Chapter.58 ーDeparturesー
ようやく完結です。
NINE'zのエージェントたちのやり取りの中で、本名で呼び合うシーンがあります。
後書きにコードネームではない全員の本名を掲載しておきますので、それと照らし合わせてもらえると、誰が誰なのかお分かり頂けるかと、、、←面倒ですみません
「おまっ!?右京!!」
嵐の驚きの声と同時に構えた京極の銃と右京の銃が向かい合う。嵐を挟んだ膠着状態。
「やはり君たちか。こんな場所を軍用車で走ってくるなんて、あの施設からの車だろうし、僕たちが脱走してまだ慌ただしいだろうに、そんな中で平然と外出してくるようなヤンチャなことをするのは君たちだけだと思ってね。アタリをつけて待ち伏せしてみたんだが、どうやら正解だったね」
「お前も大概だぞ、右京。こんな過疎化していそうな場所を歩いている人間にしては服装も年齢も不自然だ。そんな不自然な人間が軍用車にヒッチハイクするなんて、明らかに不審者だからな」
京極も右京もどうやらお互い気付いた上での接触だったということだ。しかし、嵐はまだ違和感を拭えないでいたが、その違和感はすぐに払拭された。
京極の座る運転席側の窓の外に、右京と似たように帽子を被った人間が立っていた。
「美波!!」
今度は京極よりも先に嵐が気付いたが、美波はすでに銃をこちらに向けて構えていた。
「嵐ちゃん、ごめんね。この車、ちょーだい?」
「罪は犯さないって言ってたじゃねぇか…。あの言葉がウソなら、俺はお前らを地の果てだろうとどこまでも追ってやる。覚悟しとけよ…」
あくまで冷静に、しかし静かに怒りを燃やす嵐の目にその場の全員が息を呑んだが、状況は2対1で出遅れた嵐たちが不利。
「これは脅迫ではなく、お願いをしているんだ。だから、罪ではないだろ?それに君たちが相手なら、迷惑をかけたついでのプラスαってことで今回だけは大目に見てくれない……がっ!?」
右京が饒舌に御託を並べていて油断していると判断した嵐は隙をついてドアを一気に押し開いた。突然迫り来る鉄のドアに押し出されて右京はバランスを崩して後方へと仰け反った。その瞬間、京極はもう片方の手で嵐の懐から銃を抜き取って身体はそのままに腕だけを美波の方に向けて発砲した。当然のことながら軍用車であるが故に窓ガラスは防弾仕様で貫通はせず、直径10cm程度の蜘蛛の巣のような同心円状の細かなヒビが被弾箇所から広がっただけだった。もちろん、京極は最初から美波を撃ち抜くつもりなどなく、窓にヒビを入れることで目眩ませに撃っただけであった。
そして嵐と京極は同時に左右のドアから飛び出した。美波はドアを避けるために後方へ飛び退いたが、京極に一気に距離を詰められ手首を掴まれて銃を奪われた。
嵐は飛び出た勢いのまま右京の手首を掴んで押し倒すと、その反動で引き金に触れてしまい乾いた発砲音が空に鳴り響いた。
「……空…砲…?」
右京が持っていたのは、弾の入っていない音だけの空砲だった。掴んでいた美波の手を放し、京極は助手席側の様子を見に来た。
「右京、お前…」
「いやはや、バレてしまったようだね。ああ、元より君たちを傷つけるつもりはなかった。本当に車を譲ってほしかっただけなんだ」
「……どうだかな。まぁ、殺気は感じられなかったが」
京極は初めから茶番だと勘付いていたようだが、嵐はこんなところで右京たちに遭遇した驚きの方が先行していたようで、そうだったのかと視線を右京と京極の顔に往復させながらキョロキョロしている。
「どうか、見逃してはもらえないだろうか」
「断る」
「そ、即答かぁ…泉莉ちゃん、やはり駄目みたいだ…」
即答した京極は目を細め、煙草を取り出し火をつけた。嵐は右京の手を掴んで起こしてやると、急に一服しだした京極を不思議そうに見つめ、自分もと煙草を取り出した。
「京極さん、やっぱ…ダメ?」
「ふぅ…。ああ、車を譲ることはできない。俺らが帰れなくなるからな。だが、一緒に乗せるくらいなら構わない」
