回想(1)
わたしが身に着けている水色の髪飾りは、この世界に来て数日後にユイナート様から頂いたものである。氷でできているらしいが冷たくはなく、透明感があってキラキラと輝いている。とても可愛くて綺麗な花柄の髪飾りだ。こんなに良いものを頂くのは畏れ多かったが、彼はほとんど問答無用で渡してきた。
肌身離さず身につけるように言われていたので常につけていたが、これが原因でご令嬢から目をつけられてしまった。
「お前にその髪飾りは不相応よ。わたくしが代わりに頂くわ」
「……ですが、こちらは」
「なに? わたくしに口ごたえするというの? お前は自分の立場を理解していないわ。さあ、さっさと渡しなさい」
教会には、時折貴族の方々もお祈りに来る。彼女もその一人で、たまたま遭遇してしまったのだ。幸いにも、わたしの髪飾りがユイナート様から頂いたものだとは気づかれていないみたいだが、彼女が気に入ってしまったようで解放してもらえない。
これはユイナート様に頂いたものなので、とは絶対に言うわけにはいかない。言ったら更に酷い目にあうことは分かっている。
わたしが素直に渡さないからか、令嬢は目を吊り上げてわたしを強く睨んだ。
「お前はただわたくしの言葉に従いなさい! ねえ、あなた達。こいつの躾がなっていないわ。何とかして頂戴」
その言葉に、彼女に付き添っていた男たちが動き、わたしの腕を掴んだ。抵抗するも、後ろ手に拘束されて髪飾りを強引に取り外される。髪の毛を強く引っ張られてかなり痛い。
「まるで氷のように、綺麗な髪飾りね。わたくしに相応しいわ」
令嬢は男から髪飾りを受け取り、自らの髪につけた。そして彼女はわたしを蔑むような目で見る。
「教会に、このような無礼者を躾ける場所はないの?」
「ございますよ。案内しましょう」
わたしに付いている人たちは、わたしが抑えられていても何も言わず、それどころか助長するように行動しようとしている。やっぱり彼女らはわたしの味方ではない。
わたしは連行されるように廊下を歩き、ある部屋まで連れていかれた。肩を強く押されて倒れ込み、起き上がろうとしている間に扉を閉められた。鍵がかけられる音が聞こえ、閉じ込められたことが分かる。
倒れた拍子に膝を打ってしまったのか、ずきずきと鈍い痛みを感じる。服の汚れを払いながら痛みを無視して立ち上がり、部屋の中を見て回る。
話の流れから、この部屋は誰かを閉じ込めるためのなのだろう。薄暗くて肌寒い。扉を開けようとしてもがちゃがちゃと空虚な音が鳴るだけで、窓もなく外に出る方法はなさそうに見える。もしこのまま閉じ込められたままだったら、大変なことになりそうだ。
この部屋には家具が一切ないが、神像が置かれている。包み込むように水晶を持っている女神様の像だ。いつ出られるかも分からない閉じられた部屋で神像と二人きりでいるなんて、ずっと続いたら心が壊れてしまいそうだ。小さい頃のわたしは、こんなことを経験していたのだろうか。
じっとしているのも辛いので、神像に祈りを捧げてみることにした。数日間教会で過ごしているので、祝詞は覚えている。
女神像の前に跪き、手を組んで目を瞑る。
「——大いなる御方よ。全てを照らす生命の源よ。あなたの御前に拝謁いたします。願わくば、この世界があなたの描く最も美しい物語のままにあらんことを」
目を瞑ってお祈りしていると、瞼越しが明るいことに気が付いた。驚いて目を開けると、神像が持っている水晶が光っている。神々しい光に思わず息が漏れ、誘われるように水晶に触れた。
「…………ミカ。シェルミカ。大丈夫?」
声が聞こえて目を開ける。視界が霞んで見えたので目を擦っていると、そっと誰かに手を掴まれた。
「強く擦りすぎたらよくないよ。ね、シェルミカ。眠いなら、眠気が吹き飛ぶようないいことをしようか」
わたしの手を包み込んで微笑むその人は、色のない髪と血のように紅い瞳を持つ美麗な青年。わたしもよく知る、セシリオ様だ。
彼の姿は元に戻っている。もしかしたら今までのことはすべて夢だったのかと思ったが、その考えはすぐになくなった。
「セシリオ様。今日も、ゆっくりとされていて大丈夫なのですか?」
わたしの口は意識に反して勝手に動く。腕を動かそうと思っても動かない。不思議な感覚だが、わたしの脳はすぐにこの状態を受け入れた。
これは、わたしの記憶の一節なのかもしれない。最初に自分の意識で目を擦ったと思っていたのは、偶然思考と行動が一致していたのだろう。




