表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/34

現実というものは実に無常で、醜く、そして美しい

 勝負を分けたのは一瞬だったのだろう。

 ライナーは自分の剣が壊れた時のことを考えて予備の剣を持っていた。そしてそれを、エレンに預けていた。

 エレンはライナーの視線に気が付いたから。自分ごとアイスフェンリルを討つために。


 エレンが選択したから。優斗に渡した〈転移の宝玉〉とは別の、自分たち用の〈転移の宝玉〉を優斗の方に投げ、街へと帰すために使うのを。


 彼らは、後輩である優斗を守ろうとした。だが、優斗はどうだろう。逃げろという言葉を聞いても、逃げなかった。動けなかった。いや、それも言い訳に過ぎない。動こうと思えば動けた筈だ。懐に入っていた〈転移の宝玉〉を取り出すくらい問題なかった筈だ。


 では、何故動けなかったのか。簡単なことだ。それはただの自己満足だ。見捨てたくないと言い訳し、彼らが生き残るチャンスを優斗が捨てたのだ。


 結局、優斗は失う覚悟を、それを目の前で体験する覚悟も、何も無かったということだ。


「おいあんた!大丈夫か!!」


 後悔の念に苛まれていた優斗は、声をかけられたことで今どこにいるのかを把握する。


「ここは、街の………」


「門の前だよ!あんた、冒険者だろ?なにがあったんだよこんなところに座り込んで………いや、そもそも転移してきたよな?なにか緊急事態でも………」


 緊急事態。そう、緊急事態だ。強力なモンスターから逃げ帰ってきた時は、直ぐにギルドに報告する。それも、ライナーから教えてもらったことだ。


「ありがとう。行って、くるよ」


「おい、行ってくるって………」


 体の硬直は先程よりも緩和されている。だが、マシになっただけだ。まだ固まりは止まらない。だが、それでも自分の身体に鞭を打って進む。


 ギルドへの道のりを走って、走って、走り続ける。


「〈キュア・ヒール〉………〈キュア、ヒール〉………」


 恐怖を誤魔化すかのように自分の体に治癒魔法を行使し続けて冒険者ギルドに到着する。


「すみません………すみません!!」


 ギルドに到着した優斗は、人を掻き分け、受付嬢のルリナの元まで走る。幸い、今の時刻は14時過ぎ。帰ってきている冒険者の数も少なく、列もフレデリカの窓口しか並んでいなかったのでルリナの元へは問題なく辿り着けた。


「えっと、ユウトくん、だっけ?どうしました?後、ライナーさんたちは………」


 ギルドに残っていた冒険者からの視線を一身に受け、ルリナが質問している間もなんとか息を整えて発言する。


「森の………森の中心部にアイスフェンリルが………」


 アイスフェンリル。その名を聞いた瞬間、ルリナの顔色が変わった。


「あの森の中心部にアイスフェンリル!?情報ありがとうございます!直ぐに王都のギルドに情報共有しますので、ユウトくんはそこで待っててください!」


 ルリナに伝えられたことにより、優斗はその場に座り込んでしまう。


「お、おい!大丈夫かよ!」


 座り込んだ優斗に、何人かの親切な冒険者が話しかけてくる。大丈夫か。よく帰ってこれたな。無事でよかった。そんな声が幾つかかけられた。


「あんた、確かライナー達に師事してもらってた新入りだよな!あいつらは、どうなったんだ!?」


 その中に、ライナーたちの安否を心配する声もあり、優斗の息が止まった。


「ライナー、たちは………」


 優斗が俯きながら答えに詰まっていると


「おい、みんなよせ」


 1組の冒険者パーティがその場を沈めた。


「おい、あんた新入りだろ?俺はグレン。ライナーのライバルみたいなもんだ。ライナーはどうした?あいつのことだから、飄々と生きてるだろうが………」


 生きてる。優斗だって、そう思いたかった。だが、その望みはないと知っている。優斗は見てしまっている。顔半分を失い、臓物がこぼれ落ちながらも戦ったライナーの姿を。最後は、エレンと自分の身体を起爆剤にしてアイスフェンリルと共に燃え、凍りついたのを。


