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時の砂に眠る声―考古学少女の記憶譚―  作者: tomsugar


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16/20

縁の糸、交わる道

―名を呼ぶ者、名に導かれる者―


外は、季節の移ろいを知らせるように、風の色を少しずつ変え始めていた。

寺では法要の準備が粛々と進み、資料館では静かに紙をめくる音が続いている。

名もなき死――そう思われていた出来事の、そのひとつひとつに、呼ばれるべき「名前」がある。

忘れられていた名をたどる者。

言葉にならぬ想いを受け取る者。

ただ一度きりの記憶に、いま、静かに灯がともされようとしていた。

この地に縁あって集った人々は、まだ気づいていない。

それぞれが手にしている想いが、小さな川となって静かに流れ、

やがて合流し、はるかな時の向こうの大河へと流れ込もうとしていることに――。


***

錫華寺の若い僧――永慧えいせいは、十五の頃からこの寺で暮らしている。


家庭に居場所をなくし、夜の街をさまよっていた彼を拾い上げたのは、今の住職だった。


その後、住職は彼の親のもとを訪ね、「しばらく寺で預からせてほしい」と静かに申し出たという。


返ってきたのは、あまりにも淡々としたひと言だった。


「……どうでもいいです。勝手にしてください」


***


今年の「大法要――慧常上人開山忌えじょうしょうにんかいさんき・開山千四百年記念法要」は、数年前から入念に準備が進められてきた。


寺の秘宝である錫杖の公開という、錫華寺にとっては開闢以来初の試みも含まれており、住職は各方面への説明や根回しに奔走してきた。


その傍らで、鞄を手に影のように寄り添ってきた永慧には、住職のただならぬ気迫が伝わっていた。

いつもは穏やかなその背に、どこか切迫したような緊張がある。

まるで、何かに導かれ、あるいは突き動かされているかのようだった。

そして迎えた、大法要の年――

突如として、ひとりの女子中学生が現れた。


小川 遥。


まるですべての“鍵”を手にして現れたかのような少女は、不思議な夢を見るという。


住職は、彼女の来訪を初めから予期していたのだろうか。

思い返せば、これまでの準備はすべて、彼女に出会うための布石だったのかもしれない。

これは――気の遠くなるような歴史の、ひとつの転換点。

永慧は、並んで立つふたりの姿を見つめながら、ふとそんな予感にとらわれていた。


郷土資料館の一室では、久賀と美和が、遅くまで「被害者」とされる人々の記録を整理していた。


上司の中村敏夫もまた、知り合いの新聞記者に働きかけながら、近代の水難事故や踏切事故の被害者について独自に調査を進めている。


美和は、かつて中村のことを、主張の少ない頼りない人物だと思っていた。

しかし、ここ数週間、共に作業を進めるうちに、その印象は大きく変わっていった。


まず驚かされたのは、その人脈の広さだった。

片桐市内のあらゆる分野に顔が利くかのような広いネットワークを惜しげもなく活用し、静かに、だが確かな情熱をもって調査に取り組む姿。

それは、美和の目に、まったく違う人物として映るようになっていた。

そういえば――


大学では、教授や先輩と衝突しがちな久賀ですら、中村のもとでは穏やかに仕事をしている。


その姿が、何よりも中村という人物の懐の深さを物語っている気がした。

ある日、美和はふと尋ねた。


「中村さん、この件の調査、とても熱心ですよね。考古学の仕事とは関係ないはずなのに……」


書類に目を落としていた中村は、手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。


「ん? ああ……遥さんのリストにあった名前のひとつ、僕の親戚やってん」


「えっ、被害者の中に親族の方が?」


「まあ、僕が生まれる前の話なんやけどな。祖母がな、時々話してくれてて……ずっと気になってたんよ」


その一言に、美和はしばし言葉を失った。

中村の静かな熱意の根底に、そんな個人的な想いがあったことを、彼はこれまで一度も語らなかったのだ。

現在、彼らが作り上げた被害者の名簿は、千名近くに達している。

名前ひとつひとつの向こう側に、確かに「誰か」の人生があった――

その重みを、誰よりも静かに背負っているのが中村なのだと、美和はようやく気づき始めていた。


小川 隼二――

遥の祖父にして、錫華寺の筆頭檀家の総代だ。

とはいえ本人は、特別信心深いわけではない。

寺との付き合いも、長年の慣例に従って寄付を続けているだけにすぎなかった。


兄・隼人のことについては、ほとんど記憶がない。

遥に聞かれるまで、その存在すら思い出すこともなかった。


「戦時中に非業の死を遂げた」とだけ聞かされて育ったため、

てっきり戦場で命を落としたのだと思い込んでいた――


だが、それが違うらしいと遥に聞かされ、初めて胸の奥に引っかかるものを覚えた。


そういえば、と隼二は思い返す。

母は、兄の話題が出るとどこか悲しげな表情を見せた。

父は、なぜか怒ったような顔をしていた。

だから幼い自分は、“兄のことは聞いてはいけない”と、心の奥でそう感じ取っていた。


そんな隼人と、今、孫の遥が夢の中で会っているという。

まるで、時を越えて何かを託されているかのように。


あの日、隼二が遥に譲った数珠――

それも実は、夢の中で兄から遥に渡されたものだったと知ったとき、

会ったことのない兄と、自分がどこかで繋がっているような、不思議で温かな感覚が胸に広がった。


そして――住職が言い出した「大法要」。

最初は「また金のかかることを」と内心苦笑していた。

だが今では、それがどれほど大切な行事なのか、少しずつわかってきた気がする。


遥にも、住職にも、いつかきちんと聞いてみようと思っている。

自分が知らなかった兄、隼人のことを。

そして、自分が知らなかった家族の過去を――。



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