回想(2)
「今日はね、いくつかやることがあったんだけど、もう終わったから」
セシリオ様はわたしの髪を撫でながら微笑む。少年姿の彼を見慣れてしまったからか、今の彼が新鮮に思える。相変わらず、とても美しい人だ。彼の髪が銀髪から白髪になったのには、なにか理由があるのだろうか。
「シェルミカが眠るまで、傍にいるよ」
彼の言葉に、記憶の中のわたしは目を窓の外に向けた。視界に見える範囲でこの場所を観察してみる。部屋の中であるが、あの白い部屋ではないようだ。窓もあるし、本棚にいくつかの本が並んでいる。ただおかしな点として、窓には格子がはめられていて、わたしの手首には錠が付けられていることだろうか。
……前に、わたしはユイナート様に監禁されていた、とセシリオ様が仰っていたことを思い出した。もしかしたら、これはそういうことなのだろうか。普通、手錠なんてつけられるはずがない。
「シェルミカ」
セシリオ様に名を呼ばれ、わたしは彼に視線を移す。紅い瞳は宝石にように綺麗で透明だ。
「もう遅いし、今日はもう寝たらどう? 僕が寝かしつけてあげる」
その言葉にわたしは再び窓の外を見た。空は薄暗く、月の光が微かに部屋に入ってきている。部屋の灯が付いていても、本を読むには確かに暗そうに思える。
「……そうですね。もう、寝ることにします」
わたしがそう言うと、彼は感情が込められていない微笑みを浮かべた。この笑みも、少し懐かしく思える。
セシリオ様に手を引かれながら隣の部屋に移動する。ベッドが一つ置かれ、他には多少の椅子や机がある閉じられた部屋だ。扉が閉まると、完全に密封されているようにも思えてしまう。このベッドは一人で寝るには少々大きそうに見える。それに、とても高価で質がよさそうだ。
わたしは慣れたようにベッドに腰かけ、隣にセシリオ様が座る。彼に腰を引き寄せられ、彼と体が密着する形となった。
「この部屋で君がどんな目にあっていたかを考えると、イライラする。だから僕は、ここでは何もしないって決めたんだ」
「……この部屋じゃなければ、何をなされるのですか?」
「ふふ。秘密だよ。まだ、君には内緒」
彼は片目を瞑って人差し指をわたしの唇にあてる。妙に色気のある笑みに、わたしの頬は熱くなった。意識下のわたしだけでなく、記憶の中のわたしも恥ずかしがっていたようだ。
「君がぐっすり眠れるように、おまじないをかけてあげる」
わたしの手を握りながら、セシリオ様はそう言って微笑んだ。そして、彼の指がそっと顎に添えられ、彼の顔が段々と近づいてくる。わたしはきゅっと目を瞑って刺激を薄めようとした。
唇に近い頬に、柔らかな感触。
「……そんなに欲しそうな顔をされたら、我慢できなくなるよ。唇にしてほしかった?」
からかうような彼の言葉にわたしはぶんぶんと首を振り、俯く。わたしが知るセシリオ様は、何度も口づけをして、深いものもして、それをわたしの息が切れて涙目になるまで続けていた。この頃の彼は、穏やかそうだ。今の彼は仮面を被っている、という可能性も考えられる。
「これ以上君に触れていると、抑えられなくなるかもしれないから一旦ここまで」
セシリオ様はわたしの手を持って促し、わたしはベッドで横になった。彼は毛布をかけて、傍の椅子に腰かける。
「安心してお休み。僕がシェルミカの傍にいるから」
彼はわたしの頭を撫で、微笑む。その言葉と手が暖かくて、わたしは少しだけこくりと頷いた。
「ありがとうございます、セシリオ様」
「……君は可愛いね。君の中から僕以外の存在が消えたら、どんなに嬉しいだろうか」
ぼそりと小さな声が聞こえた。わたしは聞き取れずに聞き返していたが、彼は微笑んで曖昧にぼやかしている。しかし、彼の微笑みは、いつもよりも暗さを帯びているように見えた。
「セシリオ様」
「どうしたの?」
わたしはセシリオ様の目をまっすぐと見ながら、口を開いた。
「セシリオ様とユイト様は、よく似ていらっしゃいますね」
わたしはなんてことを言っているのだ。この言葉が彼の地雷であることは身をもってよく知っている。この後のことを予想して頭の中で身構えていると、思わぬことが起こった。
「……似てなんか、ないよ」
セシリオ様は消えてしまいそうな声でそう言って、淡く微笑んだ。彼が今にも泣きだしてしまいそうな、そんな悲しい微笑みだった。
そして彼は、わたしの目を覆うように手を乗せる。その手はとても冷たかった。
はっと、意識が覚醒する。目の前にはセシリオ様ではなく、無機質な神像があるだけだ。わたしは目を瞬きながらじっと神像を眺め、水晶が未だに輝いていることに気が付く。
この水晶が、わたしに記憶を見せてくれたのだろうか。ただ、彼との会話を思い出すことはできたが、まだまだ分からないことが多い。
もっと知りたい。思い出したい。
わたしはそう願って、再び神像が抱く水晶に手を触れた。




