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第八章

 語られる軋轢


 夜は、

 都の輪郭を、

 もう一度、なぞり直す。


 昼間、

 見えなかった線が、

 はっきりする。


 私は、

 あの出来事を、

 まだ、

 身体の中に残したまま、

 横になっていた。


 影が、

 動いた。


 障子の向こうではない。

 部屋の中。


 気配は、

 すでに、

 そこにあった。


「……怖い思い、

 しはりましたなあ」


 声は、

 柔らかい。


 昨夜と、

 同じ調子。


 玉藻前は、

 柱にもたれるようにして、

 立っていた。


 どうやって入ったのか、

 考える気にならない。


「今夜は、

 驚かせてしもたら、

 堪忍え」


 口ではそう言いながら、

 出ていく気配はない。


 私は、

 起き上がる。


「……見ていたんですか」


 玉藻前は、

 目を細める。


「見てへん言うたら、

 嘘になりますなあ」


 あっさりと。


「都の外は、

 よう、音が通りますさかい」


 音、という言葉が、

 何を指しているのか、

 私は、

 聞かない。


「……蘆屋道満はん」


 玉藻前は、

 名を口にする。


 少しだけ、

 慎重な言い方。


「あのお人、

 境目に立ってはる」


 境目。


「内でも、

 外でも、

 ない場所」


 私は、

 昼間の光景を思い出す。


 影が、

 命じられたみたいに動いた瞬間。


「安倍晴明はんはな」


 玉藻前は、

 話を続ける。


「内側を、

 守るお人どす」


 断定。


「四神いう後ろ盾も、

 ありますえ」


 誇らしげでも、

 皮肉でもない。


 事実の列挙。


「都を、

 長生きさせる正しさ」


 その言い方が、

 妙に、

 胸に残る。


「蘆屋道満はんは、

 違います」


 一拍。


「外に溜まるもんを、

 引き受けはる」


 私は、

 息を吸う。


 都の外。

 引き受ける。


「それ、

 正しさなんですか」


 思わず、

 口をついて出る。


 玉藻前は、

 すぐに答えない。


 しばらく、

 私を見ている。


 値踏みではない。

 試している。


「正しさ、

 いう言葉がな」


 ゆっくりと、

 言う。


「都の内側でしか、

 使えまへん」


 静かな断定。


「外では、

 選択、

 いうだけどす」


 私は、

 何も言えなくなる。


「晴明はんは、

 正しい側を、

 選び続けはる」


「道満はんは、

 正しくない方を、

 引き受け続けはる」


 言葉は、

 丁寧なのに、

 容赦がない。


「どっちが、

 勝つかは、

 もう、

 決まってますえ」


 私は、

 視線を落とす。


「……それでも」


 言葉を探す。


「それでも、

 道満は、

 選んでいる」


 玉藻前は、

 微笑む。


「よう、

 見てはりますなあ」


 その笑みは、

 優しい。


 でも、

 どこか、

 距離がある。


「あなたはな」


 玉藻前は、

 私を、

 まっすぐ見る。


「余白に、

 立ってはる」


 余白。


 論文の言葉が、

 胸に、

 重なる。


「内側の人でも、

 外側の人でも、

 ない」


「せやから、

 どっちの言葉も、

 聞こえてしまう」


 それは、

 祝福みたいで、

 呪いみたいだった。


「気ぃつけなはれ」


 玉藻前は、

 声を落とす。


「軋轢いうもんは、

 語られた時点で、

 刃になりますえ」


 影が、

 薄くなる。


「今夜は、

 これ以上、

 踏み込まんとき」


 去り際に、

 振り返る。


「恋やなくても、

 十分、

 深う、

 落ちてはる」


 その言葉だけを、

 残して、

 玉藻前は消える。


 私は、

 しばらく、

 動けなかった。


 内側と、

 外側。


 正しさと、

 選択。


 どちらの言葉にも、

 私は、

 足を取られている。


 そして――

 その境目に立つ人の背中を、

 もう、

 見過ごせなくなっている。


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