プロローグ
―夢の中の行列―
あの夢が、ただの夢ではなかったと気づく日が来るなんて――
少女は、その時まだ知らなかった。
忘れられた過去。
眠る記憶。
目には見えないほどゆっくりと、けれど確かに、時は流れていた。
川辺の砂を伝い、しみ込み、やがて地中深くへと沈んでいく雨水。
それは、いつしか「記憶」という名の流れに変わる。
私は、小高い丘の上に立っていた。
眼下には、夕日に照らされてきらめく川面。
その向こう、川から少し離れた場所には、家々がぽつぽつと点在していた。
地平線の先には、なだらかに連なる青紫色の山脈が見える。
丘を降りて、あの村まで行ってみよう。
そう思い、川辺までたどり着いた頃には、すでに辺りは薄暗くなりはじめていた。
少し焦りながら、渡れそうな場所を探してみる。
けれど、どこにも見当たらなかった。
かすかに、金属のすれる音が背後から聞こえた。
音は、耳の奥に鋭く突き刺さり、思わず振り返る。
――シャリン、シャリン。
馬にまたがった、耳の前で結んだ髪を左右に垂らした女。
その脇には、細身の男たちが二人、やはり馬に乗って付き従っている。
さらにその後ろには、十数人の人々が、無言のまま徒歩で続いていた。
亡者の行列だった。
彼らは、皆、鎧を身につけていた。
――戦士だ。
画像
女の右手には、輪のついた長い杖。
その輪が揺れ、擦れ合い、音を奏でる。
――シャリン。
まるで何かの儀式のように、静かに、堂々と進む一団。
女は隊の長のようだった。大柄な体躯、冷たい一重まぶたの目、小さく引き結ばれた口元――無表情のまま、こちらを見つめている。
やがて、女が手綱を握る左手をこちらに差し出し、ゆっくりと手招きをした。
――連れていかれる。
恐怖に全身がこわばる。
私はただ、首を横に振ることしかできなかった。
気がつくと、川の水位が上がっていた。
水が膝、そして腰まで満ち、私は身動きが取れなくなっていた。
女の手が、こちらへと伸びてくる。
つかまれる、そう思った瞬間――
――シャリン。
また、あの音がした。
そのとたん、女も、戦士たちも、景色ごと、砂が崩れるように霧散して消えていった。
暗闇の中で、目を見開いた。
夢だった。
息を整えながら、時計に目をやる。
午前2時を少し過ぎていた。
こんな時間に目が覚めたのは、生まれて初めてだった。
小学二年生の私は、夢の内容もさることながら、ひとり真夜中に目覚めているということが、何より怖かった。
そのまま布団の中で身体を固くしているうちに、いつのまにか、再び眠りに落ちていた。