夢の記憶、現れる核心
―少女のスケッチが、時を越えて記憶をなぞる―
遥が描いた夢のスケッチには、小さな仏像と病に臥した老人、そしてその傍らで看病する女性の姿があった。
それは単なる夢だったのか、それとも――。
一枚の絵が、未整理の遺構と符合し、眠っていた歴史の層へと人々を導いていく。
郷土資料館を出た帰り道、空腹に勝てなくなった二人は、駅前のハンバーガーショップにふらりと吸い込まれていた。
「なーなー、遥ー」
コーラのストローをくわえたまま、由里が話しかける。
「ん? あに?」
遥はハンバーガーとポテトを口いっぱいに詰め込み、リスのようなほっぺでモゴモゴ答える。
「小5か6の頃さ、変な夢を何回も見るねんって言ってたやん。病気のおじいさんの夢。あのとき真面目に聞いてへんかったから、今、ちゃんと教えて?」
「病気のおじいさん……? んー……あー、あったかも」
遥は天井を見上げながら、記憶をたどる。
「えっとな、ペラッペラの白い布か着物?かけられた、おじいさんがフローリングに直接寝かされて、頭は剥げてて、そばに白い服着た女の人がおって、めっちゃ心配そうに看病してた。部屋の真ん中には、小さい仏像みたいなんがポツンと置いてあって……この話?」
「それそれ!」
由里が身を乗り出す。
「でさ、長い棒の先に輪っかついたやつ、おじいさんの枕元にあったって言ってなかった?」
遥の表情がぴたりと止まる。
「あれ……錫杖かも。……うわ、やばっ」
「その錫杖どんな形やった?そのおじいさん、慧常さんやったりして。部屋の外とか、その家の場所が分かるような情報って、夢に出てこなかったん?」
由里が質問を畳みかける。
「うーん……たぶん部屋の中の映像だけやったと思うし、錫杖もちゃんと見てないから覚えてないなぁ~」
「小2の夢はあんなに鮮明に覚えてるのに、何回も見てるその夢は、なんでそんなあいまいなんよ〜」
少し不満げな由里に、
「いや、小2のやつはめっちゃ怖かった夢やから覚えてるねんて」
遥が肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
「ま、そらそうか」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑いがこぼれ、やがてケラケラと笑い声が広がった。
一息ついた由里が、ストローをいじりながら言う。
「とりあえずさ、その仏像とか、女の人の服とか髪型とか、思い出せるだけスケッチブックに描いといて」
「えー、思い出せるかなあ……やってみるけど」
遥は気の抜けた声で答える。
―このささやかな会話が、積もり重なった記憶の地層へと至る、一筋の導線となっていた。
翌朝も、いつものメンバーが郷土資料館の会議室に顔をそろえていた。その日は久賀も参加していた。
一通り席についたところで、由里が切り出す。
「昨日、遥に忘れてた夢のことを思い出してもらって、詳しく聞いてみたんです。で、これが彼女が見たっていう場面のスケッチです。建物の外観とかは残念ながら見てないみたいなんですけど……」
そう言って、由里が机の上にスケッチブックを開いた。
そこには、板張りの広い部屋の中央に置かれた小さな仏像と、その傍らで病に伏す老僧の姿が描かれていた。僧を見守るようにそばに寄り添う女性は、簡素ながらもどこか気品のある装いをしている。
僧の枕元には、錫杖がそっと床に置かれていた。
ただしその形状については、遥自身「はっきりとは思い出せない」と話しているという。
「昨夜、“もう一度この夢が見られますように”って念じてから寝てみたんですけど……無理でした」
肩をすくめる遥に、由里がすかさず冗談めかして返す。
「そんな都合よく夢が見られたら、私、遥のこと誰にも教えへんよ! 研究者にさらわれるわ!」
その場にいた誰もが笑ったが、考古学を専門とする者にとって、確かに夢で過去を見られる能力は喉から手が出るほどの代物だった。
だが、そんなに都合よく記憶の扉が開いてくれるわけではない。
由里の説明と遥のスケッチが一通り共有されたあと、会議室には静かな沈黙が落ちた。
その空気を破るように、久賀がぽつりと口を開く。
「……この構図、ひとつの仮説と一致するかもしれない」
全員の視線が、自然と久賀に向けられた。
「この建物は通常の居住空間や物資保管庫とは異なる、特別な機能を担っていたと考えられている。まず第一に、内部には生活活動に伴う痕跡――具体的には、調理行為や火気の使用に起因する煤や遺物――が一切認められなかった…」
久賀の説明に美和が割って入った。
「あー、小難しい説明は無しなし!!つまりね、火を使った形跡もないし、住んでたって感じでもないの。むしろ“何か大事なもの”を置いて、みんなでそれを拝むための場所だったんじゃないかってこと。お祈り専用の建物、って言ったらわかりやすいかな」
「なるほど……」と由里が小さく頷く。
久賀は、遥のスケッチに描かれた仏像に視線を落としながら続けた。
「夢に出てきたというその建物は、建築様式から見て弥生時代中期に典型的な特徴を有している。しかし、それが飛鳥時代以降も…」久賀は、美和の顔色を見て「続きの解説はたのむ」と言った
美和が笑いながら補足した。
「つまり、同じ場所で、古い信仰と新しい信仰が“引き継がれて”使われてきたってこと。たとえば最初は太陽とか自然の神様を祀ってて、あとから仏像を置いたりね。祀る“中身”は変わっても、“場所”はずっと神聖なままだった、みたいな」
久賀は、遥が以前に描いた丘からの風景のスケッチの一部を指差した。
「この中に描かれている二階建ての建物がその『お祈り専用の建物』なのではないかと僕は思う。そしてこのエリアが、今秋からの調査対象区域なんだ。僕もその調査チームに入ってる」
ふと、何かを思い出したように久賀が言葉を継いだ。
「ちなみに、この間二人と偶然出くわしたのは、この周辺にある錫華寺に、寺に伝わる古文書を研究資料として閲覧できないか相談に行っていたからなんだ」
スケッチに描かれた女性の姿にも目を向けながら、久賀は言った。
「それと、この女性だけど、服装や装身具の様子から判断するに、この集落内で比較的高い身分に属していた女性だと思われる。たとえば、祭祀を担っていた長の娘とか」
一同が息をのむ中、再び視線がスケッチに注がれた。
「もしこの夢が、遥さん自身の記憶、あるいは土地に刻まれた記憶に由来するものだとしたら……この絵は、未発掘区域の核心を示している可能性がある」
その言葉に、場の空気が、わずかに震えた。




