封印の蔵、錫の記憶
―夢と現が、錫の音に導かれて―
遥がかつて夢の中で見た光景が――いま、一つの現実となって、彼らの前に姿を現そうとしていた。
それは偶然の一致ではなく、何かに導かれるような必然。
静かな午後、美和の運転する車が向かう先には、遥の記憶と重なる「何か」が、確かに待っていた。
美和の運転する車で「錫華寺」に到着したのは、それから二十分後だった。
もともと美和と久賀はこの寺に立ち寄る予定だったらしく、昼休みに「2名追加になります」と事前に連絡を入れていたという。
「ようお越しくださいました」
玄関先まで住職が出迎え、中へと案内してくれる。
この古刹「錫華寺」では、寺の宝物庫に納められた品々は原則として門外不出とされてきた。
だがこのたび、住職は夢の中で開祖・慧常から「蔵の錫杖を取り出すように」と告げられたのだという。
貴重な品を蔵から出すというのは、空気に触れることで劣化を招く危険がある。
どのように扱うべきかを相談すべく、住職は郷土資料館に連絡を入れたのだった。
その場で、美和が静かにスケッチブックを取り出す。
「住職、こちらをご覧ください」
画像
遥のスケッチ:錫杖頭
彼女が差し出したのは、遥が描いた錫杖頭の詳細なスケッチだった。
「これは、彼女が小学二年生のときに見た“夢の映像”を、そのまま描き写したものだそうです」
これまでそのスケッチを見ていなかった久賀は、誰よりも強い驚きを見せていた。
一方、遥と由里は、大人たちのただならぬ空気を感じ取り、口をつぐんだまま成り行きを見守っていた。
「慧常さまが仰っていたのは、展示しろということではなく――もしかすると、こちらのお嬢さん方に“見せよ”という意味だったのかもしれませんな」
住職に導かれ、一行は寺の宝物庫へと向かった。
重々しい蔵の扉が開かれ、中に足を踏み入れる。
年代物の桐の箱のふたを開けると、中から漆塗りの箱が姿を現す。さらに慎重にその蓋を開けると――錫杖頭が、静かに横たわっていた。
「これっ……!」
思わず声を上げた由里が、口元に手を当てて息を呑む。
そこにあったのは、遥が描いたスケッチと寸分違わぬ錫杖頭。
かすかに緑青をまといながら、ほのかな光をぼんやりと返していた。
宝物庫を後にし、一行はふたたび寺の客間へと戻っていた。
湯のみを手にした住職が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「遥さんが幼いころに夢でご覧になったものが――まさにここにあったのですな。これはもう、ただの偶然ではないでしょう」
それに続いて、美和が少し身を乗り出す。
「公には一切出ていない錫杖頭のスケッチを、彼女が持って現れたんです。正直、私も驚いて…それで、こちらにお連れしました」
――そんなことが、あったなんて。
遥は、胸の奥で何かがざわめくのを感じていた。ただ事ではない――その思いが、静かに広がっていく。
帰り際、住職の案内で寺の中を見て回ることになった。
境内の奥、ひっそりとした一角に、古い白黒写真が並ぶ展示コーナーがあった。
何気なく目を向けたその中に――着物姿の“お兄ちゃん”が写っていた。
「お兄ちゃん……!」思わず、声が漏れた。
「えっ、イケメンやん……てか、遥のお父さんにちょっと似てない?」由里が小声でささやく。
すると、住職がそっと近づいてきた。
「こちらの男性に、見覚えがあるのですか?」
遥はうなずいた。
「昨日見た夢の中で、助けてくれた人なんです」
一連の不思議な出来事を通して、遥はもう、自分の体験を隠そうとは思わなくなっていた。
住職は、深くうなずいて言葉をつづけた。
「この方は、小川隼人さんとおっしゃいます。戦中になりますが、両親を失った私が寺に預けられましてな、子供の私にとてもよくしてくださいました。まだお若いうちに亡くなられて……あのときは、本当に悲しかった。子供だった私は、毎日泣いてばかりおりましたよ」
「小川……隼人さん……」
遥はその名を、心の中でゆっくりと繰り返した。
――私と、同じ姓。
もしかしたら……遠い親戚なのかもしれない。
帰り際、住職が穏やかに声をかけてきた。
「小川隼人さんの写真や資料を、改めて探しておきますさかい。よろしければ、またお越しくださいな」
遥は「はい」と深くうなずいた。
一行は住職に丁寧に礼を述べ、錫華寺を後にした。
帰りの車内では、それぞれが何かに心を奪われているようだった。
誰も口を開かず、静かな時間だけが流れていた。