「私たちも気になります。ギルドとして、アイスフェンリルの情報と、貴重な上級冒険者の安否が」


 ギルドにそう言われると、優斗はギルドカードを取り出し、パーティメンバーの安否を確認できる画面を表示すると、ルリナに手渡した。


「これは………」


 ルリナは見てしまったのだろう。ライナーたちが、もう生きていないという決定的な証拠を。


「アイスフェンリルは、ライナーとエレン。そしてキースの手によって討たれました」


 優斗はゆっくりと話し始める。


「3人は奮闘し、アイスフェンリルを………」


「そんなことはどうでもいいんだよ!」


 グレンは優斗の言葉を止めると、胸ぐらを掴み、優斗を持ち上げて目線を合わせる。


「そんなことはどうでもいい!あいつらは、生きてるんだよな!?」


「グレンさん!ライナーさんたちは………」


「そんなもん俺は当てにしねぇ!どうなんだよ!」


「ライナーは、〈最後の遺言〉を発動してからアイスフェンリルを倒した。アイスフェンリルの悪足掻きで凍結されてるけど、どの道あの怪我じゃ………」


 冷凍保存されていても、内蔵が足りない。血も、足りない。エレンは一緒に氷漬けになったのしか見ていないため、体が燃えていなければ可能性はあるだろう。キースも、内蔵を自分の手で放り出したので、まず生きていない。


「………捜索するぞ。遺体を見つけて、埋葬する。お前も来い新入り」


 グレンはそう言うと、出かける準備をした。


「ちょっと!お待ちくださいグレンさん!まだ優斗さんの言ってることが………」


「あんたの〈嘘感知〉に反応はなかっだろ!それに、もしアイスフェンリルがギリギリ生きてたらどうする!今、瀕死だろうとアイスフェンリルを討てるのは俺たちだけだ!行くぞ、コウキ!ハルト!」


 グレンは優斗の手を掴み、2人の仲間を連れて森に出かけようとする。


「ポーションです。お飲みください」


 コウキと呼ばれた男が優斗にポーションを手渡す。


「あ、ありがとう………」


「いえいえ。これは〈マナポーション〉です。これで魔力を回復して、私たちを御三方が亡くなった場所に連れて行ってください。場所を知っているのは、あなただけでしょうから」


 優斗は一先ず立ち上がり、3人を案内する。

 だが、直ぐに案内の必要は無くなった。


「なんだ、あのデケェ氷の柱は………」


 その氷を見て3人は絶句する。そして優斗とグレンは確信する。あそこが、戦場だと。


「アイスフェンリルの最後の悪足掻きか!?お前ら、直ぐに向かうぞ!」


 そう言うと、グレンは独りで走っていってしまう。


「ま、待ってください!」


 コウキは魔術師らしく、後ろから追いかける。


「………」


 ハルトと呼ばれた人は、斥候みたいに身軽で、優斗を抱えて2人のあとを着いていく。


「邪魔だてめぇら!!」


 グレンは大剣を巧みに操り道中のモンスターを切り伏せ、遂に現場に到着した。到着したのだが


「なんだ、これは………」


 グレンは現場の悲惨さを見て言葉を失ってしまう。


 まず、戦場は殆ど凍っており、少し離れた場所に転がっていたキースの遺体も、氷に覆われていた。

 エレンの身体も所々焦げており、腕に至っては炭化していた。

 特に酷いのがライナーだ。アイスフェンリルも身体が炭化しているが、形は保っている。だが、ライナーは違う。元々身体の大半が失っていたのだ。そこから追い討ちのように身体を燃やしており、もうその墨は殆どが人の形を保っていなかった。


「アイスフェンリルは討たれた。それだけギルドに報告だ」


 グレンはそう決断する。


「そんな………」


 それに異を唱えたのは優斗だ。遺体を持ち帰らないのはあんまりだから。だが


「せめて3人の遺体だけでも………」


「黙れ小僧!!」


 グレンは優斗の胸倉を再度掴むと、木に押し付けた。


「俺はこいつらのことなんとなくわかるから何故アイスフェンリルなんかと戦ったのか想像できちまう。お前がいたからだろ?お前が、逃げなかったから戦ってたんだろ!?」


 グレンの叫びに、優斗は声を失ってしまう。


「こいつらは強いし、引き際は弁えてる!そんな奴らが死んだんだ!足手まといがいたからだ!何故逃げなかった!こいつらのことだから、どうせお前にも〈転移の宝玉〉は渡していた筈だ!」


 それに対して、優斗は反論できなかった。確かに〈転移の宝玉〉は貰っていたし、逃げるタイミングはあった。そして逃げなかったのはただの優斗の自己満足だ。恐怖で足が動かなかったなんて、そんな言い訳はできない。


