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時の砂に眠る声―考古学少女の記憶譚―  作者: tomsugar


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13/20

祠の影、語らいの声

――夢は語りかける者を選ぶ――


祠の前に座っていたのは、小川隼人だった。

夢の中で彼は、遥の名を呼び、優しく語りかけてくれた。

現実では一度も出会ったことのないはずの青年。けれど遥は、その人がずっと自分を見守ってきたのだと、心のどこかで確信していた。

そして、彼の手から渡された数珠が――遥と隼人をつなぐ、現実の証となる。

すべての始まりは、たった一度の夢。

けれどそれは、過去と現在、魂と魂を結ぶ、確かな記憶だった。


***

どこか見覚えのある畦道を、遥は一歩ずつ歩いていた。

夕暮れとも、明け方ともつかない、不思議な色の空。

ふと、視界の先に小さな石の祠が見えた。


「あ……夢だ」


その瞬間、遥は気づいた。これは現実ではない。


あの場所、あの風景――あの祠だった。


祠の前には、一人の青年が座っていた。

白い綿のシャツに、薄茶のスラックス。傍らには、昭和初期のデザインの自転車がとめてある。


「お兄ちゃん……」


思わず声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げ、柔らかく微笑んだ。

少し脇を空けるように身をずらすと、遥は彼の隣に腰を下ろした。


「よく頑張ってるね、遥は」


「私じゃないよ。由里や美和さんたち、それに住職さんが……」


遥はそう答えた。


「でも、みんなの心を動かしているのは、遥だよ」


その一言は、遥を包み込むようなあたたかさを持っていた。

彼はふと空を見上げながら、懐かしそうに微笑んだ。


秀靖しゅうせいくんも、立派になったな」


「秀靖くん?……住職さんのこと?」


うなずくお兄ちゃんに、遥は思わず問いかける。


「じゃあ、住職さんの夢にも出てあげてほしい……」


彼は少しだけ首を横に振った。


「あの子には僕が見えないみたいなんだ」


その声には、かすかな寂しさが混じっていたが、どこか静かに納得しているようでもあった。


「僕が死んでしまった後、見ていられないほど悲しんでいたから、そばにいて慰めていたんだけど……」


「そっか……見える人の夢じゃないと、夢枕には立たれへんってこと?」


隼人はうなずいた。


真志袮ましねはね、まだ戦いの最中にいるんだ。川の向こうの集落を守るために。

彼女は、川を越える者をすべて“敵”だとみなして、殺そうとしている……今もね」


その言葉は、遥の胸に重くのしかかった。


「彼女の誤解を解こうとしたけど、僕じゃだめだった。声が届かなかったんだよ」


どこか自嘲気味に、しかし優しくそう言った。


「……どうやったら、真志袮さんを説得できるんかな?」


そう尋ねた遥に、彼は静かに答えた。


「それができるのは、慧常えじょうさまだけだよ。真志袮が唯一心を開いていた人。あの人の言葉なら、きっと届く…そして、君は慧常さまとつながっている。一連の夢は彼が君に見させているんだよ」


遥が息をのむのを見て、彼はそっと微笑んだ。


「大丈夫、君のことは、僕が守るよ。安心して」


そう言って、彼は白檀の数珠を遥の手にそっと乗せた。

その数珠には、ひときわ濃い緑の翡翠の玉が一つ、飾り玉として組み込まれていた。

深い森を閉じ込めたようなその翡翠は、夢の中でもはっきりとした存在感を放っていた。

遥は数珠を両手で握りしめ、隼人のやさしさと温かみをかみしめた。


「ありがとう……」


遥がそうつぶやいたとき、祠の風景がやわらかく溶け始めた。

彼の姿も、夕霧のようににじんでいく。


――また会おう、遥。


***


目を覚ましたとき、遥は天井を見つめたまま動けなかった。

右手には、確かにあのときの感触が残っていた。

手を開いてみたけれど、さっきまで手の中にあったはずの数珠はなかった。

でも、それはただの夢じゃない。遥は確かに知っている。


***


夢に出てきた“幼馴染のお兄ちゃん”が、小川隼人という名だと分かったあの日から、遥は家族にその名前について尋ね始めていた。

両親は知らないようだったので、まだ存命している祖父を訪ねた。


「おじいちゃん、小川隼人さんって、知ってる?」


祖父はしばらく考えてから、ゆっくりとうなずいた。


「わしの兄になる人や。けどな……わしが二歳のときに亡くなっとるんや。せやから、面識はない」


さらにこう続けた。


「家でも、あんまり語られんかった。戦争中に亡くなったらしいけど、なにやら詳しく聞いたらあかんような気がして、親に聞くこともせんかったんや。小川家の墓にも入ってないしな」


夢を見た翌日、祖父から電話があり、家を訪れると、仏壇の前で祖父が箪笥から桐の箱を取り出していた。


「これや、これや。忘れてしもてたけど、うちに残ってたんや。お前に渡しとくわ」


そう言って差し出された桐の箱を、遥は両手で受け取った。

静かに蓋を開けると、濃い紫の絹に包まれた数珠が現れた。

男物の、白檀の数珠。


その中央に、一粒だけ、濃い緑の翡翠の玉が嵌め込まれていた。

夢で彼から渡された数珠と、まったく同じだった。

遥は思わず、それを胸に抱きしめた。

祖父はそっと言った。


「……あの人のことを思い出させてくれた、お前が持っとき。

きっと、隼人兄さんも、それを喜んどる」


その言葉が、遥の心の奥に静かに染み込んでいった。

遥は数珠を胸元に当て、そっと目を閉じた。


――君のことは、僕が守るよ。安心して。


その声が、確かに遥を包み込んだ。

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