「彼」
『神の使徒』の目的は、この荒廃した世界を作り変えることである。その方法とは何か。偉大なる神をこの世に降臨させ、その圧倒的な力を以て悪に満ちた世を滅ぼしていただく。そして清純となった世界で、新たに統率され安定した秩序を作り上げる。
セシリオという男は、『神の使徒』を主導する神の声を聞く預言者——彼曰く、ボスに付き従っている。彼の目的は、決して世界を作り変えるなどといったことではない。
「僕の目的? そんなことを聞いて、何になるの?」
ある使徒が彼に尋ねた時、彼はそう答えた。空虚な笑みには何の感情も込められておらず、血のように紅い瞳は無感情に相手の目を見通す。
「僕にはね、感情がないんだよ」
勇気のある使徒が彼に尋ねた時、彼はそう答えた。異常とも呼べるほどの力を有し、世界の空間を把握している彼は、この世で何番目に強い人間なのだろう。
「この世で一番強い人間? 一番強いからって、どうかなるの? 人間である時点で、弱いじゃん」
強さを求める使徒が彼に尋ねた時、彼はそう答えた。彼の過去を知る者は誰一人いない。もしかしたら彼は人ではなく、遥かに崇高な存在なのではないか、と噂されることもある。
「君、馬鹿だね。僕が人間以外の何に見えた?」
噂好きの使徒が彼に尋ねた時、彼はそう答えた。感情がないと言った彼だが、ある時には感情を見せることがある。最近であれば、冒涜者が彼の前に姿を見せた時だっただろう。
「僕とあいつの関係? あいつに直接聞いたらいいよ」
目を隠した使徒が彼に尋ねた時、彼はそう答えた。冒涜者を捕らえ、教会内はにわかに騒いでいる。冒涜者への神の裁きの時も、近づいている。
「セシリオ様。セシリオ様はどうして、そんなにお辛そうな顔をされているのですか?」
彼が愛する少女が彼に尋ねた時、彼は笑みを浮かべた。彼は彼女のことを愛している。本当に、愛しているのだ。
「セシリオ様。セシリオ様はどうして、そんなに苦しそうな顔をされているのですか?」
辛くなどない。苦しくなどない。彼にはそういった感情はなく、ただ彼女に対する深い愛を抱いているのだ。
「セシリオ様——」
彼は彼女を愛しているのに、彼女は彼を愛してはいない。なら、彼女は誰を愛してるのか。彼以外に、誰を?
「……だいすき、です」
「僕も、愛している」
偽物だった感情が本物になったように、偽りの言葉もいずれは本物に代わる。彼女の心が籠っていない言葉でも、彼の心を満たしてくれる。
彼女は彼だけを愛していればいい。彼女の世界には彼だけがいればいい。そんな世界はないというのなら、彼がその世界を作り出す。
「セシリオ。あなたが望む世界は?」
かつて預言者が彼に尋ねた時、彼は何と答えただろう。思い出そうとしても、思い出すことができない。きっと、適当な言葉を並べて終わらせたのだろう。
「セシリオ。あなたが望む世界は?」
再び預言者が彼に尋ねる時、彼は答えを迷わない。
一つの感情に囚われていた彼は、一つの大切な感情を取り戻したことによって、彼自身を失わずに済んだ。