京極の遠回しなやり方にほんの一瞬だけ嵐の口角が上がった。右京と美波は顔を見合わせ喜びながら後部座席に乗り込んだ。
「じゃあ、運転手さん。関西国際空港までお願いします」
「か、関空だと…お前らな…乗せてもらっておいて図々しいにも程があるぞ…」
そう言いながらも京極はシフトノブをパーキングからロー、セカンドに入れ、すぐに出発した。特に会話もなく高速道路に入るために京都市内まで南下したあたりで右京が口を開いた。
「ところで、僕は空港に向かってどこに行くと思う?」
「は?いきなりなんだよ…知らねぇよ。海外に高飛びだろ?まぁ妥当じゃね」
「嵐くん、つれない返答だね。違うんだ…僕は英国に渡って、MI6に入局しようと考えているんだよ」
MI6ーー幾度となく世界を救ってきた最も有名な空想上のスパイ"ダブルオーセブン"ことジェームズ・ボンド、そして"不可能なミッション"に挑み続けるイーサン・ハントなどが所属しているとされてきた正式名称、英国秘密情報部である。
「MI6で世界の均衡を保つ組織の在り方、そして諜報員の育成などのノウハウを学んだ後、帰国して国民を陰から守る。何もJACKALのように国家機関である必要はないんだ。一時とはいえ、JACKALの長官をやっていて思ったよ…国家機関であるが故の動きにくさは、レスポンスの遅さに繋がる。なにせ組織内の一つの決まり事を作るだけでも国会にまで話がいってしまう。そして、暗殺稼業というあまりにピーキーな組織で死亡率50%、メンタル・バイタル共に強靭でなければ生き抜いていけないような仕事に就きたがるモノ好きはなかなかいるもんじゃあない。いくら学歴不問、公務員試験も免除で国家公務員になれるとしても。だからこそ、日陰者になった僕たちは国家機関に属さない組織を創る。裏社会で生きて、裏社会から蔓延る悪を裁く私設武装組織の創設!それが、今の僕の夢さ」
これまでに見せたことのない熱量で語る右京の目は真剣そのものだった。飄々とした右京の姿しか見てこなかった嵐と京極は、話が長すぎるわ熱すぎるわで少し引いているほどだ。
「あ、熱いな…」
「もう、夏だからね」
「いやそうじゃなくて。はぁ…何でもない」
これが本来の右京なのだとしたら、美波がここまで入れ込んでいたのも少し理解が出来る。2人はそう思った。
「そういう訳で、もし僕が帰国して組織を立ち上げる際には、是非君たちにも来てほしい」
「断る。俺は可愛いウェイトレスを雇い、可愛い女性客で賑わうカフェを経営するからな」
「まだ言ってんのかよ、それ。でも、俺もお断りだな。わざわざ公務員からベンチャーに移籍するなんて馬鹿げてる。しかも、重罪人の下で働くなんて御免だね」
快諾してもらえるものとばかり過信していた右京は青ざめた顔をしている。断られた理由が"ハーレムを築く"というふざけた理由と、"地位と名誉"という夢のないリアリストな理由ともなれば、熱く夢を語った右京の顔面蒼白も頷ける。
「そ、そうかい…それなら仕方がないな。妙なことを言ってすまなかったね。泉莉ちゃん、僕たちだけで頑張ろう…」
スカウトをフラれ、物憂げな顔で美波の方を見ると、彼女は顔を歪ませ侮蔑に塗れた視線で嵐と京極の方を睨んでいた。
「せ、泉莉ちゃん、不細工になってるよ。その顔やめよ?2人には2人の生き方がある。迷惑をかけた僕が彼らの生き方の邪魔なんて出来ないし、当然の反応さ」
なだめる右京の言葉で元の可愛らしい顔に戻った美波だが、それでもまだ納得はいかない様子で下を向いてしょぼくれている。
そこから再び会話はなくなり、出発から2時間半ほどをかけて、ようやく大阪府泉佐野市にある関西国際空港へと到着した。
「着いたぞ。10,000円な」
「え、金取るの!?」
「冗談だよ…つまらねぇリアクションだな。まあ、達者でな」
終始、辛辣な態度だった嵐と京極に右京は苦笑いを浮かべながら車を降りた。ほんの数日前まで、多くの死者を出し、それぞれの正義で対立してきたのだ。そう簡単に打ち解けられるはずもなかった。
