囚われの日常(4)
「————て。起きてシェミ」
聞き覚えのある声が聞こえて、わたしは瞼を開く。眼前には笑みを浮かべたユイナート様がいた。わたしは驚いてガタンと椅子を鳴らす。
「遅くなっちゃいました。待ちくたびれたでしょう?」
ちらりと視線を掛け時計に移す。確かに、いつも彼が来る時間よりも一時間遅い。トア様も部屋を出ている。
いつの間にかわたしは寝てしまっていたようだ。しかし彼の待ちくたびれたという言葉には賛同できない。
わたしの心を読んだのか、ユイナート様は苦笑し、クイッと顎を掴んだ。
「ご主人様を待たないとダメでしょう? ねぇ、僕の大切な『玩具』」
そのまま唇が重なる。ペロリ、と唇を舐められると、出すつもりのない艶っぽい声が出てしまう。ユイナート様はゆっくりと目を細めた。
わたしは彼に聞きたいことがあったので、恐る恐る彼に問いかける。
「あ、の。ユイト様、」
「何かな?」
「……サラ様は、ご無事ですか?」
ユイナート様の目が軽く開かれる。実はかなり気になっていた。身重なのに倒れるなんて、とても心配だ。
「ええ、無事ですよ。妊娠の影響で貧血を起こしたのです。……それにしても、貴女はサラ嬢に随分優しいですよね。どうしてか聞いてもいいですか?」
……どうしてでしょう。改めて考えてみると、なかなか難しい質問だ。ユイナート様の被害者として仲間意識があるのか、と問われたら違うような気がする。少しはあるけど。そもそも彼とサラ様はどのように共に生活しているのだろう。わたしのことを、サラ様は知っているのだろうか。
多分、初めてサラ様を見た時に感じた印象だと思う。
自分の考えがまとまったので、わたしはぽつりと話す。
「……初めてサラ様を目にした時、彼女ならきっと、ユイト様と共にアルテアラ王国を守り繁栄させることができるだろう、と思ったからです。この王国はとても素敵です。ユイト様の御先祖様が代々創ってきた王国です。ユイト様は、庶民のことも考えて行動してくれる素晴らしいリーダーです。そのリーダーを支えるに値する方が、サラ様だとわたしは考えています」
一気に話し終えた後、無言の時間が過ぎる。わたしは怖くてユイナート様を見ることができなかった。
ただただ下を向いている時、いきなりユイナート様にキスをされた。何度も何度もされた。深いものではなく、軽いものを。
「ああ、シェミ……僕のシェルミカ!! 貴女はなんて僕たらしなのですか!」
僕たらし? わたしがユイナート様たらしだということですか? いいえ有り得ません。
黙っていると、ユイナート様は嬉しそうに微笑みながらわたしを抱き締めた。
「貴女がそんなに僕の事を見ていてくれたなんて……嬉しいです、とても」
その言葉通り、抱き締められながらユイナート様を見ると、彼は本当に嬉しそうに笑みを浮かべている。何故そこまで嬉しいのかは正直分からないけど、いつもの彼よりかは今の彼の方が良い気がする。
そのまま強い力で抱き締められ、途中で苦しくなってきた。少し呻き声を出すと、彼は名残惜しそうにわたしから離れた。
ユイナート様はわたしの手を引き寝台まで連れていき、そこに腰掛けた。わたしは促され、彼の隣に座る。彼はわたしの手錠を外し、錠を近くの台に置く。
「僕が民のために行動している、というのは、どうしてそう思ったのですか?」
そう尋ねながらユイナート様はわたしの腰に手を回した。
「……過去、ユイト様が下町にお忍びでいらした時の話を知り合いから聞いたことがあるのです。当時は貴方様が王子様だとは全く思わなかったそうなのですけど、偉いお貴族様だとは思っていたそうなのです。その知り合いは店を営んでいました。しかし貧しいため綺麗な服を持っておらず、ぼろぼろの服を着た状態で貴方様と対面したそうです。普通、お貴族様であれば顔をしかめると思うのですが、貴方様は一切そんなことはなく、知り合いのお店で買い物をしました。……そして数日後、知り合いのお店に新品の服が何着か置いてあったそうなのです。知り合いを慮った、ユイナート様からの贈り物だったのでしょう」
時々言葉に詰まりながらも、なんとか話しきったと思う。これで伝わっただろうか。ユイナート様はわたしが話し終えても何も話さない。心配になってくる。
