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王都ハーケンの一人

辺境貴族の娘を嫁に貰ったのですが、仕事がはかどってたまりません。

作者: 唐揚げ

 王都ハーケンにある宮殿の空気は黒く暗く、その陰鬱な空気を身に纏ったままに、エルディオ・ヴァンデルスは廊下を歩いていた。眉間には強く深い皺が寄せられ、きっと口を堅く結んだ様子は緊張を感じているというのが如実に表れていた。

 エルディオが向かっているのは、宮殿の執務室である。エルディオ・ヴァンデルスは、この国における五頭という役職に就いている。五頭というのは、行政執政上における国王に次ぐ位置である。広大な国土のあちこちから上がってくる議題を、五頭という五人の役職者が審議し、采配を下す。そして、その采配を下すべきでないという場合において、国王へとその議題を引き継ぐのだ。

 国政上、実務的なトップともいえる。

 が、その五頭の一人ファルノージス・デルフィンが先日、急逝した。

 執務室の前で足を止め、エルディオは深く息を吸うと、扉を開けた。


「エルディオ殿、随分と遅い、仕事への取り掛かりで」


 扉を開けるとともにそう声をかけてきたのは、ビステ・ラレイファスという男であった。長い白髪は肩口に触れており、指にはめられたラレイファス家の紋章のついた指輪がきらりと光る。このビステという男もまた、五頭の一人である。

 執務室にはビステの他にも五頭のヴァルネ・クローデルとキレミア・ロレミアがいたが目を瞑り、机に座り、沈黙していた。


「仕事が忙しくてな。私はこの街の警吏も統括している故に」

「それくらいは知っている。しかし、私も商業の仕事を終えてきたところだ。仕事が遅いのは、能力不足が招いているのではないかね」

「商業の仕事、ね。事務方書類にサインを書くことがそれほど高い能力が求められるとは思わなかった」


 ビステの方を見ずに放ったエルディオの言葉にビステの頬がひくつく。

 二人が明確に反りが合わず、反発しているのがわかっているから他の二人は何も言わない。

 しかし、ヴァルネ・クローデルは一つ、大きく咳ばらいをし、話を進めるために口を開いた。


「今回集まったのは、急逝したファルノージス・デルフィンの後任についてだ」


 エルディオは深く息を吐き出す。

 ファルノージス・デルフィンは王都の屋敷において、夕食後に体調を悪化させ急死した。屋敷より向かった宮廷の医師が検めた所、暗殺に用いられる毒による暗殺、殺害の可能性が浮上した。この時、食事を提供した使用人については行方知れずとなっていて、目下、エルディオの命令で探索中である。

 この毒というのが厄介な物であり、隣国で生育される植物からしか入手できない。


「私は」


 ビステがいち早くに口を開く。


「ルドラン・フェルグリオを推薦する」

「異議あり」

「まぁ、エルディオ殿待ちなさい。どうして、その者を推薦するのかね。ビステ殿」


 ヴァルネは、高くそして曲った鼻を撫でながらビステへと話すことを促した。

 一礼の後、ビステは懐から一枚の紙を取り出すと、それへと目を落とした。所謂、推薦状だろう。その内容を読み上げている様子を見て、エルディオは呆れて閉口し、顔をそむけた。と、いうのも、そのルドラン・フェルグリオについては知っているも何も、ビステの息子であるからだ。

 ビステ・ラレイファスの複数人いる息子のうちの一人を豪商の家へと養子に出したのである。

 そして、今、その養子に出した一人を、五頭として登用しようと画策をしているのだ。


「以上の事から、私は、ルドラン・フェルグリオを五頭として推薦します」

「まだ若くないか」

「年齢は能力を保証しません。また、若い視点からの検討というのも必要ではないでしょうか」

「しかし、ルドラン・フェルグリオは、元は君の息子、だろう」


 ヴェルネは鼻先を指で叩き言う。


「身内贔屓が過ぎるのではないかね」

「息子とは会わずにもう十年以上です。もはや、親子としての付き合いはありません。この推薦状自体も、街の商工連合会からの物です。私の私利私欲、私情ではなく、街の商人の気持ちですよ。また、農民の娘を嫁に貰っており、農民からの支持も得られるかと」