「それでは、世話になったね。本当にありがとう」
「嵐ちゃん、京極さん、ありがとう。また殺しに来たらごめんね」
「勘弁してくれ。殺すならいかがわしいカフェを構えて青少年保護育成条例に反するであろうこの男だけにしろ」
「待て待て!誰が淫行条例違反者だ!」
くだらない話を交えて最後は4人とも笑顔で別れを済ませ、それぞれの道へと進んでいった。
それから3日後ーー7月某日、午前。
一条の連絡で施設の食堂に全員が集められていた。30席ほどしかない食堂だが、JACKAL全盛期に在籍していた職員・エージェントの人数とはかけ離れた27名という空席ができた状態での集合。
「閣議会議でJACKALの解体が正式に決定した。そして、脱走した右京、逃走を幇助した美波、両名の捜索は警察庁で行なわれるとの事だ」
皆、予測はしていたが、一条の言葉で現実を再認識させられ肩を落とした。静かに涙を流す職員もいる中、一条は話を続けた。
「9月末で解散となる。現在、崩壊した本部では瓦礫の撤去作業が行われているが、下層のほうは比較的、被害が少ない。今後、我々は本部下層からの書類、資材の搬出作業と並行して防衛省の総務課と人事部の人間から個別で面談を受ける予定だ。省内の異動先や提携企業への斡旋など、それぞれのキャリアプランについて話し合いを行なっていく。もちろん辞退して防衛省を去ることも可能だ。本日から連絡が個々に来るはず。防衛省から連絡がきて移籍先が決まった者から、ここを出るように言われているので、ある程度の荷造りはしておいた方がいいかもしれないな。残り2ヶ月間はここで生活しつつ、本部にも足を運んだりと忙しくなるが、よろしく頼む」
一条の話が終わると皆、今後の身の振り方を話し合い始めた。事務系の職員はおそらく各省庁に振り分けられるだろう。技術職の人間については、企業への斡旋が多くなるに違いない。
そして、エージェントたちはというとーー
「ねえ、ゴリ姉はどうすんの?」
「そうねぇん…あたしは若い自衛官をたっぷりしごきたいから、陸自の訓練教官がいいわねぇん。アンタはどうするのよぅ?」
「ウチは警棒がメインだし、婦人警官にでもなろっかな〜って。逮捕しちゃうぞ!的な!」
「お前みたいなバカに逮捕されたら、さぞイラつくだろーな。ノリがウゼェし」
「そう言う三条はどうするのだ?私は日本刀使いだからな…行き先に困っているよ」
バカにした四条に掴み掛かられ頬を抓られている三条に尋ねてきた九条は切実な悩みを吐露した。
「いててっ!や、止めろバカ!!放せっつってんだろーが!!俺は警視庁のSATから声掛けられてっからよ…まぁ、とりあえず行ってみるつもりだ。おめぇはアレじゃねーか?海外とか行ったらいいんじゃね?Wow!サムライソード!とか言われてチヤホヤされんだろ」
「なるほど…その考えはなかったな。三条!お前にしてはナイスなアイデアだ!ブロンド美女か……アリだな」
九条への助言のはずが口を挟んできたのは京極だった。皆が賑やかに今後の話をする中、嵐は1人考え込んでいた。
「嵐、お前は結局どうするんだ?」
「ん?ああ…そうだな。俺は…」
嵐が答えようとしたその時、嵐の携帯電話が鳴ったーー防衛省からだった。嵐は着信に出ながら席を外し、食堂にいた面々も会話が途切れ始めると徐々に部屋へと戻っていった。
防衛省からの連絡で嵐は施設の敷地の外に出ると、路肩で待機していたクラウンの前にやってきた。クラウンから降りて執事のような佇まいで待っていた運転手に後部座席に乗せてもらうと、そのまま発進して京都市内へと走り出した。
「あの…面談って、どこでするんですか?」
ルームミラー越しに見える運転手の顔は微笑むだけで何も答えない。施設の外で待っていた時も運転手は動きだけで後部座席に誘導し、一言も発しなかった。不気味に感じながらも嵐は窓の外を眺めて気を紛らわせることにした。
(口がきけない…とかじゃないよな?)
