奇妙な話
靴音が静かに響き渡る廊下を歩きながら、セシリオは周囲を見る。紅い瞳が、彼の見た目の年齢とは見合わないような鋭い光を発している。
「…………」
彼は背後を見て、警戒しながら目を細めた。彼が見ていることに気が付いたのか、一人の男が笑みを浮かべながら近づいてくる。
「これはこれは、ユイナート殿下。お会いできて光栄です」
セシリオは男を睨む。ただでさえ顔が似ていることが気に入らないのに、間違えられたことが不愉快なのだ。男は一瞬怯んだようだが、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「お一人で何をしていらっしゃるのか気になるところではありますが、我々には理解できないような殿下の思慮深さがあるのでしょうな。……さて、先日殿下からお話しを伺ったことについてですけど……」
男はセシリオをユイナートであると思い込んだまま話を続ける。セシリオは訂正しようかと少し考えたが、男が彼に何を話そうとしているのかが気になったためそのまま話を聞くことにした。
セシリオが何も言わなくても、男は周囲の目を警戒するように声を潜めただけで話を止めようとしない。この反応に、慣れているのだろうか。
「結論から申し上げますと、我々は貴方様のご決断を決して受け入れるつもりはありません」
「……?」
「この王国の未来を担えるのは、卓越した手腕を持つ殿下、貴方様以外にありえません。確かに、巷ではセシリオ殿下の人柄を讃える声もございますが……」
「は?」
セシリオは思わず声を漏らした。この男が何を言っているのか、全く理解できない。彼の反応に焦ったのか、男は汗をかきながらも言葉を重ねていく。
「殿下が弟君に王位を譲渡なされようとするのは、とても素晴らしい美徳です。ですが、やはり王に相応しいのは貴方様です。我々は皆、それを望んでおります。我々の言葉を信じてくださいませ!」
ここまで言われたら、セシリオも全てを把握した。
ユイナートが、セシリオに王位を譲渡しようとしている。
「何故……」
セシリオは男に聞かれないほどの小さな声で呟き、深く思考を働かせる。現在のアルテアラの王太子はユイナートだ。次期国王も確定しているような状態である。そんなユイナートが、王位を譲ろうとしている。この世界が過去からできているのであれば、譲ろうとしていた、ということだろうか。
彼が覚えている記憶の中には、自分よりもユイナートの方が能力的に遥かに優れていた、というものがある。他には、奴は憎らしいほど淡々としていて、いつも彼よりも悠々と上をいく、といったものもある。それを思い出すだけで彼は腹立たしく感じ、視線をより鋭くする。
何も言わずに考え込んだ彼を見て何を勘違いしたのか、男の話し方は芝居がかっていく。
「何も心配はございませんよ、殿下! 我々は貴方様を、ただひたすらに支持いたします。弟君になど、王位を渡す必要はないのです!」
気分が悪い。セシリオは内心で大きく息をついたが、それを男には見せない。自分がかなり馬鹿にされていて下に見られていることは苛立たしいほど伝わってくるが、彼はこんなもので感情を爆発させたりしない。彼が感情を制御できなくなるのは、シェルミカが関わる時か、ユイナートに対する怒りと憎しみが溢れた時である。
これに関する詳しい話を本人に問い詰めてやろうと考えていると、男はまだ何かを話していた。
「殿下はあの貧相な少女を気にしておられるようですが、あのような汚い血の娘を貴方様が気にする必要はないのですよ。貴方様の高貴な血が穢されてしまいます」
その言葉を聞いた途端、セシリオから禍々しい魔力が溢れ出した。
「ひぃ! で、殿下……」
「お前、僕の前から消えろ。じゃないと、殺す」
男は情けない悲鳴を上げながら、逃げるように背を向けて走っていった。セシリオは大きく息を吐き、魔力を収める。いくら元よりも魔力が少ないとはいえ、あの男一人をどうこうする力は余裕で持っている。
「逆だよ。僕達が、シェルミカを穢しているんだ」
それよりも、何故あの男がシェルミカを貧相だ、血が汚いと言うのか。そして、王位継承権について。人のよさそうなシェンドに話を聞きたかったのだが、彼はどこかに行ってしまった。詳しい内容を知るにはやはりあいつに直接聞くしかないと思い、彼は再び大きなため息をついた。




