愛情と憎悪(2)
「これかな?」
シェルミカが怯えている原因らしき夢の記憶を発見し、それに意識を集中させた。
紅い瞳の青年が、自分を捨てて。
真っ暗な世界の中で、最後は自分で首を切って死ぬ。
「…………」
セシリオは言葉を失って、紅い瞳を瞬いた。頭の中でこの夢を反芻するにつれ、じわじわと一つの感情が彼を支配する。
——憎い、憎い憎い憎い憎い。
どうして、お前はこんなにも、シェルミカを支配していられる。
どうしてお前は、僕から全てを奪おうとする。
「……忌々しい」
ぼそりと呟くと、シェルミカは涙を流しながら震えた。自分が彼女をこんなにも怯えさせていることに、哀しみと喜びを感じる。
「紅い瞳の僕が、怖いんだ」
わざと、瞳を見せつけるようにシェルミカに顔を近づける。彼女はふるふると首を振りながらも、絶えず涙を流す。口元を歪めたセシリオは、彼女の首筋をなぞりながら囁くように言った。
「どうして君は、忘れてくれないの。こんなにも僕は君を愛しているのに、それを無下にするんだ。酷い子だね。そんな子には、お仕置きが必要だと思わない?」
「……ご、めんなさい。わたし——」
震える声で何かを述べようとしたシェルミカの唇に喰らいつく。呼吸を奪うように深く口付けると、彼女はすぐにぼんやりとした瞳を見せる。この瞳が大好きで、同時に憎い。
「謝るってことは、悪いことをしたと認めているんだよね。今までは大切な君を、できるだけ傷つけないようにしてきたつもりだった。だけど、もう無理だ。我慢できない。君の中から、あいつを消してやる。夢の中でも、あいつの存在がなくなるように。お前の中には、僕だけがいればいい。他はいらない、全部消えてしまえ」
強引に全ての記憶を消そうとすると、相手が感情を失い生きる屍と化す危険がある。しかし、焼けるような憎悪に目の前を塗りつぶされた彼には、正常な判断をすることはできなかった。
愛する彼女の瞳を見つめ、命ずる。
消えろ。自分以外の存在は、全部消えろ。
「……や、だ。セシリオ、さま……」
シェルミカの喉から、掠れた声が漏れ出る。彼は彼女の指に自らの指を絡ませ、強く強く寝台に押し付けた。彼女に精神魔法をかけようとすると、セシリオと同じ強度の魔力が抵抗してくる。それが憎らしくて、さっさと消してやりたい。
これでも、まだ足りない。もっと、魔力を注がないと——。
『やめなさい、セシリオ』
頭が殴られたような鋭い声が、脳を貫いた。セシリオは彼女から少し離れ、忌々しそうに宙を睨む。
「何、ボス。邪魔しないで。今から、シェルミカの記憶、全部消すところなんだから」
『愛姫をただの傀儡にしてはいけないと、何度も言ったでしょう。一旦落ち着きなさい。彼女から離れて、深呼吸をするのです』
諭すような厳かな声は、人を従わせる力を持っている。セシリオは舌打ちして、しぶしぶシェルミカから離れて深呼吸を行った。すると、荒ぶった心が落ち着いていく。
しばらく呼吸を整えた彼は、ばつが悪そうに目を伏せた。
「……ごめんなさい。また、憎しみに支配された」
『貴方は衝動のまま動きやすい質なのですから、常に一呼吸おくように言っているでしょう』
「分かってるよ。でも、シェルミカを相手にしていると、落ち着かなくなる。シェルミカの中に残るあいつの魔力を感じるだけで、目の前が真っ赤になるんだ。どうしてだろう。今までは、ちゃんと抑えられていたのに」
大きな息を吐いたセシリオは、再び眠りに落ちたシェルミカに視線を移した。頬に残る涙の痕をたどりながら、彼は紅い瞳を細める。その瞳からは、先程の激情は消え去っていた。
『貴方は、アルテアラの王太子への復讐を達するために、愛姫を利用しようとしているのですか?』
静かな声で問われ、セシリオは言葉に詰まった。目をさ迷わせながら、その答えを探す。
「……最初は、そうだった。けど、今は違う。シェルミカのことが、本当に好きなんだ。初めてなんだよ。あれ以来、僕が憎しみ以外の感情を抱いたのは。だから、上手く抑えられなくて」
言葉を選びながら話すセシリオの話を聞いていた彼のボスは、静かな声で述べた。
『神から許可を頂きました。貴方と愛姫の子を成す許可を』
「……ほんと? かみさまが、認めてくれたの?」
『冒涜者であるアルテアラの王太子より、神の使徒である貴方の方が、愛姫の相手には相応しいと判断されたのでしょう。神は、貴方のことも大変気に入っているようですし』
セシリオは、シェルミカの手を握りながら、紅い瞳を瞬いた。そして、嬉しそうに笑みを零す。
「あいつじゃなくて、僕の方がいいんだ。かみさまも、そう思ってくれているんだ」
『神は全てを見ていらっしゃる。神の仰ることに、間違いはありません』
「そうだよね。かみさまは間違えるはずがない。シェルミカは、僕のものなんだ。ふふ、嬉しいな」
セシリオは嬉しそうに笑みを零しながら、シェルミカの頬を撫で続ける。
『貴方には、まだ成すべきことがあります。それを終えてから、愛姫を貴方のものとするといいでしょう』
「うん。まずは、僕達の崇高な目的を阻もうとする冒涜者を、片付けないと」
微かに身じろぎをしたシェルミカに唇が触れ合う程度の口付けをして、彼は微笑んでその場から姿を消した。




