Chapter.21 ーblUe.ー
これにて第一部は完結です。
時代葵のアーティスト名「blUe.」ですが
これは be love U(you) ever. =いつまでも愛してる
という言葉の頭文字をとりました。くせぇー
「なんだよ…改まって」
「葵ちゃんを救えるかもしれない…って話だ」
あまりに突拍子もない話に嵐は立ち上がった。京極は顔色ひとつ変えず真っ直ぐ嵐を見つめている。
「"おやゆび姫"を俺の顔の前に出すな。俺にそういう趣味はない」
「やかましい!誰がおやゆび姫だ!!あんたのが大きすぎんだよ!…んなことどーでもええわ!!それより!なんだよ、葵を救えるかもって…冗談にしては笑えないぞ」
キレのあるツッコミをみせた嵐であったが、やはり少し恥ずかしかったのかツッコミ終えると静かに湯船に浸かりなおした。
「葵ちゃんと祇園ちゃん、2人を愛してしまったお前には酷な話かもしれないが…聞く覚悟はあるか?」
「あ、ああ…聞かせてくれ」
しかし、勿体ぶるように部屋に戻ってから話すと言って、京極は立ち上がりタオルで股間を何度もしばきながら浴場を出て行った。
(なんだよ、あれ…新手の健康法か…?)
部屋に戻るとすぐに夕食が運ばれ始めた。いつ話が始まるんだと嵐はヤキモキしていた。テーブルを埋め尽くすほどの伊勢海老や刺身などの海鮮、そして肉料理。ご馳走が次々と運び込まれてくる。久方ぶりに目にした贅沢な晩餐がすべて並び終わる頃には嵐の"ヤキ"や"モキ"は完全に何処かへおでかけしていた。
ここ数日、完全に心が病んでいた嵐であったが、さきほどの京極の"葵が助かるかもしれない"という明るい話題で幾分かは気持ちが晴れたのかもしれない。祇園がこの世を去ってからほとんど食べ物を口にしなかった影響もあって、今は相当腹が減っているのか嵐は一心不乱に貪り尽くし、数分で完食すると煙草に火をつけようやく落ち着いた。2人は窓際のテーブルと椅子のある広縁に移動し話を始めた。
時代祇園は右胸を撃たれ死亡した。つまり、心臓は無傷であること。そして双子の姉、時代葵は生きてはいるが心臓を損傷し機能が低下しているため意識不明であるということ。一卵性の双子であるため、臓器の親和性は高い。つまり、心臓移植を行なえば、時代葵は意識を取り戻すかもしれないということだった。
「心臓…移植……」
死亡しているとはいえ、祇園の亡骸の胸を裂いてそこから心臓を取り出す。頭では理解できてもやはり受け入れ難い内容だったのか、嵐はひどく動揺している。
「祇園ちゃんは葵ちゃんがそういう状態だってずっと知っていたんだ。葵ちゃんを右京に人質に取られていたからこそ、ジラフを通してお前を殺すよう脅迫されたんだと思う。ただ、お前に会ってからの数日で自分が死ぬかもしれないと見越していたのか、ドナー登録をしていた。これがどういうことか…わかるよな?」
「な、なんだよ…それ。ケリをつけるとか言っていたのに、葵を守るために最初から自分が犠牲になるつもりだったのかよ…なんなんだよ!祇園!!お前ってやつは……」
それから2週間後ーー6日後に皇居、松の間で行われる予定の秋の叙勲の親授式。そこに参列する政財界のVIPや天皇陛下を狙ったテロを企てているグループがいるとの情報を掴んだJACKALは嵐と京極を派遣。2人はアジトと思われる神奈川県横浜市の倉庫街に来ていた。
「久々の大仕事だな。情報局の話では、テログループはおよそ20人程度、第7倉庫に潜伏してると聞いている。さっさと片付けて中華三昧だな」
第7倉庫の扉を静かに開け、中の様子を伺う。奥の方から談笑する声がかすかに聞こえる。銃を構えてゆっくりと物陰に隠れながら奥を目指していると、嵐の携帯電話が鳴り響いた。
「アホか!マナーモードにしとけよ!!」
京極に叱られながら電話を見ると、時代葵が右京の自宅から移送された先の病院からだった。京極を無視して電話に出て相手の話を嵐は黙って聞いている。
