Chapter.13 ーSaviorー
創作物の老人の口調って〇〇じゃのう、とか〇〇じゃわい、みたいなのをよく見かける気がするんですけど、実際リアルでそんな口調のお爺さん見たことないよね、、、
遡ること1時間ほど前。文京区にある時代葵が借りている部屋のマンションで嵐が警察に通報した直後のことーー
絶え間なく唸りを上げているエンジンの音と、等間隔で訪れる段差を踏んだような揺れ。五感で感じる情報から今現在、車で高速道路を走っているのだと把握した時代葵は気が付けばこの場所にいた。彼女が最後に覚えていたのは、部屋の玄関が燃えており嵐がバルコニーに避難させてくれたこと。それから後の記憶がない。そして彼女は今、身動きが取れないよう手足を拘束され、目隠しまでされていた。なんとか拘束を外せないか抗ってみるが、結束バンドのようなもので頑丈に縛られており外れそうにもない。
「おやおやあ?姫さまのお目覚めかな〜?」
聞き覚えのある声。この不快に感じる口調と声はアイツだ。
「ジョーカー、アンタなの?どうしてこんなことを!」
「だってさあ〜仕事もしないで標的とヤっちゃったりしてるぢゃあ〜ん。オジサン、さすがに看過できなくなっちゃってさあ〜。ちゃんとお仕事してもらうためにぃ〜やる気の出るモン見せてあげよ〜と思ってさ!」
男は口調こそふざけているが、言葉の奥に棘がある。指摘された通り、時代葵は自らの甘さを痛感していた。どうして自分は標的である嵐とあんなことをしてしまったのだと。
「そう…ね。ごめんなさい。次こそ必ず仕留めるわ。だから…」
「当たり前だろ。お前、自分の立場が分かってないようだな。これは命令だ。失敗したらどうなるか……分かってるだろ?」
別人と話しているのかと錯覚するほどの相手をねじ伏せるかのような低く威圧的な声色。時代葵は戦慄した。
「だから失敗しないよおにぃ〜これから見せるモノを見て、ガンバッテほしいなって!テヘ!」
時代葵はこの後、何を見せられるのか薄々勘付いていた。きっともう、縋るように決意を示して見せてもこの男は聞き入れてくれはしないだろう。自らが招いたツケが回ってきたのだと、彼女は諦めて口を閉ざした。
正午を過ぎた頃、嵐はやはり我慢できなかった。鴉の忠告を無視してJACKAL本部に乗り込む準備をしていたのだ。裏稼業の人間の御用達の店が日暮里の近くにある。表向きはジェラート専門店だが、店主に会員証を見せると奥に通してもらうことができ、店の裏側では銃火器から刀剣まであらゆる武器を販売している。嵐はボストンバッグに詰め込めるだけの銃火器とマガジン(弾倉)を詰め込んでいた。そんな重い荷物を背負って店を出て、いよいよ本部に向かおうとしていた、そんな時だった。嵐の携帯電話に見知らぬ送信先からメッセージが届いた。
"明日の夜20時、お台場民放テレビ局社屋の屋上で待ってる。そこでアンタを殺すーー時代 葵"
メッセージを見た嵐は目を疑った。拉致されたはずの彼女がどうしてメッセージを打てる状況にあるのか。そして心通わせたと思っていたはずの彼女がなぜ再び死神となることを決めたのか。嵐はすぐに送られてきた先に返事を送ったーー今無事なのか、どこにいるのか、と。
しかし、送信したメッセージはエラーとなり、嵐の疑問は彼女の元には届かなかった。その手に関しては知識がない嵐だが、おそらく海外のドメインを一時的に取得して、そこを経由して送信してきたのではないか、と。そうなると、もはや連絡する手段は残されていない。時代葵と話すためには明日、会いに行くしかないーー命を賭して。
「葵…どうしてなんだよ……」
目下の目的であった時代葵の安否が分かった今、嵐は内部監査部へのカチコミを一旦保留して、重いボストンバッグを東京駅のロッカーに預けた。空いた時間で一度、京極と会って話しておこうとお見舞いも兼ねて病院に向かうことにした。
タクシーで中野区にある東京警察病院にやってきた嵐は、病院の中央玄関口前に立ち塞がっている仙人のような風貌の老人の姿が目に入った。
「ほほう…山城から聞いた通りじゃのう。ここで待っていたら会えると。お主、JACKALの嵐じゃな?」
全身から滲み出るような殺気。どうやらこの老人はこの病院に通院している訳でも、やたらと若者と絡みたがる寂しがり屋のお爺さんでもなさそうだ。
「爺さん、もしかしてビースツか?」
「おお、よくわかったのう。儂はコードネーム"玄武"。いかにも。BEAST'sのエージェントじゃよ。お前さんを捕まえに来たんじゃが…儂は手加減が不得手でのう。うっかり殺してしまうかもしれん。死なんように頑張るのじゃぞ」
(っ!?消えた!?)
