訓練(3)
その後は変わらず日課をこなし、お風呂を終わらせてユイナート様が訪れるのを待つ。夜伽がない時でも彼はわたしの元に訪れる。周りの人にはどのように話しているのだろう。サラ様は不満に思わないのだろうか。ちなみに、彼がなんらかの予定で来られなくなった時には、カイト様かトア様から連絡が来る。
ユイナート様が訪れるまで監視は続く。そのためこの場にはまだカイト様がいらっしゃる。わたしが紙に文字を書く音だけが部屋の中で響く。時計に目を向けると、普段彼がいらっしゃる時間よりも遅れていた。昨日もそうだったし、忙しい時期なのだろう。
……今日も眠くなってきた。紙を片付け、椅子の背もたれにもたれかかる。目を閉じていると、部屋の扉が叩かれた。
「シェミ、お待たせしました。……眠そうですね」
ユイナート様はわたしの元へ寄り、頬に指を添わせた。カイト様は一礼して部屋を出ていく。彼の髪が若干濡れ、光を反射している。
「ああ、ごめんなさい。髪をしっかり乾かす時間も惜しかったもので。とにかく早く貴女に会いたかった」
ユイナート様は目元を和らげて微笑む。そしてわたしの髪を優しい手つきで撫でた。少し心地よさを感じ、わたしも目を細めた。
「……貴女を抱けないのが心苦しいです」
彼はわたしに口付けた。深いものではなく、優しさを感じるものだ。夜伽をする日はユイナート様本人が決め、夜伽は週に四回となっている。夜伽がない日には、彼がわたしを抱くことはない。変なところで誠実なのだ。
……抱かれはしなくても、犯されはするのだけど。
「驚きましたよ。貴女が試合を見ているだなんて」
ユイナート様はわたしを寝室に連れて行きながらそう言う。そしてベッドに腰掛けると、彼はわたしの腰に手を回した。
「見ていてどうでしたか?」
耳元で低音の声で尋ねられ、全身がぞくっとする。わたしが思ったままの感想を言うことにしよう。
「……ユイト様、かっこよかったです」
わたしがそう言うと、彼が息を飲む音が聞こえた。……なにか変なことを言ってしまっただろうか。かっこいいという言葉は、彼は言われ慣れているだろうに。
わたしの髪を梳く彼の手の動きも止まった。彼の顔を見ようと顔を動かすと、突然彼はわたしをベッドに押し倒した。そのまま深い口づけをされ、舌が絡み取られる。突然のことにわたしの頭は追いつかず、必死に息をすることに集中した。唾液が零れるが、彼は一切気にしない。
彼が顔を離し、透明の糸を手で拭うと、ふっと微笑んだ。
「貴女は僕を誘っているのですか? はぁ。このままだと貴女を抱いてしまいそうだ……」
わたしはやめてほしいという思いを込めて彼の目を見る。さっき誠実だと思ったところなのに。
「ふふっ。貴女のその顔、たまりませんね。僕の理性を試されているようです」
再び彼は深い口づけを行った。
「……ゆ、いと様」
わたしは彼が離れた時、何とか彼の名を呼んだ。彼は首を傾げ、わたしの頭を撫でる。
「どうしたのですか?」
「あ、あしたの、大会」
「魔導騎士大会ですか? 僕も参加しますよ。大丈夫です。僕がシェンドなんかに負けるわけありませんから」
息が切れているせいでまともに話せない。ユイナート様はにこりと微笑んで、続きを促す。わたしは一度息を吐いて、彼を見る。いくらわたしの自由を奪っている彼であっても、心配なものは心配だ。
「……お気をつけてください」
彼は目を丸くした。そして柔らかく目元を和らげ、わたしの手を取って甲に口付けた。
「ありがとうございます。貴女のその言葉があるだけで、僕は頑張れます」
そして、彼は激情を孕んだ瞳でわたしを見て、そのままわたしの脳は快楽に堕とされた。
ユイナートはシェルミカの顔をしばらくの間見つめ、途中自分の身体に目を向け、昂った自分のそれを確認して苦笑した。
「どうして貴女は無意識のうちに……」
ユイナートは目を瞑ってしばらく精神を落ち着ける。彼の昂った神経は収まり、彼はゆっくりと目を開けた。慣れた手つきで彼女の身体を拭いて手錠を付け直し、彼女に口付ける。そして寝室を出て、途中物置に置かれた紙に目を向ける。それを手に取り内容を読むと、新聞の内容が要約されて書かれていた。端に小さな字で何やら書かれている。
「……逃亡計画か。また仕置きをしないとな」
ふっと嗜虐的な笑みを浮かべ、彼は紙を置いて部屋を出た。そのまま自室に向かう。椅子に座り足を組むと、カイトが彼の前に立ち、定期報告を行った。
「殿下と隊長の試合、シェルミカ様は興味深そうにみておられました」
「下からも見ていました。それに、彼女は僕のことを心配してくれたのですよ」
ユイナートは嬉しそうに目を細め口角を上げた。カイトは彼のその様子を珍しそうに見る。ユイナートはそれに気が付いて笑みを消した。
「……何見ているのですか」
「いえ。申し訳ございません」
カイトはにこりと笑み、頭を下げる。ユイナートは肘をついてジト目で彼を見た。
「変な情報を与えていないでしょうね」
「隊長が殿下の師であることや、私とトア、アルビーの関係を少々説明した程度です」
ユイナートはため息を吐いて首を横に振った。カイトは慣れた様子で謝罪の言葉を告げる。
「そういえば、シェルミカが逃亡計画を立てているようなのです。紙に考えが書かれていました」
「確かに、本日シェルミカ様はやけに私の姿を見ていたように思えます。私から隙を見つけて明日に対応しようとしたのでしょうか」
「昨日も伝えましたが、もう一度トアに警戒するよう言っておきましょう」
ユイナートが立ち上がると、カイトは一礼して部屋を出た。彼は窓の外で輝く上弦の月に視線をやり、目を鋭く細める。
「……決して逃がしはしない。お前は僕のものだ」
一度目を瞑り、彼は寝室へと向かった。




