異端審問(4)
「……最後に、何か言いたいことはありますか?」
教皇様が、穏やかな声で美麗な彼に尋ねた。彼は紅い瞳だけを動かして、教皇様を見る。
「お優しいのですね。では、遠慮なく」
彼はわたしに目を向けて、笑みを深めた。セシリオ様と同じように感情は全く読み取れないが、笑顔の裏に様々な感情が秘められているような気がする。
「シェルミカ」
彼に名を呼ばれ、わたしの思考は一瞬止まる。彼はわたしのことを知っている? どうして?
間抜けな顔をしているであろうわたしの顔を見て、彼は微かに目元を和らげた。
「……貴女は本当に、僕のことが分からないようですね。でしたら、今なら何を言っても問題はないでしょう?」
彼は、冷たく、感情の籠らない声で言った。
「所詮、僕にとって、貴女は玩具にすぎないのですよ」
——息が詰まる。
「僕は何度も言っていました。貴女は玩具で、僕の欲の発散道具。そこの男と同じように、貴女を復讐のために利用していた、とも言えます」
彼の方が低い位置にいてわたしが上から見ているのだが、わたしは彼に見下ろされている。その瞳には何も籠っていない。床に落ちている小石を見るような目で、わたしを見ている。
「僕は神というものが大嫌いですからね。神を祀る教会が大切にしている、ふざけた『神の愛子』という者を穢したくなったのです。まあ、貴女もご存じかもしれませんが……僕は貴女を愛したことなどありません。哀れですね。貴女の周りにいる男は揃って、本物の愛情を抱いてはいないのですから」
……どうして、彼の言葉を聞いてこんなにも胸が痛むのだろう。酷いことを言われているからだろういか。ただ酷いことを言われているよりも……痛い。悲しい。胸の奥が、きゅっと締め付けられるように、苦しい。
わたしの目から、一筋の涙が零れた。
「さっきから聞いてたら、ふざけたことを……! お前は最低の屑だ!」
セシリオ様が白いローブをはためかせ、立ち上がる。風がいたる場所から吹き出てきて、彼の周りの人達は剣を抜いて、その刀身が青白い光を発し始めた。
セシリオ様が出した炎が彼に向かって放たれた。彼は紅い瞳をまっすぐとわたしに向けたままである。
そして、白い炎が彼を襲う——と思った時。
わたしの視界が、紅色でいっぱいになった。頬が手で挟まれて、唇が塞がれる。
「……会いたかった」
甘い声で優しく囁かれ、わたしの身体は強く抱きしめられた。何が起こっているのか全く分からない。この人は、さっきまでそこにいたのに、いつの間にこんなに近くまで来たのか。
「お前、シェルミカから離れろ!」
セシリオ様の声が聞こえるが、彼に抱きしめられていて姿は見えない。
「外野が煩いですね」
彼の声が体に響く。温かい力がわたしの身体を包んだと思ったら、セシリオ様の声や他に聞こえていた人達の声も全く聞こえなくなった。
「空間魔法です。あいつの術式を少々利用させてもらいました」
わたしから彼の体が離れ、紅い瞳がわたしの目を正面から見る。
「本当にごめんなさい。貴女を傷つけてしまいましたね」
彼の指がわたしの頬をなぞった。そして顎を掴まれて、再び口づけされる。先程の触れ合うような優しさではなく、舌が絡み合う深いもの。彼の顔が離れた時には、息が切れて涙目になってしまった。
「ああ……可愛い」
甘い笑みを浮かべ、彼はわたしの頭を撫でる。