「俺たちは冒険者だ!いつだって死ぬ覚悟くらいできてる。だがな、その前に人間だ!親しい人が死んだ時、悲しみだって、その元凶に怒りだって覚えるさ!今回の事件はな、直接手を下したのはアイスフェンリルかもしれねぇ!だが、お前のその判断が、逃げなかったお前の行動が!あいつらを殺したんだよ!!」


 仄かに涙を流すグレンに優斗は反論する勇気も、言葉を出す元気も無かった。


「この氷は、アイスフェンリルが死に際に放った全力の氷だ。そう簡単に砕けない。砕ける火力があるやつがあの街には俺くらいしか存在していない。だが、俺だって大雑把に壊すだけだ。遺体を守りながら壊せねえ。だから今は遺体をこの場で冷凍保存しながら解凍されるのを待つしかないんだよ」


 そしてグレンはそこまで言うと、コウキにテレポートを指示する。


「ぁっ………」


 テレポートを準備するコウキを視界の隅に入れながら、優斗はまだ氷を見つめている。

 アイスフェンリルは炭化し、他の3人は既に絶命している。お茶に行く約束も、一緒のパーティに入る約束も、もう何も果たせなくなった、その3人の姿をずっと見ていて


「〈テレボート〉!」


 その声と一緒に優斗は街へと戻った。


 その後の話しをしよう。

 優斗は街に戻った後、グレンに連れられてギルドに帰還。グレンが現場検証を終えたと言い、状況を伝えた。

 アイスフェンリルは討たれた。アイスフェンリルは推奨討伐レベルが80の化け物だ。普通なら、この街の冒険者も衛兵も誰も敵わない。もし街に来ていたら皆等しく蹂躙されるだけだっただろう。

 だが、それはライナーたちの手によって阻止され、彼らは英雄扱いされることになった。

 だが、その遺体は分厚い氷に阻まれて直ぐに救助することは難しい。なので時折グレンが確認に行き、ある程度氷が溶けて無事に出せそうな人から順番に埋葬するとの事だ。


 ちなみにアイスフェンリルの討伐賞金は5億ブカだ。流石災害級のモンスターと言うべきだろうか。

 一応、その賞金は教えてもらう立場だったと言えど、同じパーティで唯一の生き残りだった優斗に判断が委ねられたが、優斗はその5億全てを3人の墓代にすることにし、それをギルド職員に伝えた。


 さすがに優斗に3人の功績を横取りする気は無い。

 経験値が入るのはトドメを刺した人だけだと思われがちだが、戦闘に参加させしていれば少しは経験値が入る。その経験値が優斗には一切入っていなかったのだ。ライナー達を死なせ、賞金だけ貰うのは流石に優斗にそれをする勇気は無かった。


 ライナーたちの死から2日経っても優斗の気分が晴れることは無かった。


「朝は、変わらずに来るのにな………」


 人が死んでも、時間は平等だ。朝が来て、そして夜が来る。時間はそれ程経過していないのに街は日常を取り戻し、人々は生活をしている。


 優斗はゴブリンの群れの討伐報酬、そしてゴブリンナイトを倒したことによる追加報酬を貰って以来、冒険者ギルドに寄っていなかった。寄る気が、無くなってしまった。


「冒険者、辞めようかな………」


 折角3人が繋いでくれた命だが、今の優斗に戦う気力は無かった。優斗には〈初級神聖魔法〉がある。これがあれば教会に入信だってできる。だが、そんな気力すらも今の優斗には無かった。


 死ぬ気は無い。それは折角生かしてくれた3人に対する侮辱だ。だから優斗は死のうとは思わなかった。

 だが、このままではただご飯を食べて寝るだけの日々。


「そう言えば、今日で異世界に来てから1週間か………」


 そう考えると早いものだ。あの平和な日本て暮らしていた自分が、ここまで大きく変わったのだから。


「気晴らしに、行こうかな………」


 護身用に剣だけは持っていく。形見も何も無いけど、忘れたくないから剣は手放せなかったのだ。まだ冒険者に未練がある証拠とも言えるだろうが。


 正門から外に出て、草原を歩く。ちなみに森は今は立ち入り禁止になっている。こんな比較的弱いモンスターしかいない森にアイスフェンリルなんて出たのだ。原因調査の為に一時封鎖をするのは当然だろう。


