Chapter.03 ーPandæmoniumー
ここだけの話。
京極はコンビニスイーツ好き←どうでもいい
嵐と京極が敗走する少し前ーー歌舞伎町のとある高級クラブに、日中カフェで時代葵と密会していた褐色の肌の男がアタッシュケースを手にやって来ていた。
「いらっしゃいませ、クラブ・パンデモニウムへようこそ。お客様は当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「ああ、そうなんだけどね〜でも指名したい娘は決まってるんだよ〜"八坂"って娘なんだけど、お願いできるかなあ?」
「八坂ですか…少々お待ち下さい……かしこまりました。ご案内致します。足元にお気をつけて」
案内された店内は全体的に和のテイストが強く、受付から薄暗い廊下を抜けた先には真っ赤な太鼓橋が架かっていた。橋の底には池があり鹿おどしの音が和の演出に一役買っている。まるで屋敷の中にある日本庭園のようだ。橋の上は4階まで吹き抜けとなっており、ガラス張りの天井からは夜空と月明かりが見える。そして紅い照明がところどころ間接照明として灯っていて店内の至る場所に装飾された彼岸花や胡蝶蘭、枝垂藤の花々を照らしていた。百花繚乱の異質な店内はほんの少しのグロテスクさと華やかさが入り混じる混沌とした雰囲気であった。
「こちらでお待ち下さい。まもなく八坂が参りますので」
案内されたのは2階で、吹き抜け部分の東西北3方向を囲む板張りの廊下に面した襖を開けるとそこはワンフロア全体がラスベガスのキャバレーのような造りとなっており、最奥にあるステージから放物線状に弧を描いたフロアには半円状のソファとテーブルが等間隔に置かれている。ステージ上では露出度の高い衣装の演者がポールダンスを披露していた。襖で区切られた先の異界に迷い込んだかのような感覚は、まさに地獄の首都パンデモニウムーー万魔殿の名に相応しい場所だった。
「偉大なる悪魔様にこの身を捧げますはわたくし、本日の供物、八坂美鈴と申します。って、お客さん全身真っ黒やん!本物の悪魔みた〜い」
ここは客を悪魔に見立て、キャストが悪魔の供物として客をおもてなしをする一風変わったコンセプトの高級クラブである。
「吾輩が悪魔?グハハ!」
「ちょ、それ白塗りの!てか古っ!」
和気あいあいとした空気の中、席についた八坂は男にメニューを渡すと、彼はボーイを呼んで迷うこともなく高級な酒ばかりを注文し始めた。
「お客さん、めちゃ太っ腹なんやね〜お仕事なにしてはるんですか?」
「僕の仕事ぉ?色々だけどねえ…こういうこともやってるんだよ」
男は突然アタッシュケースをテーブルの上に置き、ケースを開くと中にはびっしりと詰まった帯付きの一万円札、渋沢栄一が顔を並べていた。そして八坂に近寄りそっと耳元で囁いた。
「君、闇バイトって興味あるう?」
「お、お兄さん、めっちゃアグレッシブやねぇ…ていうか、こんな大金、普通に持ち歩いてて大丈夫なん!?」
「悪魔だからさ…大丈夫。それよりもお〜黙って俺の話を聞け。ここに来る客で京極と名乗っている長身長髪の男がいるだろ?」
先ほどまでずっとふざけたような口振りだったが、声色が突然、低く圧をかけるようなトーンで口調も変わった。八坂は青ざめてドン引きしているが、それもお構いなしに男は話を続けた。
「このケースの中身、前金500万。京極を暗殺できたら更に追加で500万。合計1,000万円だ。一攫千金のチャンスだよ〜」
「は、はあ!?暗殺!?ちょ、アンタ何言ってるん!?無理やって!!」
想像の斜め上をいく危ない話に戦慄していた八坂は耐えきれなくなったのか、取り乱し声を荒げた。しかし、男の視線が正面から下に動くのを見て八坂も同じく視線の先を辿った。テーブルの下で銃口がこちらを向いている。八坂は言葉を失い一気に硬直した。
「ごめんねえ…拒否権はないんだあ。失敗しても成功しても500万ゲットは確定なんだからさ。やってくれないかなあ?」
「きょ、脅迫やん…そんなん500万もろても警察に捕まったら意味ないし…」
まさか本物の悪魔がやって来て、その悪魔から脅されるなど夢にも思わなかった八坂は涙を浮かべながら鼻声で呟いた。
「大丈夫ダイジョーブ!そこはちゃんとアフターフォローするからさ。人目につかない場所でバレないようにやってさえくれたら、完璧!あとは1,000万円で豪遊しちゃいなよ〜」
口調が再び戯けた感じに戻る。情緒不安定なのかと思えるくらい男の声の抑揚は統一性がなかった。男はアタッシュケースを閉めて、急に八坂の手を引いてトイレの方へと連れ出した。
「な、なになに!?なんなん!?何するん!?」
「何もしないから安心しなよ。今から暗殺のレクチャーをしてあげるからさ〜黙ってついておいで」