「お、おいおい、無視か。バッチリ気付かれたぞ。来るって。おい、早く切れって」
「悪ぃ京極。予定ができた。あとは任せた!」
電話を切って嵐は倉庫を飛び出して行った。
「え…えーっと……ええぇぇぇっ!?」
モブらしく誰だコラ!などと威嚇しながら迫り来るテロリストたち。その場に1人取り残された京極は真っ向から立ち向かうのはさすがに無謀すぎると慌てて外に出たものの、嵐の姿はもうどこにもなかった。
「フッ…姫が魔女の呪いから解き放たれてお目覚めってか。仕方ない。今日はちょっと本気出すか…」
倉庫を出た嵐は全力で駆けていき、途中でタクシーを捕まえて都内の時代葵がいる病院に向かった。
1時間後ーー病院に着いた嵐は受付嬢の注意を無視して院内を必死で走って葵のいる病室に向かった。扉の前に着き、呼吸を整える。意を決して扉を開けた。部屋には看護師がベッドを覆うカーテンの外で待っていた。
「すみません、お電話頂いた五十嵐です。時代さんが目を覚ましたと…」
「はい、先ほど意識を取り戻されました。まだ言葉は覚束ない様子ですが、特に脳への後遺症などもなく容体は安定しています…会ってあげてください」
おそるおそるカーテンを開ける。まだ人工呼吸器をつけたままだが、葵の目は開いている。嵐の姿が視界に入ったのか、視線だけがこちらを向いた。
「あ、葵…葵!よかった…本当に……もう会えないかと……」
感極まって瞳から涙が溢れ出す。それを見ていた葵も目が潤みだす。
「あ、ああひ…ふ…ん……」
4年以上も生死の境目を彷徨っていたのだ。舌の筋肉がまだ思い通りに動かないのも無理はない。言葉ははっきりと話せないが、葵は嵐を見てぎこちない笑顔を見せた。葵の笑顔が目の前にある。嵐は涙を止めることが出来なかった。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で嵐も笑顔をつくり、葵の手を優しく握った。
「また……逢えたな。生きててくれて…ありがとう。ありがとう…本当に」
京極と鴉の尽力の甲斐もあり、時代葵は奇跡的に意識を取り戻すことが出来た…祇園という屍を越えて。もうしばらくは入院したまま、今後は身体機能回復のためのリハビリを行なっていき、4年という歳月の空白を埋めていく。嵐はこの時、もう二度と失うまいと葵を守り抜くことを心に誓うのであった。
「それじゃあ、また来るよ」
嵐は看護師にお礼を述べると病室を後にした。いつも浮かない顔をしていた嵐が4年以上ぶりに、晴れやかな表情を見せた。明日渡せるようにと嵐は帰路の途中で入院生活に必要な物や果物を買い、日が落ちた頃に本部に帰ってきた。
「お前なぁ…あんな超直前のドタキャンがあるかよ…王将でチャーハン頼んで、出来上がったチャーハンがカウンターに置かれて、そのチャーハンを店員さんがこちらに運ぼうとしたタイミングで"あ、やっぱ天津飯で!"くらいのノリだったじゃねぇかよ」
「チャーハンチャーハンうるせぇな…悪かったよ、ほんとに」
地上のゲートを通って本部に入ったところで待ち構えていたのはボロボロの服で埃にまみれた京極だった。だがどうやら、怪我はしていないらしい。
「まぁ、大それた計画を立てていた割にはたいしたことのない奴らだったからよかったが…」
嵐が横浜の倉庫街を去った後、結局、京極は単身で20数名のテロリスト達全員を相手した。アジトに置かれていたテロリスト達の手榴弾からロケットランチャーまでありとあらゆる火器を利用して、見事に全員を消したが、無茶をしたせいで任務が終わる頃には第7倉庫は使い物にならないくらい損壊していたという。
「……で、葵ちゃんには会えたのか?」
「ああ、元気そうだった。ありがとな」
久しぶりに見た嵐の笑顔に、京極は今日のことは水に流すことにした。ただ何の詫びもなくというのも納得いかなかったのか、嵐の肩に腕を回して強引にメシを奢れと再び地上に連れ出して、そこそこ値の張る店に連れて行ったとか行かなかったとか、奢らされたとか奢ってもらったとかーー
