第四話「堕天の陰陽師、初陣す
森の奥から、断続的な悲鳴と怒号が聞こえてきた。
「商隊だな。護衛もいるが……あれは数が多すぎる」
ルイが目を細める。
視線の先、木々の間から覗く開けた道で――小型のウルフ型モンスター三十五体と、異様に大きなベア型一体が、商隊に襲いかかっていた。
護衛の人数はたったの四。
剣を振るい、盾を構える者たちの動きに迷いはないが、数の暴力には限界がある。
荷車は半壊し、荷物が荒れ、商人らしき者たちは怯えて後退するばかりだった。
「……あれを、助けるか?」
問いかけると、ルイは無言で歩き出した。
その背から――漆黒の翼が音もなく広がる。
神に堕とされ、地に堕ち、再び異界で目覚めた男の象徴。
その翼の羽根が、音もなく空に舞い――次の瞬間、回転しながら放たれた羽根は雷、氷、火、風の魔力を帯びてウルフたちを貫いた。
爆ぜる熱風、凍結する脚部、絡みつく旋風、雷光による麻痺――
羽根一枚一枚がまるで異なる属性魔法のように、ウルフの群れを寸断していく。
「……な、なんだあれ!? 魔法か!?」「いや、あれは……!」
護衛たちが目を奪われている間に、ルイは両手を静かに叩いた。
空間が一瞬揺れ、音もなく五十枚の札が空中に浮かぶ。
円を描くようにゆっくりと旋回しながら、まるで鳥が獲物を狙うように――札は次々とウルフたちへと飛び込んでいく。
札が触れた瞬間、モンスターは転倒し、昏倒する。
雷鳴でも爆発でもない。ただ、札が“ふれるだけ”で意識を断つのだ。
「気絶している間は、拒めない」
ルイの声が低く響いた。
彼の足がわずかに弧を描くように滑る。
その動きに合わせて、脚、太腿、腰、腹、肩、そして腕へと――身体の回転が流れるように連動していく。
空気が“鳴る”。
拳が静かに前へ押し出された。
ウルフの巨体が、音もなく弾け飛ぶ。
打撃音すら消し飛ばす、一瞬の静寂。
それが――**内部から破壊する打ち込み(発勁)**だったと、誰も気づかない。
そして、拳にこめられた“もう一つの力”。
倒れたウルフの目が虚ろになり、次の瞬間――忠誠の印が宿った。
「打撃に、テイム……!」
モンスターが一体、また一体と沈黙していく。
属性羽根、札、沈黙の拳。
ルイは一度も大声を出さず、戦いを“支配”していた。
最後に残った、ベア型モンスターが雄叫びを上げて突進してくる。
まるで大地ごと揺るがすような一撃。
だが、ルイは微動だにせず、逆に一歩踏み込み――腰から肩へと円を描いて拳を突き出した。
ドン、と空気が爆ぜた。
ベアの体が、跳ねるようにして数メートル吹き飛ばされ――気絶。
次の瞬間、その身に光の刻印が浮かび、従順の証が刻まれる。
「――戦いの後に従わせるより、叩き込んで従わせるほうが早い」
ルイは振り返り、表情を変えぬまま一言。
「これが、我が陰陽」
ただの召喚キャラじゃない。
こいつ――やばい、パワーアップしてやがる。
俺は無意識に、ゴクリと喉を鳴らした。