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時の砂に眠る声―考古学少女の記憶譚―  作者: tomsugar


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12/20

記された名の意味

―夢が告げた、叫び声の正体―


夏の陽射しが少しずつ傾き始めるころ、由里と遥は、ようやく自由研究の成果をまとめ上げた。

しかし、その達成感も束の間――

遥のノートに突然現れた「名もなき人々の名前」は、ふたりを再び踏切へと導くことになる。

夢に響いた、悲痛な叫び。そこに記された「岸杜弥一(きしもり やいち)」の名。

過去に起きた悲劇のひとつひとつは、ただの数字ではなく、名を得ることで、その重みを深めていった。


           *


美和と久賀が錫華寺(しゃっかじ)に残る古文書の読解調査に本格的に取り組み始めたことで、郷土資料館での研究会はしばらくのあいだ休会となった。


その間、遥は由里の部屋に通い、一緒に夏休みの宿題を進めることにした。

勉強の主導権は、もちろん由里である。


「はい、次これ!さぼらない!早く終わらせて、《真志袮(ましね)の社の謎調査委員会》の研究、再開せんとあかんやろ!」

ぐいぐいとお尻を叩かれながらも、遥はなんとか食らいついた。

気がつけば――なんと一週間で宿題がすべて終わっていた。


快挙である。


好きなことには恐ろしいほどの集中力を発揮する遥だが、関心の向かないことに対してはまるでスイッチが入らない。

そんな遥が夏休みの宿題を、お盆前に終わらせるなんて――まさに遥史上前代未聞の出来事だった。


さて、自由研究のテーマは、もちろん『真志袮(ましね)の社の謎調査』。


現時点でわかっていることを、いったん整理して提出しようということになった。


遥の「夢で見たこと」はさすがに省くことにして、郷土資料館で見つけた古地図や言い伝え、錫華寺(しゃっかじ)での見聞や住職の話など、実際にたどった足跡だけをまとめる形にした。

「共同研究」という名目のもと、レポートは由里が中心になって取りまとめてくれた。

タイトルには、ふたりで何度も話し合って決めたサブタイトルも添えられている。


真志袮(ましね)の社の謎調査──消えた(ほこら)と村の記憶』


見た目はきっちりしているが、ところどころに遥の手描きのイラストやコメントも混ざっていて、読みやすさと親しみやすさが同居した一冊になった。


「これ、けっこう良い線いってると思わん?」

得意げにファイルを掲げる由里の横で、遥は素直にうなずいた。


「うん……ちゃんと、今まであったこと全部わかりやすくまとまってる!」


夏の前半を費やして取り組んだこの調査レポートに、ふたりは静かな充足感を覚えていた。

夏休みの後半、再び謎調査の冒険が始まるのは、もう時間の問題だった。


           *


夏休みの宿題を終えた数日後、今度は由里が遥の部屋に来ていた。

きっかけは、朝一番、遥から連絡があったからだ。


「ノートに、知らん人の名前がいっぱい書かれててん。記憶がないのに――」


由里が駆けつけて見せてもらったそのノートには、びっしりと名前が並んでいた。ざっと五十人以上。


「……ほんまに、記憶ないん?これ、遥の字やけど?」

由里はページをめくりながら眉をひそめる。


「うん。朝起きたら、右手のひらの外側のとこ……ほら、ここ、鉛筆の芯で真っ黒になってて。

なんやろ思ってノート開いたら、これが書いてあってん」


遥は、以前にも不思議な体験をしてきた分だけ落ち着いているようにも見えたが、その顔色は明らかに青ざめていた。


「……怖すぎん?」

由里がぽつりと言うと、


「めっちゃこわい~」

遥は自分の腕を抱いて、肩をすくめた。


しばらく無言でノートを眺めたあと、由里が言った。


「とりあえず、錫華寺(しゃっかじ)の住職さんに相談してみる?」

「するする、する……!」

遥はうなずきながら、何度も同じ言葉を繰り返した。


そのノートに書かれた名前たちが、何を意味するのか――

ふたりは、まだ知らない。


           *


錫華寺(しゃっかじ)に到着するやいなや、住職はふたりの顔を見るなり、静かに口を開いた。


「夢で、なにかご覧になられましたか?」


その言葉に、由里がうなずいてノートを差し出す。

「それが……遥が朝起きたら、記憶のないままに、このノートに人の名前をたくさん書いてたんです。遥の筆跡です」


ページを開いて見せると、そこにはびっしりと並んだ見知らぬ名前の数々。

住職はそれをしばらく黙って見つめていたが、「あぁ……」と小さくつぶやいて席を立った。


数分後、戻ってきた住職の手には、一枚の紙が握られていた。

そこに記されていたのは、遥のノートとまったく同じ――氏名のリストだった。


「私は昨晩、文字だけが浮かぶような、奇妙な夢を見ましてな。

目が覚めても、どうにも心に残っておりまして……忘れないよう、こうして書きとめておいたんです」


住職の言葉に、遥は小さく息を呑んだ。

同じ体験を、誰かと共有している――それが、ほんの少しの安心感をもたらしていた。


「住職は、これは誰の名前だと思われますか?」

由里の問いかけに、住職は神妙な面持ちで答えた。


「おそらくですが――

これらは、一連の悲劇で命を落とされた方々のお名前ではないかと、私は思うております」


ふたりの間に静けさが落ちる。


遥は、ただ黙って視線を落とし、何かを考え込むように物思いにふけっていた。


――岸杜弥一(きしもり やいち)


その名前に、妙な既視感があった。


遥は記憶をたぐるようにして、夢の中の情景を思い出していた。


線路。転んで動けなくなった少年。

そして、そのとき遠くから聞こえていた、あの悲鳴のような声。


「……やいち! やいちぃ――!」


「なにか思い出されましたか?」

住職が、遥の様子から何かを察したように声をかけた。


遥は小さくうなずいた。


「はい。夢の中で、踏切で転んで轢かれた男の子がいて……

誰かが、その子の名前を叫んでたんです。たしかに、『やいち』って」


住職はゆっくりと頷き、言った。


「そうですか……できる限り、被害に遭われた方々のお名前を調べ、ご供養させていただかんとなりませんな。

午後から、郷土資料館の方々がお見えになります。

過去の名簿など記録を確認できるか、伺ってみましょう」


その言葉に、遥と由里も神妙な面持ちで頭を下げた。


           *


午後、錫華寺(しゃっかじ)の一室に再び集まった遥と由里は、事の次第を美和と久賀に説明していた。


岸杜弥一(きしもり やいち)という名前のこと。

夢で聞こえた叫び声。

そして、ノートに現れた名もなき人々の名前――


話を聞き終えた美和は、すぐに調査の協力を申し出てくれた。


「わかりました。その名前たちが、記録に残っていれば、きっと見つかります」


久賀もうなずき、名簿の照合を引き受けてくれた。

寺に残された古文書、郷土資料館の記録、そして過去の新聞記事まで──

彼は、それらすべてを網羅的に調べてくれるというのだ。


由里が小さく言った。


「今調査中で忙しいと思いますけど……よろしくお願いします」


気遣うような目で美和を見ると、美和はにこりと笑ってうなずいた。


「大丈夫。名前、わかったらすぐ知らせるね」


そのやりとりのあと、住職の見送りを受けて、ふたりは寺をあとにした。

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