第七章
都の外で
都の外は、音が違う。
人の声が減るかわりに、
何かが、
息をひそめている気配が増える。
私は、
なぜここにいるのか、
はっきりとは覚えていない。
ただ、
気づいたら、
都の輪郭が、
背後にあった。
内側は、
整っている。
境を越えた瞬間、
空気が、
重くなる。
胸の奥に、
理由のない不安が広がる。
足を止めようとして、
遅かった。
気配が、
立ち上がる。
背後。
右。
地面の下。
私は、
振り返る前に、
理解してしまう。
――これは、
都の中では、
起きないものだ。
声が、
出なかった。
身体が、
動かない。
何かが、
近づいてくる。
姿は、
はっきりしない。
輪郭が、
定まらない。
それでも、
悪意だけは、
はっきりしている。
私は、
後ずさる。
足が、
石に引っかかる。
地面に、
倒れかけた、その瞬間――
「動くな」
低い声。
聞き覚えがあった。
次の瞬間、
空気が、
裂ける。
視界の端で、
何かが、
形を持つ。
人ではない。
でも、
完全に、
獣でもない。
影が、
命じられたように動く。
あっという間だった。
近づいてきていた気配が、
霧みたいに、
散る。
音も、
悲鳴もない。
ただ、
そこにあったはずのものが、
消える。
私は、
息を、
思い出す。
肩が、
震えている。
視線を上げると、
道満が、
立っていた。
都の中で見る姿と、
同じ。
でも、
何かが、
決定的に違う。
彼の足元に、
まだ、
影が残っている。
生き物みたいに、
動く影。
道満は、
それを、
見下ろさない。
見ないことで、
そこに在ることを、
認めている。
「……無事か」
私は、
頷くことしかできない。
声を出せば、
崩れてしまいそうだった。
道満は、
私の手首に、
軽く触れる。
力は、
入っていない。
脈を確かめるみたいな、
短い接触。
「震えとる」
事実だけを言う。
責めも、
驚きも、
ない。
「都の外は、
来たらあかん」
それは、
叱責じゃない。
境界の確認だった。
私は、
ようやく、
息を整える。
「……今のは」
聞いてはいけないと、
思いながら、
聞いてしまう。
道満は、
少しだけ、
間を置く。
「引き受けとるもんが、
形になっただけや」
説明になっていない。
でも、
嘘でもない。
私は、
足元を見る。
影は、
もう、
消えている。
「怖かったか」
唐突に、
聞かれる。
私は、
正直に、
頷いた。
「……せやろな」
それだけ言って、
道満は、
私から、
一歩、距離を取る。
守るためじゃない。
触れないためだ。
私は、
その距離に、
気づいてしまう。
都の中では、
見えなかった線。
道満は、
ここで、
線を越えている。
正しい側から、
外れる側へ。
それを、
自覚した上で、
立っている。
私は、
胸の奥が、
ひどく、
ざわつく。
怖さじゃない。
知ってしまった、
という感覚。
この人は、
選んでいる。
そして、
その選択は、
正史には、
残らない。
「戻るで」
道満が言う。
私は、
黙って、
ついて行く。
都の灯が、
遠くで、
瞬いている。
内側は、
今日も、
守られている。
その外で、
何が引き受けられているのかを、
知る人は、
ほとんどいない。
私は、
その一人に、
なってしまった。