「そう、でしたか。貴女が下町にいた頃の……。僕がお忍びに出かけたのなんて、いつのことだっただろうか」
ユイナート様は呟くように言う。私が彼を見ると、彼ははぐらかすようにわたしの目を真っ直ぐ見て微笑む。
「たとえ人伝だとしても、シェミが僕の事を知っていてくれたことが嬉しいです」
国内にいたら、自国の王子様のことは必ず知っていると思うのですが、何となく、ユイナート様はそういうことが言いたいのではないと分かる。
「まあ今は、もっともっと僕の事を見て、知って、僕に溺れて欲しいのですけど」
にやり、と擬音語が聞こえてきそうな笑みだ。
……ユイナート様はこんなことを言っているが、何だかんだわたしは彼の事を全く知らない気がする。ユイナート様のお仕事、趣味、特技、本心など、知らないことが多すぎる。せいぜい知っていることといえば……彼がわたしを『玩具』として大切にしていることとか。
そんなわたしの内心が顔に出ていたのだろうか、ユイナート様わたしと目を合わせ、そっとわたしの頬を指で辿った。
「何を考えていたのですか? 少し、寂しそうな顔になっていますよ。直ぐに貴女の心を満たしてあげますから」
唇が重なり、しかし直ぐに彼は離れた。ユイナート様らしくない、と思っていると、肩を強めに押されてベッドに仰向けに倒れ込んでましまう。そしてユイナート様がわたしに覆いかぶさり、手をベッドに縫いつけた。
「何を考えていたか、教えてくれませんか? まさか、下町にいたその知り合いの事を考えていませんよね? 僕以外の男の事など、考えることは許しませんよ」
なんと、ユイナート様はわたしが知り合いの事を考えていると思っていたらしい。確かに知り合いは男性だったけど、彼の事を考えることすら許さないなんて、恐ろしいことだ。それに……わたしの知り合いが男性だということを知っているということは、ユイナート様は覚えていらっしゃるのだろうか。
不意打ちだったので怯えるよりも驚いてしまった。ユイナート様はわたしの表情を見たのか、少し首を傾げた。
しかしこのまま何も言わないなど許されることではないだろう。隠せば隠すほど、何がなんでも言わそうとしてくるのがユイナート様だ。
「……ユイト様のことを、考えていました」
わたしがそう言うと、ユイナート様は目を丸くした。彼がこのように感情を見せるのは珍しい。ちょっとしてやった気分になる。
……そんな気分になったのはつかの間、彼に口付けされて直ぐに気分は急降下した。
ユイナート様はごろんとわたしの隣に寝転がり、わたしの髪を触る。
「僕の事を考えていてくれたなんて、僕は幸せものですね。出来れば僕の何を考えていてくれたのかも知りたいところですが……」
ユイナート様はまた嬉しそうに微笑んでいる。……彼のいつもの笑顔とは異なり、本心からの微笑みなんだと思う。だからなのか、そんな彼の微笑みを見ていると、なんだかむずむずした気持ちになってしまう。
しばらくユイナート様は寝転びながらわたしの髪を弄ぶ。わたしは寝転んでいるせいで段々と眠気を感じてきた。
「……眠いですか?」
ユイナート様に問われ、わたしは素直に頷く。彼はわたしの頭を一撫でして、体を起こす。
「直ぐに眠気は覚めますよ」
ユイナート様がわたしの顎に指を添えて口づけをする。わたしが少し唇を開けるとすかさず彼の舌が口内に入ってくる。彼の舌が口内を撫で、くすぐったくなる。彼の舌に触れると絡み取られ、体中に熱がこもる。
彼は何度も角度を変える。頭に熱がこもり、深く考えることができなくなる。目の前もぼんやりと歪む。
「……可愛い」
ユイナート様はわたしの首元に顔をうずめ、舌で首筋を舐めた。その感触にわたしの全身はぞわりと泡立つ。彼はわたしの首筋に何度も唇を寄せ、わたしの喉から声が漏れる。わたしは彼の体を押そうとするが、彼は器用に片手でわたしの両手を掴んでベッドに押さえつける。もう片方の手はわたしの服の下に潜り込んできた。
「ふふっ。やはり良い声ですね。もっと貴女の声を聞かせてください」
その後もユイナート様の指や舌に翻弄されながら、いつものように彼の気の向くままに抱かれたのだった。




