詳しい話(3)
わたしたちは訓練場でも人が少ない場所に移動した。誰にも話を聞かれることはないから安心してほしい、とユイナート様は仰った。部屋に行ってもいいが、王城の中よりもこの訓練場の方が色々と都合が良いとのことだ。その詳しい意味は分からなかったけど、彼は騎士の人たちを信頼しているようだ。
「さて。この場所に来た本当の理由は何ですか?」
「シェルミカと一緒に庭園を散歩しようと思ったら、道を間違えた。理由はそれだけ」
セシリオ様の説明に首を傾げ、ユイナート様は紅い瞳をわたしに向ける。彼が言っていることを信じていないようだ。
「セシリオ様の仰る通りです。わたしたちは、庭園に行こうとしていました」
「……シェルミカが言うなら、そうなのでしょう」
ユイナート様は納得したように頷き、セシリオ様は顔を顰める。二人に挟まれるわたしの気持ちを考えてみて欲しい。かなり、怖い。
「なら、わざわざ人をはけなくても良かったですね。ああでも、彼が勝手に連れ出したであろう貴女が目立つところにいるのはよくありませんね」
笑みを浮かべながらユイナート様はそう言い、わたしの手を握る。最近、手を繋ぐという行為が当然のことのように行われてたからか思考が鈍っていたが、実は当たり前ではないということを今更ながら思い出した。今更すぎる気がする。
「……お前、王位継承を僕に譲ろうとしていたって、本当?」
わたしがどうでも良いことを考えていた時、セシリオ様がぼそりと呟いた。それは爆弾のような威力だと思うほどで、ユイナート様の表情も目に見えて固まる。
「それを、どこで聞いたのですか」
「さっき、男が話してきた。僕を、お前だと勘違いしていたみたい」
彼らの間に、冷たい沈黙が走る。セシリオ様の表情は氷のように冷ややかで、どういった感情が隠されているのかを読み取ることができない。
ユイナート様が、セシリオ様に王位継承を譲ろうとしていた。それが意味する深さはわたしにはすべて理解しきることはできないかもしれないけど、彼らの間では相当の重さを持つようだ。ユイナート様の顔には変わらず笑みが浮かんでいるが、その紅い瞳は温度がなくとにかく冷たい。
「この頃のことはよく覚えていないけど、お前が僕よりも遥かに有能だったってことは覚えている。さっきの男も同じようなことを言っていた。お前にすべて劣っている僕を不憫に思って、そんなことを? 僕を馬鹿にしているのか? 気持ちが悪い。この頃の僕は、このことを知っていたの?」
セシリオ様の声は、淡々としている。怒りや激情といった感情は一切滲んでいない、淡々とした声。それがより、彼の秘められた感情を表しているように思える。
「何か言えよ。お前は僕をずっと嗤っていたのか?」
「……馬鹿なのは貴方ですよ」
「は?」
黙っていたユイナート様は、セシリオ様の驚愕した反応に口角を上げた。わたしに向けていたような柔らかくどこか恐ろしさを秘めた笑みではなく、ただ単純に相手を嘲るような笑み。
「貴方は何も分かっていない。記憶がないからではありませんよ。この年の頃から、貴方は何も分かっていなかった。分かろうともしていなかった」
「何が言いたい」
「つまり、貴方は馬鹿だってことですよ。貴方は、今も昔も、ちっとも変わっていない」
ユイナート様の言葉に、セシリオ様は紅い瞳に怒りの熱を灯した。それと同時に、彼から刺すような冷気が溢れ出す。
「お前も昔から、なんにも変わっていない」
「僕は変わりましたよ。残念ながら、ね」
セシリオ様の力に対抗するように、ユイナート様からも体の芯から凍ってしまいそうな冷気が溢れ出てきた。多分この時、二人はわたしの存在を忘れていたのだろう。その力の奔流は、貧弱なわたしには強すぎたようだ。
「……きゃっ!」
わたしの体は吹き飛ばされ、地面に倒れた。わたしの声で二人は我に返ったように力を抑え、駆け寄ってくる。
「シェルミカ……ごめんなさい、怪我はありませんか?」
「シェルミカ! ごめん、大丈夫? 怪我はしてない?」
セシリオ様に抱え上げられ、わたしは首を振って痛みはないことを伝える。二人は同時に息をついた。
「本当にごめんなさい。大切な貴女が傍にいるというのに、熱くなりすぎました」
「一番はこいつが煽ってきたせいだけど、僕も悪かった。ごめんね、シェルミカ」
二人ともわたしを心配そうに見てくれている。その二人の表情がそっくりで、わたしは思わず目を瞬いてじっとそれを見つめてしまった。




