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時の砂に眠る声―考古学少女の記憶譚―  作者: tomsugar


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18/20

荒ぶる魂、臨界の地

―読経と怒りが交わる刻―


静けさのなかに、僧たちの読経が重なり始める。

それは千四百年の時を越えて、いまなお祈り続けられる儀式。

大法要の最終日、遥は住職とともに禁足地に立っていた。

右手には、夢の中で受け取った数珠。

そして祠の奥には、名を呼ばれることを待ち続けていた、

ひとりの魂がいた――


キラキラときらめく川面。清流の中を、魚がすいすいと泳いでいる。さわやかな風が吹き抜ける、心地よい河原に、遥は座っていた。

気づけば、隣には隼人がいた。


「きれいなところだろ」

「うん、めっちゃきれい……」


川の向こうにある集落からは、あちこちで細い煙が上がっている。朝餉の支度だろうか。


「向こうの村に、行ってみたいな」


そう言って遥が立ち上がると、隼人が微笑んで言った。


「試してみるかい? たぶん、無理だと思うよ」

「無理って、どういうこと?」


首をかしげながら川に一歩踏み出した、その瞬間――

目の前の光景が、ふっと消えた。


8月27日――大法要の最終日。

今日が最後の日。

この日は、各地の末寺から多くの僧侶が錫華寺に集まり、「合同読経」が荘厳に営まれる。


本堂の扉は固く閉ざされており、参拝者はもちろん、檀家でさえ中に入ることは許されていなかった。


公には案内されていないが、実のところこの合同読経は、真志袮の祠へと向かった住職・秀靖らを霊的に支える――いわば、静かな援護のための儀式だったからだ。


それでも、境内には足を運ぶことができるため、朝から多くの信者が詰めかけていた。 風に揺れる五色幕の下、僧たちの読経が低く深く、境内に満ちていく。


***


そのころ――


住職・秀靖と遥は、寺を離れ、川辺の平野部へと向かっていた。

そこはかつて祠が建てられていた場所であり、今は禁則地となっている。


秀靖の後ろには、補佐の僧6名と、若い僧・永慧の姿があった。

その一角には、仮設の小さな祭壇が組まれ、特別にしつらえられた台座には、錫杖が静かに立てかけられていた。


「永慧、おまえは一番後ろで見てなさい。それ以上、近づいたらあかんよ」


住職の声は穏やかだったが、その奥には緊張の色が宿っていた。


「……はい」


永慧は真剣な面持ちで応えた。背筋が自然と伸びている。


「さ、遥さん――行きましょうか」


住職の表情には、決意の色がにじんでいた。

遥は右手に握った数珠を見つめ、ひとつ深く息を吐いた。


そのころ、遥を追ってきた由里は、禁足地の柵の外まで来ていた。自転車を柵の横に停めて、遠巻きにその場を見つる。心配そうに、何かを祈るように胸の前で手を握りしめていた。


***


一方、錫華寺の境内。

白い簡易テントの一角に、遥の祖父小川 隼二の姿があった。

彼は初日から毎日、欠かさず法要に参列していた。

この日も変わらず、まっすぐ本堂の方に向き合い、両手を合わせて静かに祈っている。


「……無事に帰ってきてくれよ、遥。兄さん頼むで」


しわ深い手が、そっと数珠を握った。

遥が向かったのは、かつて兄・隼人が命を落とした、あの場所だった。

どうか、戻ってきてほしい。

その祈りだけが、風もない境内の空に、静かに立ち上っていった。


***


真志袮の祠では、住職たちの読経が始まった。

遥は、住職の右斜め後ろに静かに立っている。空気は湿り気を帯び、辺りには重い静けさが流れていた。

やがて住職が懐から折りたたまれた一枚の和紙を取り出し、祭壇に置いた。そこに記された名を一人ずつ読み上げていく。

それは『錫華寺縁起』に記されていた、真志袮とその部隊員の名だった。


「真志袮の――」


住職がそう口にした瞬間、空気がぴたりと止まり、森の大木がざわりと大きく揺れた。


遥は、どこかに真志袮の姿を探していたが、まだその姿は現れていない。

湿った風が吹き抜け、読経を続ける僧たちの衣をはためかせた。

まるでこの供養を拒むかのような気配があった。


その時、地の底から響くような轟音が近づいてきた。

ゴウッ、と唸るような音に続き、突然の激しい雨が森を叩き始めた。


線香もろうそくも吹き消されてしまうほどの豪雨。

住職は読経を止めることなく、手早くそれらを祭壇の下に移し、再び灯りをともした。

遥は戦慄していた。


――川が、あふれている。


今にもこの場が水に呑まれるような感覚に襲われる。

そのとき、右肩にふと温もりを感じた。


「大丈夫だよ。しっかりするんだ」


隼人が、そこにいた。

やさしい声とともに、彼は微笑んで遥の肩に手を置いていた。

次の瞬間、一人の僧が、ばたりと気を失って倒れた。

しかし誰も動じることなく、読経は続いていく。


そのときだった――


遥の目の前に、川の濁流に呑まれていく真志袮たちの姿が一瞬、現れた。

叫びも抵抗も届かぬまま、その光景は水底へと消えていった。

静寂が訪れたかと思ったその刹那、


ずぶ濡れの姿で真志袮がそこに現れた。

右手には錫杖。

濡れた髪を振り払うこともなく、怒りを宿した目で立ち尽くしていた。


「許さぬ……許さぬ……」


声なき叫びが、彼女の内から溢れ出ていた。

濡れた髪、こわばる指先――そのすべてが、怒りと憎しみに染まっていた。


住職は何かを感じ取ったのか、読経の声をひときわ強く響かせる。

怒りと悲しみ、二つの感情が荒れ狂うように場を包み込む。


怒りが渦を巻くその場で、読経の響きはなおも続いていた。

だがその中心で、遥は確かに感じていた――真志袮の奥底に、揺らぎが生まれはじめていることを。

この手で、言葉で、まだ届くかもしれない。

その一瞬を信じて、遥は前へと歩みを進めた。

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