数日後ーー鴉警部補の弛まぬ捜査の甲斐もあり、右京が起こしてきた余罪なども明らかになった。
防衛省の防衛政策局に勤めていた右京 仁は、シンガーソングライターの時代 葵のメジャーデビュー当時からのコアなファンであった。しかし、その愛は次第に偏って歪になり行動がエスカレートしていった。ある日、時代葵の自宅を見つけ出して毎日のように家の近くで張り込んでいたところ、男と共に家に入っていくのも目撃した。その男は朝まで帰ることはなく、時代葵への猜疑心が膨れ上がって右京の怒りに火がついた。自力で男の素性を調べ上げた結果、防衛省が管理するJACKALのエージェント"嵐"だということを嗅ぎつけた。右京は神に感謝した。防衛省のエリート官僚である彼からすれば、JACKALのエージェントなど簡単に捻り潰せるからだ。そこで右京は忌まわしきあの事件の計画を思いついた。
夏にお台場で開催される野外フェスへの参加が決まっていた時代葵。そこでターゲットの名を出さずに殺害予告を送りつけて主催者やイベントオーガナイザーの不安感を煽り、誰が狙われるかわからないその警備を警察よりも腕の立つJACKALにつかせるよう仕向けた。そしてそこに嵐が必ず配備されるように。時代葵の出番の時に彼女の目の前で嵐を殺害しようと企んだのだ。しかし、計画が成功しようと失敗しようと自身が罪に問われないようにする必要があった。当日、右京と同じ格好をさせたベトナム人密入国者のファム・ビン・ミンには簡単な闇バイトと称して現場付近で待たせていた。ステージで発砲してすぐに右京は隠れて着替えた。そして、ファムには逃げるよう電話で指示を出した。そうなれば当然、エージェントたちは右京ではなくファムを追う。結果、追い詰められたファムはその場でエージェントに射殺された。
だが、民間のフェスに防衛省の特務部隊が警備についていたなどと公表はできない。JACKALお得意の情報操作により、マスコミには警察が犯人を捕らえ逮捕したという情報を流したのだ。
しかし、ファムと一緒に密入国していた親友のグエン・スァン・フックーー後のJACKAL内部監査部BEAST'sのエージェント、コードネーム"麒麟"は右京からファムが嵐というエージェントに射殺されたと騙し、彼の死を知らせた。ここで、嵐の殺害に失敗した右京は自身の手駒としてグエンを暗殺者に育て上げ、3年後にエージェント"麒麟"としてJACKALの中に嵐を狙う専属のスパイを置くことに成功する。
右京とジラフは嵐を心身ともに傷めつけて殺害するための計画を半年以上かけて熟考し、ようやくある人物に目を付けた。姉の死後、海外に渡りNYで警官として働いていた時代祇園である。右京は実は姉の時代葵が生きていることを伝え、祇園を日本に帰国させた。恋人の嵐という男が葵を殺したことを話し、右京は嵐に復讐するよう唆したが、祇園はそれを拒否。NYで警官として勤めていた正義感の強い祇園はどんな理由があろうと殺しはしないと断り、再びNYに戻ろうとした。このままでは計画が破綻してしまうと焦った右京は葵を人質にとり脅迫した。仕方なくその要求を受け入れた祇園であったが、嵐のことなど放っておいて、右京の隙を見て葵を助け出そうと考えていた。だが、ジラフという監視役を付けられた祇園は、いよいよ嵐を本当に狙わなければならなくなったのだという。
すでに死亡しているが、右京には2件の殺人教唆と殺人未遂、そして詐欺。これらの罪が暴かれたのだった。
一方、トップが立て続けに不在となったJACKALでは新たな組織改変が求められ、様々な人事異動が行われた。