男性用トイレに連れ込まれた八坂は、個室の中に引き込まれて扉を閉められた。男は懐から取り出した銃を見せ、基本的な構造や安全装置の解除の仕方などを淡々と語った。
「君は素人だし、狙って撃っても絶対に外れちゃうだろうからさあ〜抱きつくフリしてゼロ距離になった状態で、銃口を胸に押し当ててトリガーを引く。それだけ。簡単っしょ?」
八坂はもう諦めたのか黙ったまま死んだような目で説明を聞き、頷いた。そんな八坂のテンションの低さなどお構いなしで説明を終えた男は八坂を先にトイレから出させた。
「一緒に出るところ見られたら、キミが枕営業してると思われちゃうからね〜。先に席に戻ってていいよ〜」
その後、時間差で席に戻った男はザルなのか、酔った様子もなく高級な酒を注文し続けて、合計133万円の支払いをキャッシュで済ませた。
「このケースの中に"オモチャ"も入れとくよ。Amazonみたくキミの部屋の玄関前に置いておくからねえ〜帰ったら忘れずに回収しておいてねえ〜」
冗談じゃない。あんな大金と物騒なものを玄関の前に置くなんて不用心どころの話じゃないーー焦った八坂は、本日のノルマを余裕で達成したのを理由に早退して急ぎ帰宅した。
(ていうか、あの人、どうして私の家知ってるのよ…マジで怖い……)
お台場の駐車場から逃走して本部へ向かう道中、嵐と京極は険悪なムードに包まれていた。敵に銃を向けられている最中、放心して弱みを見せたことに対して京極は嵐を激しく非難した。
「なんだよ、あのポンコツっぷりは。女子供に容赦をするなとは言わないが、あれはないだろ」
「……めん………った…」
「は?なんだよ。聞こえねぇよ」
嵐の力ない声は京極をさらに苛立たせた。"暗殺者たる者、情に流されずクールであれ"が信条である京極にとって、嵐の醜態は見るに堪えないものだった。窓を全開にして煙草に火をつけ、ステアリングを握る指を小刻みに叩きつけている。
「……昔、任務で誤射して死なせた俺の彼女だった…」
煙草を灰皿に置いて缶コーヒーを飲もうと口に含んだ京極は窓の外にそれを一気に噴き出し大いに咽せた。
「ゲホッゲホッゲホッ!は、はあ!?どういうことだよ!?」
嵐の思いもよらないカミングアウトに、京極の苛立ちは驚愕という感情に丸ごと飲み込まれた。ツッコミどころが多すぎて情報が整理できない。
「そのままの意味だよ。敵を撃とうとした俺の弾が彼女に命中した。そして死んだ…はず……だったんだけどな…」
エージェントの誤射による民間人の死亡事件ーー京極は記憶しているこれまでにJACKALが引き受けた事件の記録を辿った。該当する事件が1つあるーー
「まさか…野外フェスでのアーティスト暗殺事件…じゃあ、あれは時代葵なのか?」
「ああ、お台場で開催されたフェスでのことさ。"女に気をつけろ"って長官の助言、まんまと当たっちまったぜ…ったく」
京極は言葉を失った。自らのミスとはいえ恋人を失っただけでなく、その死んだはずの恋人が銃を向けてきたのだから、その困惑は相当なものだと嵐の気持ちを察した。
「……さっきはすまなかった。昔の女なら、そりゃ撃てねーし動揺もする。俺がお前の立場だったら動揺どころか化けて出たのかと思って失禁するぜ」
「……いや、失禁すんなよ」
嵐の気持ちを察しようと善処した京極であったが、空気は読めてなかった。落ち込んでいそうなものだったが、全力でスベった下ネタにツッコミを入れる元気があるなら、ひとまずは大丈夫そうだと京極は少し安堵した。
「それにしても、またお前の車回収できなかったな。明日、取りに行くか?」
「ああ…そうだな。さすがに同じ場所で3度目の襲撃はないだろうし、昼にでも1人で行ってくるよ」
こうして深夜の望まぬ邂逅を経てJACKAL本部に戻ってきた2人はそれぞれの部屋に帰っていった。
リビングのテーブルに車のキーを置き、冷蔵庫からある物を取り出してソファに腰を下ろした。
(今日はさすがに濃密な1日すぎて疲れたな…)
京極はローテーブルに置いたキンキンに冷えた巨大なプリンをスプーンで掬い上げて口に運んだ。
(それにしても、時代葵か…まさかあのblUe.が嵐の元恋人だったとはな。テレビで見た記憶ではあんなにケバくなかったような気もするが…)
スプーンで次々とプリンを口に運びながら、様々な考えを巡らせていた。あの女はそもそも時代葵、本人なのか。本人であることを前提とすれば、彼女はなぜ生きていたのか。そして、なぜアーティストだった彼女がマイクではなく銃を持ち自分たちを襲撃してきたのか。とにかく不可解なことだらけであった。1つずつ疑問を解消していくために裏を取る必要がある。
プリンを完食し、明日の予定を決めた京極は一服した後にシャワーを浴びて床に就いた。
ーー葵、どうして……