流れゆく山の景色。しかし、気のせいか進むにつれて山奥に入っていっている。こんな人里離れた場所で面談ーーするはずがない。
「なあ、どこに向かってるんだよ?こんな山奥に面談場所があるのか?」
それでも運転手は答えようとしない。そして、ようやくクラウンが停車したのは、伐採した木材などが外に積み上げられた廃倉庫だった。外壁のトタンは錆びて大量の蔦が絡みついている。
確実におかしい。嵐はすぐに後部座席から降りて懐の銃に手を伸ばした。運転手も降りてきたが何事もない様子で倉庫のほうへと歩いていってしまった。
「な、なんなんだよ…」
銃を抜き取り、ゆっくりと倉庫入口へと向かう。ドアを開けて中の様子を窺うが、窓から差し込む陽光だけで真っ暗ではないが視界が悪い。静かに奥へと進んでいくと、倉庫のど真ん中にスチール製のテーブルと椅子が2脚だけ置かれていた。
(面談すんのか…あそこで?)
しかし、一歩踏み出した瞬間、周りの物陰から続々とガラの悪そうなゴロツキたちが現れた。見える場所にいるだけでも10人以上はいる。
「あんた、防衛省の暗殺者なんだろぉ?俺のダチがあんたに世話になったみたいでよぉ。死ねやぁ!!」
訳がわからないまま、ゴロツキたちは襲いかかってきた。どうやら刃物ばかりで飛び道具は持っていない様子だったが、人数が人数だ。仕方なく嵐も臨戦態勢に入り、次々とゴロツキたちの武器を持つ手を撃ち抜いて無力化していった。
3分も経たない内に全員を平伏させた嵐は、歯応えのない連中に向かって言い放った。
「お前ら、こんなくだらねぇことのために俺を呼び出したのか?運転手はどこだ!」
ゴロツキたちは完全に戦意を喪失しており、撃ち抜かれた手を押さえながら恐れ慄いている。すると、奥から嵐を連れてきた運転手が拍手しながら現れた。
「お見事です。コードネーム"嵐"さん。このような茶番に付き合わせてしまい申し訳ありません。私は防衛省、総務課の樟葉と申します」
樟葉は茶番と言ったーーそう、このゴロツキたちは嵐の実力を見極めるためだけに監獄から出された死刑囚だった。樟葉の背後から更に警官たちが現れ、ゴロツキたちを連れてそそくさと裏から出て行ってしまった。
「ほんとに茶番だな…勘弁してほしいぜ」
「貴方の輝かしい経歴を見極めたかったのです。お手を煩わせて申し訳ありません。それでは、場も片付いたことですし、面談を始めましょうか。どうぞ、お掛け下さい」
「いいや、結構。死刑囚といえど、人間だ。あんな人権を無視したやり方で人を試すような組織に自分がいるのかと思うとゾッとしたぜ。悪いが、帰らせてもらう」
嵐は苛立った様子で倉庫から出て行った。これまで暗殺者として多くの者を葬ってきたが、今は殺しで解決する方法に抵抗を感じている。彼の中で何かが変わろうとしていた。政府も暗殺組織が必要ないという判断に至ったからこそ、JACKAL解体という結論を出したのだろう。平和を維持するための新しい手段、抑止力を模索しなければならないーー嵐は覚悟を決めた。
そして、時は流れその日はやってきた。
9月30日午前ーーJACKAL最期の日。滋賀県近江八幡市、もぬけの殻となりバリケードが張られ封鎖されたJACKAL総本部前には、一条の呼び掛けでJACKALの生き残りのエージェント達が集まっていた。今も壮絶な戦いの爪痕が残る総本部は、明日から解体工事が始まり最終的には売地になるという。
「皆、久しぶりだな。今日は忙しい中よく集まってくれた。感謝する」
「アキラちゃん、みずくさい事言わないでよぉん。古巣の最期くらい、そりゃあ顔出すわよぉ〜」
「ねぇ、カレンちゃん。輝羅くんと付き合い始めたってホント?」
「え、ええ、まぁ…そ、それより!あずささん…その口調はどうされましたの…?」
長き片想いが報われ、今日は惚気話に花を咲かせるつもりでやって来た七条であったが、四条の180度ひっくり返したキャラ変ぶりに今はそれどころではなかった。
「うん、もう私もいい歳だし、落ち着こうかなって。それに彼がしおらしい子が好きって言うから…」