言葉を言い終えた瞬間から玄武の姿が見えなくなった。光学迷彩のステルス機のように景色に紛れたのか?いや違う。玄武はその見た目の年齢とはかけ離れた身体能力で高速で移動したのだ。
嵐がそのことに気付いた時にはすでに遅かった。数メートル離れていたはずの玄武が目の前に立っていた。攻撃を避けきれないと判断し、咄嗟に防御体勢に入った嵐であったが、玄武の攻撃は速すぎて見えなかった。ボクサーのように両腕を前面に構えていたが、玄武はすでに少し離れた場所に立っていた。
「爺さん、あんた本当に年寄りかよ。速すぎ…てっ!?な、何!?」
攻撃を受けた感覚はなかった。しかし、両腕に蜂にでも刺されたような痛みが走って痺れ始め、ガードの構えをしていた腕が意識とは別に垂れ下がってしまった。
「残念じゃが、儂は73歳じゃ。あと、お主の急所を両腕ともに突かせてもらった。神経を断ち切ったからのう…しばらくは腕は動かせんはずじゃ」
玄武の言う通り、どれだけ力を振り絞っても腕が思い通りに動かせない。ただ身体にぶら下がっているだけのような感覚だ。白虎、朱雀とは比べものにならない程の使い手だと悟った嵐の頭に"退却"という文字が過る。しかし、玄武はそれを許さなかった。再び目の前に現れた玄武はすかさず足払いで嵐を転ばせた。
「男が逃げることを考えるのは感心せんのう。さて、もう起き上がることも出来んじゃろ?本部まで来てもらおうかの」
玄武は倒れてもがいている嵐の首根っこを掴んで引きずりながら病院の敷地の外にあるタクシー乗り場まで歩いていった。
(くっ、このままでは…)
何とか抵抗しようと脚をバタつかせはするものの、玄武の力に抗うことが出来ずタクシー乗り場に着いてしまった。先頭の扉を開けて待機しているタクシーの後部座席に放り込まれそうになる嵐であったが、そこで事態は急転した。
「そこの爺さん、俺のツレを黙ってお持ち帰りとは些か行儀が悪いんじゃないか?」
声のした方を向くと、そこには入院着で点滴が繋がったままで、キャスター付きの点滴スタンドを持った京極が立っていた。
「きょ、京極!?どうしてここが!?」
「グラビア雑誌が読みたくなって売店に向かってる途中、窓の外からお前の姿が見えたんでな。後をつけてきたんだが…嵐、いくら老人は敬うべきといっても、さすがにそれは……」
嵐を憐れむような目で見る京極。その京極を鋭い眼光で見つめていた玄武が話に割って入ってきた。
「京極…ほほう…お前さんもエージェントじゃな。何か勘違いしておるようじゃから教えてやろう…」
引きずっていた嵐を手放して玄武が攻撃に転じようとした時だった。京極との距離を詰めようと動いたのだろうが、玄武はその手前で何か不自然な転び方をして倒れた。
「なんじゃと!?」
玄武の足にコードのようなものが絡み付いていた。それはよく見ると、京極が持っていた点滴バッグから伸びる点滴チューブだった。
「爺さん、若くないんだから足元には気を付けなきゃな」
「な、なぜ儂が動くよりも先にこんなことが…」
玄武の速さは嵐でさえ目で追えないものだった。それを怪我人の京極はいとも簡単に抑え込んでみせた。
「俺は人一倍、動体視力が良くてな。動き出した時点で足元に投げただけさ」
そんな簡単に言うが、動体視力に見合った反応速度もなければその理屈は通らない。つまり、京極は玄武と同じ速度で動くことができることを裏付けていた。チューブを取り払って立ち上がった玄武は少し警戒しているのか、武術の型のように構えてその場で様子を伺った。
