人用。

 この部屋、絶対にファミリー向けなんだろうな。

「素敵なキッチン。こんなキッチンがあるんだったら、涼も料理しなくちゃね」

「善処するわ」

 右側の壁を背にして広々とした執務机はデスクトップ型のPCを置いてもまだ余裕がある。壁面に掛かったモダンアートはアレだ、アメリカ異色のフォトグラファーSteven N.Meyers(スティーブン・マイヤーズ)の作品。X-rayを使用した話題のレントゲンアートと言えば分かると思う。X線に透ける箇所とそうでない箇所とのコントラストが絶妙で儚さの中に存在する不安定な確かさと、従来のアートにはない植物の透き通るような繊細で不思議な質感が見る者を魅了し満足させる、俺の好きな作品。

 しかし、どうやって調べたか気になる所だ。ちなみに誰にも言った事はない。

 序でに一言いいだろうか。現在、壁に掛かってる790x710mmのこの作品。


 知ってます。


「Red magnoria」ってタイトルのアートワーク。人気高いんだよね。確か二万七千円くらいだったから、今度購入したいとか考えてました。

 嗚呼、繊細な深紅がシックな部屋に良く映える。

 本当にどうやって調査したのか分からないけど、あしながおじさん大好き、有難う。

 玄関からリビングを正面に見て左右にドアがあり、その向こう側はそれぞれ12畳の寝室に繋がっている。クイーンサイズのベッドが中央に鎮座していて右側の部屋のシーツは白、左側の部屋は黒と色違い。

 あしながおじさん、何でそんなに自分の好みを熟知しているのでしょうか。

 勿論、黒のベッドを使用します!

「客室もあるのねぇ」

 そのどちらの寝室もウォークインクローゼットが付いてる。

 嬉しいけど、正直そんなに服がない気がする。


 えーっと。

 そろそろいいでしょうか。


「母さん」


「なぁにー?」



「家から持ってきた家具とか、……何処にあんの?」




 見知った椅子一つ見当たりません、隊長!


 でも、自分は少々気付いております!


 聞きたくないけど、止めを刺して下さいお願いします!



「あら、処分したって言ってなかった?」

 やっぱりか!

「あー、そんな事言ってた?」

「ホント、素晴らしい人に見付けて貰えて良かったわね。学費も家賃も必要経費はあちら持ちだなんて、今時あしながおじさんもそんな事出来ないわよー」

 自称あしながおじさんですよ、母上。

「将来は自分の所で働いてほしいから今の内に投資する、中々出来ない発想よね。一流の人は違うわー」

 青田買いですか。

「期待されても学園に入れなきゃ意味ないって言ったのにアチラは何だか自信満々だし、涼はちゃんと入ってくれたし」

 受験は自分じゃないですけどね。

「入ったからには英才教育が待ってるんだからね、期待に応えなさいよ」

 能天気過ぎるぞ、母上よ。

 それだけ怪しい条件揃ってんのに、どうしてそんなに心底信用してるんだか。

 いや、こんな母だけどそれなりにシッカリしてるし、きっと信用せざるを得ないような状況があったんだろう。

 そうに違いないと信じたい。

「もうこんな時間ね。じゃあお母さん達帰るけど、明日から学校行きなさいよ? 初めて行く場所なんだから早目に家を出て――」

「ああもう、分かったから。帰っていいよ、まだ片付け残ってるし。じゃあね」




 はぁー、やっと静かになった。


 女の時も構い過ぎだろって鬱陶しい時があったけど、男の今でも大して変わらないもんだな。

 末っ子だからか。

 でも、今日から一人暮らしだし。

 念願叶う、始まりの日だぜぃ。



 これから会う人達は皆、初対面だろうし、良く解らない状況だけどそれならやっていける。

 それに元が23って言うハンディがあるから、自分が17だった時より上手くやれる自信もある。

 基本的に心配性だから将来について漠然とした不安はどうしても拭えないけど、楽観的でもあるから、まぁ、何とかなるだろ。


 座右の銘は「何とかなる」だからな。





「……あーぁ」



 この前の流れ星に「男(美形)になりたい」とか、アホな事願ったからかなー。





ネット小説らしく出来たらいいなァ。

繰り返しますが、『勢い重視、ご都合主義万歳、主人公は神様』が苦手な人は即リターンをオススメします。

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