全員の視線がある男に向けられる。隅の方でバリケードにもたれかかって煙草を吸っていたその男は、視線に気付き、少し顔を紅潮させた。
「ちょ、な、何見てんだコラ!こっち見んな!!」
「アイツとは犬猿の仲だと思っていたが、そうではなかったのだな。だが私もあずさはその方が良いと思うぞ」
「うむ、妾も同意見じゃ。で、那月はそっちの方面はどうなのじゃ?お主ほどのベッピンなら周りの男が放っておくまい?」
「いや、私はまだまだ精進の身。色恋にうつつを抜かしている余裕はないさ」
「泣く子も黙るNINE'zから2組もカップル成立とはな。職場れんあ…いや、元職場恋愛か。羨ましい限りだぜ。この俺が九条だけは落とせなかった…それだけにJACKAL解体が悔やまれる」
「キョーゴク、彼女いる。浮気ダメ。ゼッタイ」
「いやだから、何で薬物乱用防止のキャッチコピー風なんだよ!口数少ないからって、お前さてはちょっとでも目立とうと考えてるだろ」
「ところで京極、嵐は来ていないのか?」
この場に集まったのは二条を除いたNINE'zと京極の9名だけだった。こうして皆が無事でいる1番の功労者と言っても過言ではない嵐の不在。全員が最初から気付いてはいたが、口には出さなかった。
「ああ、あいつは……」
2か月半前の防衛省から面談に呼び出された日、嵐は山奥の廃倉庫から出て、そのまま恋人である時代葵の元へ向かった。
「葵…ごめん。俺、欧州へ行く。いつ戻ってこれるか分からない。だから……」
「そっか…うん。いいよ。やりたいことが見つかったんだね。私のことは気にしないで」
そう言って後押しの言葉を口にした葵は、嵐の視線を避けるように伏目がちで、鼻をすすっていた。
双子の妹だった祇園の犠牲を乗り越えて掴んだ幸せな日々。それを今ふたたび手放そうとしている。それほどの覚悟なのだろうーー葵はそんな嵐の覚悟を察して気丈に振る舞ってはいたが、抑えきれない思いが溢れ出てしまっていた。
「本当に…ごめん…」
「……待ってる。気を…つけてね」
嵐は葵を強く抱きしめ、耳元に絞り出したような声で返事をすると、すぐに離れて振り返ることなくその場を去っていった。
「う、うぅ…うっ……いってらっしゃい」
前を向き、最後まで見送った嵐の姿が見えなくなると、その場で泣き崩れるのであった。
3年後ーー
2031年10月某日ーー都内港区、表参道の都市銀行。
「全員死にたくなかったら両手を頭の後ろ回して跪け!!」
複数名の目出し帽を被った男たちがショットガンを手に行員を脅迫し、店の出入口を封鎖するのにシャッターを下ろさせ立て篭もり始めた。
「…ったく。そういうのはもっと大きな支店でやれよ。財布が軽くてちょっと立ち寄ったら、これか…」
肩ほどまである長い黒髪に180cmを超える長身、黒縁の眼鏡をかけた男は大量のコーヒー豆の袋が詰まったエコバッグを手に、天を仰ぎ嘆いていた。
「おい!そこのデカいメガネ!!跪けって言ってるだろ!!」
「その言い方だと眼鏡が大きいみたいじゃねぇか…あーはいはい、わかりましたよ…チッ。包丁でも携行しておくべきだったか」
ぶつくさと不満を垂れながら長身の男は地面に膝をつけようと屈むと、店の外から、けたたましいサイレンの音とともに車が何台も停車するのが聞こえた。そして、拡声器によるお決まりの台詞を言い放つ警官。警官が口上を述べている間に、店内にいた行員と客は全員ロープで縛られた。
「俺いつも思うんだけどさ、包囲して、武器捨てて、出て来い…って要求しすぎだよな?お前らだって命張ってやってるのにさ、何の見返りもなしに3つも要求してくるんだぜ?強欲かよ!ってな」
「オイ!デカ眼鏡だまってろ!!」
「だから眼鏡はデカくねぇだろ!!」
強盗団のリーダーらしき男が店の外から見えるウインドウディスプレイ内にある投資PR用のデジタルサイネージに映し出された。
"我々は宗教団体【八岐狐】だ。要求は3つ。府中刑務所にいる同胞を全員釈放すること。そしてその自由になった同胞を乗せた護送車をここに用意すること。最後に、警察庁は我々の布教活動を今後一切、阻害しないこと。以上だ!今から1時間経つごとに1人殺していく。急いだほうがいいぞ?"
