曖昧な記憶
この部屋に来て、何日が経ったのだろう。この部屋には時計がなく、窓もない。常に人工的な光がついていて、眠る時ですらこの光は消えない。
この部屋を訪れるのは、白様とセシリオ様の二人だけだ。白様はわたしの身の回りの世話を行ってくれている。セシリオ様は気まぐれにわたしの前に姿を現わしては、気の向くままにわたしを抱いている。普段は感情を見せない彼が、わたしを抱く時は感情を見せてくれる。それが何だか嬉しい。
彼に抱かれるたびに、わたしの頭はどんどんおかしくなっている気がする。今では常に思考がぼんやりとしていて、何もする気力が起こらない。
「どうしたの、シェルミカ」
「……セシリオさま」
ベッドに腰掛けながら、セシリオ様はわたしの髪に指を絡ませている。彼が優しく微笑みかけると、わたしの心は温かくなった。
「僕のシェルミカ。愛しているよ」
セシリオ様は細い指をわたしの顎に添え、端麗な顔を近づける。そのまま唇が触れ合い、舌が絡み合う。彼の舌が口内を撫でる。視界が涙で滲み、わたしは呼吸ができなくなって彼の肩を押した。
透明な糸を拭ったセシリオ様はにこりと微笑んで、慈しむようにわたしの頬を撫でる。
「君を愛しているのは僕だけだ。もう少しで、全部終わるから。そうしたら、君は完全に僕のものになる」
セシリオ様が話している内容は、全部を理解することはできない。それでも、彼がわたしを愛してくれていることは伝わってきて、胸が幸せでいっぱいになる。
「……もう、あいつのことは、忘れてくれた?」
わたしは強い力で抱きしめられる。そのまま甘い声で耳元でささやかれ、溶けてしまうかと思うほど、体から力が抜けていく。
紅い瞳がわたしの目を覗き込む。その瞳が淡く光っており、あまりの美しさに見惚れてしまう。
「大丈夫そうだね。ふふ、あいつはどうして君の心を得ようとしなかったのだろうね」
セシリオ様の言う、あいつというのは誰のことだろう。わたしが首を傾げると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「何でもないよ。シェルミカは、僕だけのことを考えておいて」
彼はわたしに唇が触れ合うほどの口づけをして、そのまま体を押し倒される。ぎし、とベッドが軋み、彼の体重が乗ることで口付けが深くなる。呼吸を喰らうように口付けされ、時折休息の時間が与えられるも息ができなくなる。
彼の肩を押すと、抵抗は許さないとでも言わんばかりに手をベッドに縫い付けられる。しばらくセシリオ様に唇を貪られ、上手く息ができなくて頭がぼーっとしてきた。わたしから離れた彼をぼんやりと見上げていると、彼はふっと笑みを零してわたしの頭を撫でた。
「セシリオ、さま……」
「君に名前を呼ばれるの、好きなんだ。大嫌いな自分が、救われる気がしてね」
セシリオ様の瞳に、一瞬深い悲しみが見えた気がした。それを消してあげたくて、わたしは彼に手を伸ばす。彼は驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を和らげてわたしの手を強く握った。そのまま彼はわたしの手に頬をすり寄せる。
何も考えられずに紅い瞳を見ていると、ふと誰かの面影が彼と重なった気がした。
いつも微笑んでいて、わたしの声を好んでいる、誰かと——。
「シェルミカ。今、誰のことを考えた?」
セシリオ様は紅い瞳を鋭く細め、わたしに顔を近づけた。その感情のない冷たい眼差しがあまりにも恐ろしくて、体が震えだす。
「まだ、僕の愛が足りないみたいだね」
にこり、と微笑まれたが、その瞳に温かさはない。体の芯が凍えそうなほど冷たく、昏さで陰っている。
彼の冷たい手が頬に触れ、首筋に舌が這う。その生暖かい感触にぞくりと全身が粟立ち、怒った様子の彼に恐怖を感じる。
セシリオ様がわたしの服に手をかけた時、彼は動きを止めた。
「……こんな時に、邪魔しないでよ」
ぼそりと呟かれたその声はあまりにも低くて、わたしの身体は震え始める。彼はそんなわたしを見て、以前のような感情のない微笑みを浮かべた。
「ごめんね、シェルミカ。続きは僕が戻ってからにしよう」
セシリオ様はわたしの頭を一撫でして、紅い瞳でわたしの目を覗き込んだ。淡く光る彼の瞳を見ていると、頭が酷くぼんやりとする。
「君は、無駄なことを全部忘れて、僕のことだけを考えるんだ。いいね?」
子供に言い聞かせるように優しく囁かれ、わたしは頷いた。難しいことは何も考えられないけど、セシリオ様の言う事には絶対に従わないといけないと、頭が判断している。
彼は満足したように微笑むと、ベッドから降りてその姿を消した。




