第五話:街まで、ご一緒に
森の中で、戦いが終わった。
あたりには、燃えた葉の匂いが漂っていた。湿った土に残る霧と、微かに揺れる魔力の余韻。その中で、阿部零士は折れた木の根元に腰を下ろし、深くため息をついた。
「はぁ〜……マジですごかったな、ルイ……」
呆然と、そんな言葉を漏らす。
感動、というよりも、脳が現実を処理しきれていない。“呆ける”に近い感覚だった。
一瞬で、森を埋め尽くしていたモンスターたちが消え去った光景は、もはや夢のようだった。
ふと気づけば、背後では商人たちの一団がようやく動き出していた。
壊れた荷車を直そうとする者。散乱した荷物の確認に追われる者。そして――助けてくれたふたりに頭を下げに来る者。
「本当に……命の恩人です。あの、差し支えなければお名前を……!」
「あ、えっと、俺は阿部零士です。で、こっちが……ルイ」
紹介の言葉に、ルイは黙って軽く顎を引いただけだった。
無口で、感情の読めない顔。それでいて、ただ立っているだけで絵になるような存在感。
――なんかずるい、と零士は心の中で密かに思う。
「ルイ、ほんとすげぇ……いや、すごすぎてちょっと怖いくらいだ……」
そんな本音を胸に隠しつつも、商人たちは素直に笑顔を向けてきた。
「いやあ、こんな方々に出会えるなんて運が良かった! 実はこのまま、近くの街“ガラムマサラ”へ向かうところでして。よければ、ご一緒しませんか?」
「ガラムマサラ? あ、はい! 俺たちもちょうどその方向に――」
口に出した瞬間、零士は反射的にルイを見た。
その無口な相棒は、やはり何も言わず、ただひとつ頷くだけ。無言の承諾。言葉なんて、最初から要らなかったらしい。
「じゃ、じゃあ……お世話になります!」
道中は、意外なほどに賑やかだった。
商人たちは礼として干し肉や乾燥フルーツを分けてくれ、護衛の男たちは「あんなに吹っ飛ぶとは!」とルイに話しかけては大盛り上がり。
ルイは相変わらず無言だが、それでも嫌そうな顔はしていない。不思議なことに、それだけで空気が和らぐから不思議だ。
一方の零士はというと、商人の妻らしき女性に「優しそうなお兄ちゃんですね〜」と頭を撫でられていた。
(……なんだろう、この敗北感)
しかし、それでも悪くない。むしろ、心の奥にほんのり温かいものが灯る。
久しぶりだったのだ。
誰かと、こうして“関わる”という時間が。
「……なんか、こういうの、悪くないな……」
小さくつぶやいた言葉は、風に消えそうなくらいだった。
だが、それを聞いていたのかいなかったのか。ルイが、ほんの一瞬だけ横目を向ける。
けれど何も言わず、また前を向いた。
その目線の先――森の奥では、まだ静かにモンスターたちが息を潜めていた。
だが、それすらもウルフ型モンスター達が片づけていく。まるで、何かに従うように。
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やがて、森の隙間から遠くの街並みが見えてきた。
高くそびえる石造りの門、重厚な城壁、煙突から立ち昇る煙。
人の声。笑い声。交わる会話。すべてが、風に乗って耳へ届いてくる。
「おお〜……街だ……! 人の気配がする……!」
思わず零士は歓声を上げた。
ルイは、やはり黙ったままだったが――その横顔は、どこか穏やかに見えた。
「ガラムマサラ、か……。なんか、面白い出会いがあるといいな……」
そんなことをぼんやりと口にした、その時だった。
街の門前に、一人の少女が立っていた。
金色の髪を三つ編みにし、大きなリュックを背負った、小柄な少女。どこか頼りなさそうで、でも目だけは真剣だった。
そして彼女は、零士を見るなり――ふらふらと、こちらへ駆け寄ってくる。
「た、助けてくださいっ! この街、ちょっと……いろいろヤバいんです!!」
……ヤバいらしい。
零士は反射的に、ルイの方を振り返る。
「ルイさーん! 出番ですよ!!」
こうして、街“ガラムマサラ”での、新たな事件と出会いが幕を開ける。