「ちょ、お前ら!キツネなら増やすのは尻尾だけだろ!頭まで増やしてどうすんだよ!」
「やかましい!!さっきから何なんだ、お前は!この状況で図太すぎるだろ!!」
ツッコまざるを得ないほどのシュールなネーミングにツッコんだ長身の男は案の定、八岐狐の団員たちに数回蹴られ痛めつけられた。
「図太くてすまないね…こういう現場は慣れたもんで。俺、お前らみたいなのを駆除してた元・暗殺者だからさ…」
何度蹴られても眼鏡の奥にある眼光の鋭さは増すばかりで、その異常な様子に団員の1人は怯み、別室にいるリーダーに報告した。
「なに?元・暗殺者?それってまさか…数年前に解体された防衛省の…。そいつは今すぐ殺せ。危険すぎる」
戻ってきた団員の1人が長身の男に向けてショットガンを構えた。しかし、銃口を目の前に突き付けられてもまだ平然としている。
「ボスに殺せって言われたのか?賢明な判断だな。俺の身体が自由になったら、お前らは必ず全員死ぬ。さあ、身動きが取れない今がチャンスでーす!」
男の挑発にいきり立った団員はショットガンの引き金を引こうと指をゆっくりと動かす。その時、壁際で人質として縛られていたはずの女性客の1人がロープを抜けて立ち上がった。
「は?どうしてロープが!?」
女の異変に気付いた団員が銃を構えるよりも先に、女は銃らしき物を構え撃った。しかし、銃口から飛び出したのは弾ではなく、極細のワイヤーに繋がれた針だった。
「は、針?…ナメてんのか!!」
刺さった針を気にも留めず女を撃とうとしたが、男の全身に強烈な電流が流れ、白目を剥いて卒倒した。
「運が悪いと死ぬかもしれないくらいの強力な電流だから、ナメないほうがいいよ」
長身の男に銃口を向けていた団員を含め、その場にいた団員すべてが女に襲いかかる。彼女は早撃ちのような動作で、撃たれる前に次々と団員に針を打ち込んでいった。そして、団員全員が白目を剥き終えた時、店の外のシャッターも上がり始めた。
「ボスを捕らえた。そっちも終わったみたいだな。任務完了…か……ん?」
別室にいた犯行グループのリーダーの首を掴みながら、男が出て来た。リーダーは顔の原型を留めていないくらい腫れ上がっている。白目を剥いて気絶している団員たちのところにリーダーを放り投げると、男は長身の男と目が合ったーーどこか見覚えのある顔だ。
「京極!?」
「嵐っ!?」
2人の声が重なる。それを聞いた女もこちらに寄ってきた。
「うわ!ホントだ。京極さんじゃん。ひっさしぶり〜」
シャッターが開き切って、外では今にも警官たちが突入してきそうな勢いだ。
「とりあえず、ここにいたら面倒だ。美波、行くぞ」
嵐と美波はこの場から離脱するために出て行こうと裏口へ向かう。京極もコーヒー豆を持ってとりあえず一緒に脱出することにした。
裏口を出て路地を進んでいき、近くに停めてあったランボルギーニ・ウルスに乗り込む2人。
「ウルス…だと。お前らブルジョワかよ!」
後を追ってきた京極は2人が乗り込んだ超高級車に唖然としている。ひとまず後部座席に座り込むと、すぐに発車して表参道を走り抜けていく。
「京極さん、相変わらず見た目チャラいね〜」
「やかましい…ていうか、お前ら何してるんだよ。警察から逃げたってことは防衛省関係か?」
「いや、簡単に言えばビジランテ…かな」
その後、青海ふ頭に到着し3人は積もる話もあるということで、ひと息つくことにした。
「ビジランテ…自警団みたいなものか?」
「まぁそんなとこ。俺たちは私設武装組織って名乗ってるけどな」
嵐の話によれば、右京と美波が英国に渡った後、嵐も同じく英国秘密情報部ーーMI6に入ったという。そこで3人は欧州全域にて多岐にわたる任務で諜報員としてのノウハウを学び、基礎戦闘力を上げた後、右京が先に退所した。そして日本に戻り、私財で組織を設立。そこに続いて退所した嵐と美波も加わった。小規模の組織ながら、武装開発、情報操作なども行なっているという。
