Chapter.07 ーBLACK FLIRTー
BLACK FLIRTをGoogleで翻訳したら「黒人の浮気者」って和訳が出た。こいつぁコンプラ的にヤバそう。
あくまでニュアンスです。考えるな、感じろ。アレです。
BLACK→ハットかぶってる黒ずくめの奴
FLIRT→弄ぶ
情報屋と表参道で別れた京極は、メトロに揺られながら死亡診断書の内容を考えながら深刻な顔をしていた。しかし、ふと考えが脇道に逸れてこの後に控えている予定のことを思い出すと顔が醜く綻んだ。
(さーて、美鈴とドーハン♪同伴♪今夜は熱い夜になりそうだな…フッ)
頭の中ではスキップしているくらいの浮かれ気分で、夜の蝶との待ち合わせ場所へ向かう京極であった。
新宿に到着し、電車を降りて待ち合わせ場所に向かうと、一際目立つ身長170cm弱ほどある長身にダークグリーンのワンピース姿の女が周囲に官能的な香りを漂わせながら待っていた。
「美鈴、すまない。待たせたな」
「あー!きょおごくさぁ〜ん!!」
女は甘い猫撫で声で京極の腕にしがみついてきた。京極は彼女の頭をぽんぽんと撫でながら爽やかに微笑んだ。
(カ、カ、カワイイィィィーーーッ!!!!)
爽やかに微笑んではいたが内心は穏やかでないようだった。待ち合わせをしていたのは、クラブ・パンデモニウムのキャスト、八坂美鈴である。
「ごめんな、急に同伴とかお願いして。京極サンの夢見たらどうしても会いたなってきて…」
「構わないさ。俺も美鈴に会いたかったよ。ちなみに、どんな夢だったんだ?」
「それは……この時間帯ではまだちょっと話せへん…かな?」
京極の脳が一瞬、高電圧が走ったようにショートした。任務時は冷静沈着で腕の立つエージェントだが、女性を前にした時の彼はただのオッサンだった。
「フッ、そうか…その夢が正夢になることを願ってるよ。さ、行こうか」
八坂のあざとさに翻弄されながらも京極のエスコートで2人は、京極が予約しておいたというステーキハウスへと向かった。
同時刻ーーJACKAL本庁舎の倉庫室に拘束された嵐はじっと捜査が終わるのを待っていた。すると、倉庫室の扉が開き中に入ってきたのはスーツ姿にセルフレームの眼鏡をかけた堅物そうな男だった。
「はじめまして。私はJACKAL内部監査部のコードネーム"山城"という者です。本部敷地内での殺人事件なんて前代未聞ですからね。省庁の方もどう対応するか迷ったみたいですが、我々は防衛省の秘匿部隊。警察に任せると、そこからマスコミにも情報が漏れかねない。ということで、今回の長官暗殺事件の捜査を担当させて頂くことになりました」
(内部監査…?噂では聞いたことあるけど、初めて見たな…)
「ああ、はじめまして。で、監視カメラは見てくれたか?俺はやってねぇだろ?早く解放してくれ」
山城は眼鏡のブリッジを軽く上に押し戻しながら冷たい視線を向けた。
「監視カメラは破壊されていて確認できませんでした。長官を撃ったのは嵐さん、貴方の拳銃ですよね?そして第一発見者の嵯峨野さんの話では、執務室には貴方と舞鶴長官しかいなかった。状況証拠から見ても、これは……」
嵐は山城をじっと見つめながら話を聞いていたが、一瞬、山城の口角が微妙に上がった気がした。この男は何かを知っている。嵐はそう直感した。
「待て待て!監視カメラが壊れてた?ほんとかよ?秘書室のカメラもか?俺は執務室で気絶させられて目が覚めたら長官が死んでたんだよ。秘書室のカメラに誰か出ていく姿とか捉えてるだろ?」
自身の身の潔白がかかっている。京極から日頃、脳筋と言われている嵐も今日ばかりは少し弁が立った。しかし、山城は呆れた様子で面倒そうに答えた。
「ええ、もちろん確認しましたよ。貴方が秘書室を通って執務室に入って以降、誰も出入りしていません。無駄な抵抗はやめましょう。時間が勿体ない」
山城の言葉に嵐はさらに反論しようとしたが、山城が引き連れていた部下らしき男たちに嵐を連行するよう指示を出し、抵抗する嵐を強引に引っ張って本庁舎を出た。
JACKAL本部敷地内ではエージェントを含めた職員全員が暮らしている。言い換えれば、JACKALの人間しか存在しない街のようなものである。この街に警察は存在しない為、警察権を行使しているのが、内部監査部なのである。内部監査部の本部も敷地内に存在しており、その本部には留置所がある。嵐はそこに連行される。罪人という烙印を押された嵐は軍法裁判にかけられ、最終判決が下る。その後、警察に身柄を引き渡され、地方刑務所で一般受刑者と同じ扱いを受けることとなる。国防の番人であるJACKALであるが故、罪を犯す者はほぼいない。しかし、過去に一度だけ前例があり、その者は東京の府中刑務所に収監されている。
「判決が出るまで、君の身柄は内部監査本部の留置所で拘束させてもらう。異論は受け付けない。さあ、乗るんだ」
本庁舎前で待機していた車に乗せられそうになる嵐であったが、彼はすでに行動を起こしていた。ジャケットの袖口に潜ませていたクリップでピッキングし、手錠をいつでも外すことができる状態にしていた。車の前で手錠を外すと、抑えつけていた山城の部下2人を殴り倒し、一気に駆け出した。
(クソッ!どうしてこうなった!?なんとか無実を証明しなければ…長官殺しなんて確実に重罪判決で良くて無期懲役、最悪、死罪もありうる。とにかくここを出て、京極に連絡を…)
銃は長官暗殺の証拠品として回収されてしまったが幸い、IDや携帯電話は押収される前であった為、本部のゲートは容易に突破できた。追手は来ていない。嵐はトランクルームから地上に出ると、タクシーを拾い東京へと向かった。車中で京極に電話をかける。
"おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため繋がりません"
(おい!!肝心な時にあいつ何処で何してるんだよ!!)
