第六話:静寂に潜む影
「た、助けてくださいっ! この街、なんだかおかしいんです!」
金髪の少女は震える声で零士たちに訴えた。
彼女の目は怯えに満ち、声には切迫感が溢れている。
「おかしいって、具体的には?」
零士が訊ねると、少女は息を整えながら話し始めた。
「街の人が……昼間なのに外に出たがらなくて、夜は妙に落ち着かなくて……
しかも、街の広場にあるあの大きな時計塔の周りだけは、誰も近づかないんです。みんな、変に恐れていて」
「怖がってるってことか?」
「はい。あと、私の知り合いでニンニクが大好きな人がいるんですけど、ガラムマサラに来てから妙に気分が悪くなって……
そして、私がこの十字架のネックレスをつけていると、どこからか人が離れていくんですよ」
少女が手首を見せると、そこには銀色の十字架が揺れていた。
「……なんで十字架なんて?」
「おばあちゃんからもらったんですけど、これを見せると、街の“あの人”が急に背を向けるんです。誰かに見られているようで怖くなるみたいで」
零士は眉をひそめる。
「“あの人”?」
「ええ。夜になると、あの時計塔の上に必ず姿を見せる人がいるんです。
マントのような長い服を羽織ってて、肌がやたら白くて……目だけが異様に鋭く光ってるんです」
零士が周囲を見渡すと、街は確かに異様だった。
昼なのに活気はなく、誰も口を開かない。店は閉まっているか、照明が落とされている。
「街の人は、夜になると急にイライラしたり、理由もなく笑い出したりするんだって。
誰かが近づくと、急に目を逸らすようになって……」
「そういえば、ニンニクをたっぷり使った料理を出す屋台は、ここ数日すっかり見なくなったな」
商人の一人がぽつりと言った。
「それに、教会の鐘が鳴る時間も、変わってしまった。音が重くて、不気味な響きが混じってる気がする」
零士は、ふとミリアのネックレスに目を戻す。
「そのネックレス、何か意味があるのか?」
「昔から悪いものを寄せ付けないと言われてます。
あと、銀の飾りがついてるんですが、街の古い言い伝えによれば、銀は“夜の闇”を遠ざけるって」
零士は静かに息を吐いた。
「なるほど……この街は、何か得体の知れない“闇”に飲まれつつあるってわけか」
「……そして、もう一つ不思議なことがあるんです」
ミリアが急に声を潜める。
「街の夜の巡回警備に出ていた友達が、突然姿を消してしまって……
彼、普段は大声で冗談ばかり言ってるのに、最近は異様に神経質で、
鏡に映った自分の顔を怖がるようになってたんです」
「鏡……怖がる?」
「ええ。まるで、自分が映っていないかのように怯えていました」
零士の脳裏に、かすかな記憶が蘇る。
「……鏡に映らない、って話も昔からあるな。あとは、日光を嫌うとか、十字架を恐れるとか」
ミリアはうなずいた。
「そうなんです。あと、街の裏通りでは、昼間でもカーテンが閉め切られていて、外の光を極力遮っている家が多くて……
そして、ニンニクの匂いを嫌う人が多くなったのもここ最近なんです」
零士は深く息を吸い込み、決意を固める。
「……この街の異変の根源は、あの時計塔の“人”だな。真相を確かめに行こう」
ルイがゆっくりと歩みを進める。彼の表情には迷いがない。
「俺たちが行くことで、この街が少しでも救われるなら、どんな闇でも直視する」
ミリアの目に光る涙を零士は見逃さなかった。
「ありがとう……本当に……」
静かな街に、また鐘の音が響き始めた。
それは不吉な始まりの合図のようだった。