「反対だ」


 エルディオはたんと言い放った。

 ビステの顔がひくつく。


「何ゆえかね、エルディオ殿」

「一つ、このルドラン・フェルグリオについては一つの嫌疑がかかっている」

「何が?」

「ファルノージス・デルフィン殺害の嫌疑だ」


 ヴェルネとキレミアの顔が硬直する。ビステはふっと口角が上がる。


「何を馬鹿な。証拠も何もない」

「いいや、警吏は優秀だ。とくにとある一つの辺境領について調べをしている所だ」

「詳しく聞こう」


 ヴェルネは深く椅子に腰かけ、手に顎をのせた。


「近頃、一つの辺境領地から王都への輸入が増えています。荷を検めている警吏曰く、大したものは見つからない、というのですが、奇妙なのはその量です。以前の量を1とすると、とある時期を境に16へと増えている」

「輸入品が増えたのだろう」

「いいえ、一人の結婚ですよ、一人の豪農の娘と、そして、一人の豪商の息子」


 そう言うと、エルディオはじろりとビステを見る。


「ルドラン・フェルグリオの婚姻より増加している」

「豪農と豪商の娘、取引量が増えるくらいあるだろう」

「そうかもしれんな。しかし、その領地に今、私の部下を一人向かわせている」

「エルディオ殿。エルディオ殿は、ビステ殿を貶めたいというな気がする話しぶりじゃあないかね」


 キレミアが眉を顰めて言う。


「確かに失礼しました。まだ、犯人捜しの気持ちが抜けていないのでしょう。職務が忙しいので」

「職務に熱心なのは良いが、あまり度が過ぎるとよくないな」

「エルディオ殿にも困った事ですね。しかし、推薦は取り下げましょう」


 ビステが口元を緩めて言い、ゆっくりと推薦状を懐に戻した時、執務室がノックされた。その後、扉が開いて一人の男が入ってくる。エルディオはその男を見て、手を上げ、近くへと寄せた。黒い影のようなそして、鋭い気配を纏った男はエルディオの傍へと寄るといくつか言葉をささやいた。


「先ほど、警吏当局がルドラン・フェルグリオを拘束しました」


 五頭の他のメンバーがそれぞれの反応を見せた。もっとも、如実に驚いたのはビステである。


「何故」

「先ほど申したでしょう。検めさせていると。すでに昨日のうちに二時間で行けるその領地へと向かわせ、豪農を問い詰めさせました。すると、白状し、隣国との境界で育てていた毒草を譲ったとのことです。他の荷に紛れさせ、検査を通過したと」


 エルディオはじっとビステを見た。

 エルディオはこのビステをより疑っていた。この事件、ルドラン・フェルグリオが起こした事件ではない。おそらくは、ビステ・ラレイファスは主導して毒殺を図ったのではないかという認識がある。しかし、その証拠はない。

 ともかく、ルドラン・フェルグリオが捕縛できた。そして、五頭の就任も阻止できたのはエルディオからしてみれば十分な収穫であった。


「ビステ・ラレイファス殿、ルドラン・フェルグリオの推薦は無し、とする。異論はないな」


 キレミアがそう話をまとめ、五頭会議は終えた。一人、また一人と執務室を出て行くのをエルディオは見届ける。ビステ・ラレイファスが出て行くとき、エルディオとじっと目線を合わせた。お互いに何を話すという訳ではなく、ただ、目線を合わせただけだ。そして、ビステも出て行く。

 エルディオは一人、また、仕事へ戻る事を考え、深く息を吐き出すのであった。


「……さて、あとは、黒幕をしとめないとな」


 エルディオは小さくそう呟いた。



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