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愛情と憎悪(1)


 ——紅い瞳を持つ青年が、わたしを冷たい目で見下ろしていた。


 その瞳はわたしを見ているが、まるで床に落ちている小石を見るような目で。わたしは、体の芯から凍ってしまいそうだ。

 わたしは彼の名を呼ぶ。しかし、彼は感情の籠もらない顔のまま、凍えるほど冷たい声色でわたしを突き放す。そして彼は背を向けた。わたしは思わず彼の背に向けて手を伸ばしたが、その手は空を切った。


 彼の姿が暗い奥に消えていく。わたしは痛む身体に鞭を打って立ち上がり、彼の後を追う。しかし、いくら手を伸ばしても届かない。それどころか、わたしの周りから光が消えて気が付いたら真っ暗な世界にいた。

 彼の名を呼んでも、暗闇に吸い込まれて後には何も残らない。焦燥から、わたしは無我夢中で真っ暗な世界を駆けだした。誰かに会いたい。だけど、ここには誰もいない。


 わたしは一人だということに気が付いて、足を止めた。

 無駄に走っても、誰かに縋ろうとしても、意味がない。


 彼に捨てられたわたしは、一人なんだ。


 足元で小さな光を発した何かに気が付いて、わたしはしゃがんでそれを手に取った。どこかに光があるわけでもないのに、この短剣の銀色の刃は光を反射している。今のわたしには、この刃しか光がない。


 わたしは小さく微笑んで、その短剣を首筋に添えた。


 「——わたしの体を、神に捧げます」


 そしてそのまま、始めからそうすると決められていたように、刃を首に食い込ませた。




「……シェルミカ。どうしたの?」


 目を開けたシェルミカは、酷く怯えたようにセシリオを見ている。その体は震えており、額には汗が浮かんでいる。セシリオは彼女を安心させるために笑みを浮かべたが、彼女は怯えたままだ。


「怖い夢を見たの? 大丈夫、僕はここにいるよ。だから、大丈夫」


 大丈夫だと言い聞かせながら、セシリオはシェルミカの頭を撫で続ける。彼女の体の震えはだんだんと落ち着き、恐怖が浮かんでいた瞳はいつものようなぼんやりとしたものに戻った。


「セシリオ、さま?」

「そう。君の大事な、セシリオだよ。落ち着いた?」


 シェルミカは小さく頷く。セシリオはにこりと笑みを深め、彼女の額に口付けをした。シェルミカは不思議そうにセシリオを見上げている。どうして彼がここにいるのか、疑問に思っているのだろう。


「冒涜者がこっちに向かっていることは分かるんだけど、なかなか見つけられないのだよね……。それなら、見つかるまでシェルミカの傍にいたかったんだ。本当に、怖い夢を見ていた君の傍にいられてよかったよ。ちなみに、どんな夢だったの?」


 言葉を重ねると、シェルミカは夢の内容を思い出したのか、再び瞳に恐怖を浮かべた。セシリオは首を傾げて、彼女の艶やかな唇に触れながら考え込む。


 彼は、人の気持ちを理解することが苦手だ。シェルミカの心に寄り添いたいが、上手くいかないことが多い。今彼女が怯えているのは、悪夢を見たからだろう。ただ悪夢を見ただけなら、セシリオに怯える必要はないはずだ。


 彼は普段からよくシェルミカを怯えさせてしまう。今までこのような愛情を抱いたことがない分、どうしようもなく彼女を支配したくなる。


 どうしようもなく、彼女の全てを手に入れたくなる。手に入れるためには、時に彼女の心を無視するしかないのだ。絶えない恐怖も、愛を得るためには良いスパイスになる。まずは、恐怖で支配して、絶え間なく愛を伝える。そうすると、シェルミカは自分だけを求めるようになるだろう。


「よいしょ、っと」


 セシリオは軽やかにベッドの上に乗ってシェルミカに跨る。ぎし、と寝台が軋み、彼女はびくりと体を震わせた。落ち着かせるために頭を撫でながら片手で彼女の頬に触れる。


「……今の君に、説明しろと言うのは酷だろうから。ちょっと見せてね」


 震える彼女を愛おしいと思いながら、セシリオはシェルミカの瞳を正面から覗き込んだ。彼女の手が動いたのが視界の端で見え、邪魔されないように手を抑えつけて寝台に縫い付けておく。


 恐怖に支配された彼女の顔を堪能しながら、彼女の記憶を探る。精神魔法を得意とする彼は、対象の記憶を読み取ることもできるのだ。これは、精神作用以上の代償を負うことが多い。対象と自我が重なり、自己を失う危険があるのだ。

 その点セシリオは全く心配をしていない。彼は、絶対に自己を失うことはないからだ。

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