 何も無く、長閑な風が吹く草原を歩き、やがて川が見えてきた。


 魚が数匹泳いでいるだけの、川だった。本来なら、そのはずだった。地図を見て川があることは知っていたから、川でも見て気分を落ち着かせようと、そう思って来たのだが。


「………なんだあれ?」


 河辺にに、明らかに魚じゃないのが倒れているのが見えた。


「もしかして、人か?」


 そう思うとそうとしか見えなくなり、優斗は慌ててそれに近付く。


「おい、大丈夫か!?」


 それは確かに人だった。銀色の髪。見た目の年齢は14歳程だろうか。それなりに良さそうな服を着ているが、ボロボロだ。

 念の為脈を測るが正常。呼吸も安定しているため水は飲んでいないだろう。だが、怪我が酷い。どこかで戦っていたのだろうか。


「よし、と………〈キュア・ヒール〉」


 優斗は少女を川から上げると、少女に治癒魔法を施す。これで少しでもマシになればいい。そう思ってしたのだが。


「う、ううん………」


 少女は直ぐには目覚めなかった。


「まあ、そりゃそうだろうな。〈キュア・プュリティケーション〉」


 優斗は汚れた服を見かねて浄化の魔法を放つ。初級のためそこまで強力ではないが、先程よりも綺麗に見える。

 そのまま少女が目覚めるまで定期的に回復魔法を施すこと5回目。


「う、ううん………ここは………」


 遂に少女が目覚めた。


「よかった。目が覚めたか?」


 そう声をかけると、少女は起き上がり周囲を見渡す。


「えっと、私は………」


「ここは街の近くの河辺だよ。さっきまで川で倒れていたから治癒魔法をかけたけど、体調は大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫そうです。特に問題はありません」


「よかった。それで、君はどこから来たんだ?後、名前を名乗ってなかったな。俺は凸守優斗。君の名前は?」


「あっはい。よろしくお願いします。えっと、私の名前は………」


 目が覚めたら男がいた。それだけでも緊張してしまうのだろう。その証拠に少女は終始困ったようにオロオロとしているのがわかる。


 やがて意を決したかのように口を開くと


「あの………私の名前って、なんでしょうか?」


「………は?」


 目の前であははと笑う少女を前にして、優斗は呆然とするしか無かった。

これにて第一章完結です

次からは名前がわからない、記憶喪失の少女と繰り広げる物語

さて、ここからどうなるのか!?


因みにここからはいろいろな補足です


まず、ライナー達が逃げなかった理由は、偏に失いたくなかったからです

キースは過去、目の前で両親や幼馴染を失った経験から、目の前で大切な仲間や友人を失いたくないという気持ちから主にタンクを務め、今回も真っ先に脱落しました

エレンはモンスターに住んでいた村を滅ぼされ、逃げ遅れた人たちの訃報を知り、手の届く範囲は守りたいという気持ちを持っていました。なので、優斗のことも守りたかったし、ライナーやキースにも死んでほしくなかった。

あのアイスフェンリルは隠密系のスキルを持っており、それでエレンの探知を潜り抜けていたのですが、エレンは自分がこの違和感を解消する前に撤退を選ぶべきだったと死ぬ直前まで後悔していました

ライナーに関しては今後の展開のネタバレが多分に含まれているので詳しくは書けませんが、一度仲良くなった人には死んでほしくないと思っています。


そもそも、上級冒険者の端くれとしても、先輩としても指導係としても、後輩を助けるのは当然であり、所謂当たり前の行動をしただけです。

グレンも、頭の片隅ではそれをわかっているし、新人冒険者が圧倒的威圧感を放つ最上位モンスターを前にして恐怖で撤退できないことくらいはわかっています。

ですが人間なので、感情がぐちゃまぜになってつい優斗に八つ当たりをしてしまいました


この世界の冒険者は金や地位、名誉、女を求めて冒険者になる人も多いですが、大半はモンスターへの復讐や、自分と同じ犠牲者を出さないようにする為の正義感が強い人が多いです

欲にまみれても、憎悪にまみれても。真っ当なものでも英雄は生まれる

まだ明かせない設定は多いですが、今明かせるのはこんな感じです

ライナーの過去やこの話しが本当にわかるとき、何故ライナーが世界最強の生物を狙っていたのかは最終章で全て判明しますのでそれまでお待ちください

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