「右京の組織だと!?犯罪組織じゃないだろうな…」
「違う違う。まぁ、政府公認じゃねぇから表立って活動はしてないけどな。さっきからコーヒーの香りがプンプンするけど、京極はマジでカフェのマスターしてるのか?」
「ああ、テナント家賃の振り込みに立ち寄ったら、あのザマだ。でも、美波ちゃんなんて客として紛れてたが、どうしてあの銀行にいたんだ?」
「ああ、頭のおかしな宗教団体が近々、警察に喧嘩売るって情報を掴んでたからな。団体の本部付近で哨戒してたら、団体さんが入っていくのが見えたから、美波をすぐに潜り込ませた。俺はその後、裏から入ってリーダー格を片付けたって訳さ」
「ちなみに、京極さんのお店は繁盛してるの?もしよかったら、そこでお茶しよーよ!」
「客はリッチな爺さん婆さんばかりだがな。まあそれなりには儲かってる。来るか?」
再び表参道まで戻り、車をコインパーキングに停めてお邪魔することにした。扉を開けると店内は焙煎したコーヒーの芳ばしい香りが立ち込めていた。テーブル席とカウンター席を合わせて15席ほどで、木製の調度品が目を引く純喫茶風の店だ。カウンター越しには女性が丁寧に湯を注いでコーヒーを淹れていた。
「えっ!?真希さん!?」
カウンターにいた女性は京極の恋人であり、警視庁捜査一課の『鴉 真希』警部補だった。その敏腕刑事が白ブラウスに焦茶色のエプロン姿で立っている。
「あら、嵐くん。久しぶりね」
「真希さん…どうしてコーヒー淹れてんすか。もしかして、刑事辞めた?!」
「ええ、そうなの。実は昨年、寿退社してね…今はここでバリスタをしているわ」
「こと…ぶき……えぇぇーーーっ!?」
「フッ。そういうことだ…だから祝儀をよこせ」
「嘘だろ…京極がケッコン……子供か?」
「デキ婚じゃねぇよ。失敬な!愛する女を守るため添い遂げる…男としての責任を果たしたまでだ」
「あんたの口からそんな言葉を聞く日が来るとはな…時の流れとは恐ろしいものだぜ…」
嵐と美波はカウンターに腰掛け、コーヒーを飲みながらプロポーズの時の話など、京極をネタにした話で盛り上がった後、冷める前に飲み干した2人は立ち上がった。
「真希さん、ご馳走様でした。コーヒー美味かったです。俺たちはそろそろ次の任務があるから行くよ」
「そうか。お前は相変わらず忙しいな。まぁ、怪我には気をつけて頑張れよ。いつでも来るといい。次から金はもらうけどな」
「気が向いたらな」
そう言って店を出て行った2人の姿を笑顔で見送った京極は、銀行で事件に巻き込まれたことを思い出していた。
(ビジランテ…か)
「涼、顔に出てるわよ。"俺も行きたい"って」
「馬鹿言うな…今日だって、ナマグサ坊主相手に何も出来なかったんだ。俺はもうお役御免だよ」
「あら。そう言う割にはいつも夜中に木刀の素振りしてるわよね?」
「おま…知ってたのか。あれはその、なんだ…だらしない身体にならないよう鍛錬しているだけだ」
「ふーん。まぁ、店のことは任されても問題ないから。悔いのないようにして頂戴」
見透かしたような妻の言葉に京極は顔を赤らめながら、買ってきた豆を片付けに裏の倉庫へと行ってしまった。
「……ふふ。素直じゃないわね」
1年後、都内墨田区ーースカイツリーの展望スペースで起きた立て篭もり事件。
人質となった20代女性2人組を救ったのは、日本刀で華麗にテロリストを無力化した長髪、長身の男だったというーー
一条:一ノ瀬 輝羅 (いちのせあきら)
三条:美木 衛爾 (みきえいじ)
四条:紫乃森 あずさ (しのもりあずさ)
五条:後味 実篤 (ごみさねあつ)
七条:七海 カレン (ななみかれん)
八条:矢嶋 シャヒド 剛太郎 (やじましゃひどごうたろう)
九条:久遠 那月 (くおんなつき)
十条:十川 凛 (そがわりん)
京極:綾部 涼介 (あやべりょうすけ)
嵐:松尾 嵐士 (まつおあらし)




