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姫様(3)


 扉を開けると、上司は姫に口付けを行っていた。上司は椅子に座る姫の頭の後ろに手を回し、姫が抵抗できないように彼女を固定している。かなり、濃厚な口付けである。食事後なのにこんなに深い口付けを行うなんて。せめて姫の歯磨きを待っていて欲しい。


「可愛い。シェルミカ、愛している」


 口の端から流れる唾液を拭いながら、上司は笑みを浮かべる。姫は瞳に涙を浮かべており、上司は彼女の目元に唇を寄せ、涙を吸い取った。


「セシリオさま……」

「ごめんね、シェルミカ。僕はまた戻らないといけないから、君を可愛がることができないんだ」


 上司は名残惜しそうに、姫の頭を撫で続ける。姫はぼんやりとした瞳を彼に向けた。ふと、上司は目を鋭くさせて姫の瞳を覗き込む。


「……どうして、君はあいつのことを完全に忘れてくれないのかな」


 その声はとても不機嫌そうだ。憎悪にも似た感情が込められている。姫は怯えたように体を震わせているが、彼は一切気にしていない。


「まだ足りないんだなぁ。僕の魔力を、もっと注がないと」


 陰った紅い瞳を細めながら、上司は姫の頬を撫でる。この距離にいる白ですら、彼の体から漏れるその魔力に肌がぴりぴりしてくるのに、それを直に浴びている姫は大層恐ろしいだろう。現に、姫は涙を流して震えている。

 ずっと優しく接した方が姫の心を得やすいと思うのだが、彼はこのように嫉妬心や執着心を隠さない。彼の言うあいつが誰のことであるかは白も知らないが、彼が心から憎んでいる相手なのだろう。そして、姫とも関りがある人物。そうなると、あいつとやらはアルテアラの王太子である説が濃厚だが、深入りはよくない。


「今すぐ君を抱いてやりたいけど、置いてきた子達が戻れって言っていて、うるさくて仕方がない」


 白の上司——教会で上から二番目の身分に位置する枢機卿は、異次元な魔力量を保持している。彼は人間離れした魔法技術を用いて、白を含む同志達を少量の魔力で転移魔法が発動できるようにしてみせた。どのような原理かは理解していないが、彼の魔力を譲渡されることで使えることになっているらしい。


 また、彼は精神魔法を得意としている。本来、精神魔法には代償が伴う。対象の精神を操作するたびに、自分の精神も侵されていくのだ。しかし、彼は元より精神に異常があり、代償を負う必要がないまま精神魔法を使用できる。改めて、反則技としか思えない。


 枢機卿は、人々が魔道具で通信を行う中、魔法で思念会話を行っている。彼に思念で話しかけると、会話することが可能である。そのため、彼は急に独り言を呟くことがある。誰かと会話しているのだろうが、その相手の声は聞こえないので、独り言のようにしか聞こえない。


「放置はできないから戻るよ。また後でね、シェルミカ」


 彼はいつものような感情の籠らない笑みを浮かべ、姫の頭を撫でてからその姿を消した。転移魔法で座標を移動させたのだろう。こんなに滑らかに、消えるように転移できるのは、彼だけである。彼が暗殺者であったら、世界は大混乱していただろう。彼が暗殺者のような仕事をしているといえば、その通りなのだが。


 残された姫は消えた上司を探すように目を動かした。しかし彼がいなくなったことが分かったのか、落ち込んだような、安心したような表情をしている。

 白は姫に気を取り直してもらうために、彼女が好んでいるマカロンを準備して、彼女の前に出した。


「あ、ありがとう、ございます」


 姫は白の見えない顔を見て、小さい声でそう言った。そして、恐る恐る手をマカロンに伸ばす。マカロンを口に含んだ彼女は、ほんの少し、微かに頬を緩めた。この姿を見たいがために、上司はよく彼女にお菓子を与えている。


「セシリオ様、セシリオ様……」


 精神魔法をかけられた障害なのか、マカロンを頬張りながら、姫は憑りつかれたようにずっと上司の名を呟いている。その頭では、彼のことだけを考えているのだろう。


「姫様。お飲み物は必要ですか?」

「…………」


 白の声は、姫に聞こえていないようだ。その瞳は、遥か遠くに向けられている。

 喉が渇かないように、白は紅茶を準備して、姫の前に出しておいた。

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