新長官には秘書室筆頭であった梅津氏が就任。そして、秘書室で梅津の補佐を担っていた深草美雪が繰り上がって秘書室室長となった。内部監査部は部署としての存続が困難なため、解体。それに代わる組織内の違法行為者を罰するための処刑執行役として、選りすぐりの9名のエージェントのみによる部隊"NINEz"を編成。ナインズの筆頭には元BEAST'sの"青龍"改め、コードネーム"一条"が就任した。尚、直接的な違法行為はなかったものの右京に協力していた内部監査部の山城は懲戒解雇となった。
また大きな変更点としては、現状は幕張新都心のJACKAL本部の管轄は日本全土であるが、この本部を分断。犯罪件数のより多い西日本に総本部を移転させ、東日本はJACKAL関東支部"SECOND(Special Eastern CONcerted Division)"として、運用していくことが決定された。
関東支部となる幕張の本部に関しては、未だにレインメーカーの複数仕掛けられた爆弾が解除できないというのも理由の1つで、これを機に移転することとなる。移転先は群馬県高崎市にある旧岩鼻陸軍火薬製造所跡地である。昭和の戦時中、火薬、火器などの製造工場として稼働していた場所であったが、時代の流れとともに衰退し廃墟と化していたところを防衛省が大々的なリノベーションを行ない、これまでの危機を顧みて鉄壁の要塞へと造り替えた。しかし、爆弾を仕掛けられ撤退する幕張本部からの移転先が、皮肉なことにダイナマイト発祥の地でもある岩鼻町というのは、単なる偶然である
西日本の総本部に関しては、滋賀県近江八幡市にある標高198mの安土山一帯に基地を設置した。ここはかつて乱世の武将、織田信長が建造した日本最古の天守閣を持つ城と言われる安土桃山城があった場所である。現在は石垣が残るだけの跡地となっているが、この場所に現代建築の粋と最新技術を結集して外観はスタイリッシュに、内部は東日本の本部同様に堅牢な要塞として建造が進められた。この2つの本部に共通して言えることは、人口が極端に少ない土地であるということ。大規模な襲撃を受けた場合でも被害が市井に及ばないようにする為の配慮であった。
この2ヶ所の本部を起点に、これまで以上に凶悪犯罪やテロに対しての抑止力を強めていくことがJACKALの命題とされた。
ところで、今回の右京に関わる件で活躍した嵐と京極も防衛省からナインズに推挙されたが、2人はそれを辞退。今まで通り、現場での任務を望んだ。
「まったく…ナインズだかツービーだか知らんが、同僚を裁く任務とか誰が好き好んでやるんだよ…悪趣味すぎるだろ。給料が倍になろうがまっぴらごめんだぜ。嵐もそう思うだろ?」
「いや、ナインズだから。ツービーって何だよ。でもまぁ、俺も追われる側を経験した身としてはたしかにちょっと気が進まないかな。現場で悪を叩くのが俺の性に合ってる」
それから1年の月日が流れたーー
2028年某日
"それでは、次のコーナーは注目のYouTubeチャンネルにクローズアップする『New tuber』です!今日クローズアップするのは、彗星のごとく現れたVTuber!ブルミラこと、蒼井ミラージュさんです!圧倒的な歌唱力と、水色の髪に紅い瞳がキュートなブルミラさんはなんと!5年前に若くして亡くなった幻のアーティスト『blUe.』さんの'生まれ変わり'という触れ込みで一気に注目された転生系VTuberなんです!転生系というのは伊達じゃありません。楽曲のカバーも完璧でまさに『blUe.』さんそのもの!ブルミラさん、本日はよろしくお願いしますね!"
ネットテレビ局で紹介されたことを機にさらに人気が加速した蒼井ミラージュ。彼女こそ、blUe.こと時代葵その人であった。意識が戻ってから3ヶ月後には退院し、再び歌いたいという彼女の想いから、ブランクを埋めるための半年に及ぶレッスンを経て、アーティストとして新しい道を歩み出した。もちろん、時代葵であるという正体は隠して。
雨の夜に散った彼女の歌は、蜃気楼が見せる幻のように今ふたたび多くの人を魅了するのだった。




