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満たされている者


 この世界には、満たされている者もいれば、満たされていない者もいる。


 お前達は、満たされている者だ。その力を使って、満たされていない者を救う剣となり、盾となれ。

 そう、何度も父から言い聞かされてきた。


 満たされていない者を、何人も見てきた。救われない者も、何人も見てきた。


 全ての者が平等になり、全ての者が幸せになる世界は、つくれないかもしれない。それでも、できるだけ多くの者を救うことは、できる。できるだけ多くの者が過ごしやすい国をつくることは、できる。


「ねえ、ユイナート。君は、どんな王国をつくりたいの?」


 自分と同じ姿をした彼は、無邪気な笑みで自分に話しかける。自分が答えなくても、彼は気にした様子を見せず、足をぶらぶらさせながら言葉を続ける。


「僕はね、皆が幸せに生きられる世界をつくりたいんだ」


 夢物語を、目を輝かせながら話す彼が、羨ましくて、憎らしかった。



「——ユイナート。僕を、殺して」


 あの時、正確な判断ができなかったのは。

 全て、愚かで未熟だった、自分のせいだった。





 黒いローブで身を包んだ長身な青年は、荒廃した建物に背を預け、腹を鳴らす少年を一瞥する。彼は後ろに控える者に視線を送り、その者がかごの中から取り出したパンを受け取る。そして、彼は少年の前で膝をついて、そっとパンを差し出した。


「……た、たべていいの?」


 黒いローブの青年は頷く。少年は恐る恐るパンに手を伸ばして、ぱぁっと顔を輝かせた。


「ありがとう!」


 少年は大切そうにそのパンを手に持って、立ち上がった。お腹が空いているのなら、この場で食べたらいいのに。そう思った青年は、膝についた土を払いながら腰を上げた。


「それを、どこに持っていくのですか?」


 急に声を出した青年に驚いたのか、少年は大きな目を丸くした。そして、無邪気に笑う。


「スーと半分こにするんだ」

「スーさんというのは、貴方のご家族ですか?」

「うん。おれのいもうと。おれは大人たちの手つだいをしてごはんをもらえるけど、スーは体がよわくてはたらけないから。さいきんは、スーのたいちょうがわるくなってきて、おれ、こうやってごはんをあげることしかできない……」


 少年は顔を伏せて、その年に見合わぬ悲しげな表情をしている。苦しくて泣きたいだろうに、強い子供だ。ノースリッジの国王は、こういった者達を無下にして他国に攻め入ることに力を入れている。それに怒りを感じながら、彼は少年の頭に手を置いた。


「君は、とても強いですね。僕も見習いたいです」


 少年は気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。青年はフードの下で、つられて笑みを浮かべる。少年の頭に置いた手を優しく動かしながら、彼の後ろに控える者達に顔を向けた。


「ここにいる人達に、今あるパンを配ってください。僕達の分は、まだまだ余っているでしょう?」


 彼の言葉に頷き、三人はかごの中からパンを取り出して、少年と同じように道端で壁に背を預ける者達にそれらを配り始めた。それを見ていた少年は、目を瞬きながら青年を見上げる。


「もしかしてお兄ちゃんたちは、白いふくを着ていないけど、かみさまのしとなの?」

「……君は、『神の使徒』を知っているのですか?」

「しってるよ。かみさまのしとは、おれたちのためにごはんをくれるんだ。そのおかげで、おれたちは生きていられるって、じいちゃんが言ってた」


 青年はしばらく考え込んで、首を振った。


「僕達は『神の使徒』ではありませんが、彼らを探しています。どこにいるのか、分かりますか?」

「分かるよ! あそこのきょうかいにいるんだ。おれの兄ちゃんもかみさまのしとなんだ。おれも、大きくなったらかみさまのしとになりたいんだ! みんなをたすけて、しあわせに生きられるせかいをつくりたい」


 無邪気な少年の言葉に、青年は言葉を失って強く手を握った。動かなくなった青年を不思議がったのか、少年は首を傾げながら彼の袖を引いた。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「……いいえ。なんでもありません。僕をその教会につれていってもらえますか?」

「いいよ! そのまえに、お兄ちゃんからもらったこのパンをスーにあげてからでもいい?」

「勿論です」


 少年は彼の手を掴んだ。青年は一瞬体を強張らせたが、少年の温かい手にフードの下で頬を緩めて優しく微笑んだ。パンを配っていた三人を呼びつけて、彼らは荒廃した街を歩いて行った。

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