「京極!そいつの攻撃は訳わかんねーけど食らったら麻痺する!気をつけろ!!」
尺取虫のような動きで全身を使ってうねうねと動きながら嵐が警告してきたが、その無様な姿の方が気になったのか、京極は少し嘲笑した。
「笑ってんじゃねーよ!マジだからな!」
「了解。触れられなければいいんだな。簡単な話だ」
「お主、怪我人のわりに威勢がいいのう。次は霊安室行きになっても知らんぞ」
玄武は目にも止まらぬ速さで京極の背後に回り込み、その速さを落とすことなく手刀を京極の首元へ振り下ろそうとした。しかし、京極の首元に届く前で手刀は止まった。いや、正確に言うと京極が止めた。玄武の腕を4輪のキャスターの間に挟まるように点滴スタンドを棍棒のように扱い動きを止めたのだった。
「危ない危ない。俺の相棒(点滴スタンド)を連れてきてなかったら即死だったな。そこで地面に這いつくばっている相棒よりよっぽど頼りになる。ハハハ」
「お前!ふざけんなよ!誰が点滴スタンド以下だコラ!!」
嵐も体勢は無様だが、威勢だけはよかった。玄武は挟まった腕を引き抜こうとしたが、その前に京極はスタンドを全力で90度回転させた。関節と逆方向に加えられた回転で、鈍い音とともに玄武の腕は向くはずのない方向へと向いた。
「ぐっ!おのれ!小僧!!小癪な!」
右肘から下を無力化され、腕を引き抜いた玄武はすぐに京極から距離を取った。京極は意気揚々とスタンドをバトンのように振り回して接近を許さないテリトリーを形成している。嵐はその様子をじっと見つめていて気がついた。玄武は先ほどから素手の攻撃ばかりを繰り出している。速さにさえ注意を払えば、棒術のような中距離用の武具や銃などの飛び道具があれば難なく対処できるのではないかと。
「爺さん、あんたBEAST'sなんだろ?怪我人なんかにやられてちゃ雷名が泣くんじゃないか?」
「儂を怒らせたいらしいのう。よかろう。全身から血を噴き出して死に至る極意であの世に行かせてやるわい」
とんでもなく物騒な技を繰り出そうとしている玄武であったが、京極は気にも留めずにスタンドを振り回し続けている。玄武は再び一気に距離を詰めてきた。そして回転しているスタンドを左手で掴むと脚を振り上げて膝裏をスタンドに絡め握った手を突き上げて、てこの原理を利用してへし折った。すかさずスタンドの残骸を投げ捨て身体を捻って裏拳で京極の顔面を穿とうとしたが、拳がヒットする前に京極は入院着の懐から銃を取り出していた。虚空に乾いた音が響く。額から血を流して玄武は地に伏せた。
「スタンドを大げさに振り回すことで、攻撃と防御の手段はスタンドしかないと思い込ませる。それ故に自然と玄武の注意はスタンドに引きつけられる。しかし、それはフェイク。スタンドを破壊したことで玄武はトドメを刺せると油断した。攻撃時における最大の隙は自分が優位な立場でトドメを刺せると確信している時。だが本命は銃だった。気持ちが油断していた玄武はあの速さで回避することも出来ない状態に追い込まれていることにも気付けなかった。……完璧かよ」
「とても長ったらしく説明くさい解説をありがとう。まぁ、ジジイ相手に負ける気はしていなかったからな。それに俺を誰だと思ってるんだ。京極さんだぞ?」
「いや、それなんか古いから…」
京極の華麗な勝利の方程式に賛辞を送った嵐であったが、最後の一言で台無しになったと思った。ともあれ、危機に瀕した嵐を京極は見事に救ってみせたのであった。