何度かかけたが京極に連絡がつかず、嵐はひとまず身を隠すために都内のビジネスホテルに潜伏することにした。運転手に行き先を告げると、窓の外を眺めながら絶望的に不利なこの状況をどう切り抜けるか考えを巡らせた。
「山城です。すみません、嵐に逃げられました。いかが致しましょう?はい…はい。"BEAST's"をですか?ええ、了解しました。では、そのように」
嵐が逃走した後、JACKAL内部監査部の山城は本庁舎前で何者かに電話をかけていた。
「はあ〜お肉最高やったわあ〜!京極サン!ごちさーさま!」
新宿にあるステーキハウスでA5ランクの肉を堪能した京極と八坂は歌舞伎町のクラブ・パンデモニウムへ向かっていた。ご満悦の様子の八坂を微笑で見つめている京極であったが、頭の中では店を出た後のことでいっぱいだった。
「今から仕事とか〜。あーあ、京極サンと早く2人きりでイチャイチャしたいなぁ…」
再び京極の脳が悲鳴をあげ、一瞬、白目を剥いていた。八坂の願望を早く叶えてあげたいーーいや、むしろそれこそが京極の望みでもあった。歯止めが効かなくなってきた京極は大胆な提案をした。
「な、なぁ、美鈴?仕事……サボって今からどこかに泊まらない…か?」
目を丸くして固まって数刻。考え込んだ結果ーー八坂は満面の笑みで抱きついてきた。京極は勝利を確信した。もはやゴールは目前。2人は手を繋いでホテル街がある方向へと歩き出した。
(嵐、すまん…今日手に入れた情報を早く知らせてやりたいが、据え膳食わぬは何とやらだ。明日まで待ってくれ!)
クールを気取っている京極であったが、歩く速度はいつもよりも1.5倍ほど速くなっていた。すぐ先にホテル街が見え始めたところで、京極の手から八坂の手が離れた。振り返ると、八坂が細い路地に入っていくのが見えた。
「きょおごくさ〜ん!見て見て〜めっちゃカワイイ仔猫おるんやけど〜!!」
路地の方から声が聞こえた。こういう状況ではほぼ9割の男がすでに"アレ"のことしか頭にないと言っても過言ではない。そんなお楽しみを前に寄り道なんてナンセンス。しかし、女性に同調して共に楽しむのも紳士の嗜み。急く気持ちを抑えながら京極が細い横路地に入ると、急に八坂が抱きついてきた。まさか、寄り道だと思っていたこの脇道イベントが一転してお楽しみイベントに変わるのかーー京極は鼻の下を伸ばしながら、胸元に顔を埋める八坂の髪の香りを堪能していた。
「京極さん、ごめんやで…」
胸元から頭が離れると、それに代わり固いものが押し当てられた。そしてそこから強い衝撃が走り、燃えるように熱くなってきた。
「み、美鈴…お前…嘘だろ……」
京極の胸元がどんどん紅く染まっていく。全身から力が抜けていき膝から崩れるように地面に吸い寄せられた。貧血を起こした時のように目の前にノイズがかかり意識が遠のいていく。ハニートラップにかかった惨めな暗殺者を嘲笑うかのように雨が降り始めた。
倒れた京極を見下ろしながら八坂は震えていたが、雨で我に返り、走ってその場を立ち去っていった。
「マジ…か…俺の……熱い夜……が…」
命の灯火が燃え尽きるかどうかの瀬戸際でも、京極の気がかりは"夜のお楽しみ"の行方だった。




