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実行(1)


 部屋で新聞を読んでいる時、外から大きな爆発音が聞こえてきた。あまりに大きな音だったので建物が揺れたように錯覚してしまい、わたしは思わずびくりと体を震わせる。

 窓の外を覗くと、煙が上がっているのが見える。空高く上がる煙をぼーっと見ていると、背後からそっと肩に手が置かれた。


「シェルミカ」


 後ろを向くと、にこりと微笑んだセシリオ様が立っている。彼はこの部屋に直接転移することができるらしく、このように急に姿を現すことがあるのだ。

 わたしは魔法について詳しく知らないけど、転移魔法がとても高度な魔法で使用が難しいということは常識として知っている。そんな魔法をいとも簡単に使用しているセシリオ様は、恐ろしいほど強い魔法使いだということが改めて認識させられる。


「あの爆発は、セシリオ様が?」

「うん。だけど、誰も巻き込まれていないよ」


 彼は穏やかに話しながら、わたしの隣に並んだ。そして、そっとわたしの手を取る。彼は腕につけられた錠を指でなぞり、紅い瞳を伏せた。


「この錠、魔力が込められているね。多分、壊したら『月華の王子』に伝わる」


 ついていることが当たり前になっているこの手錠には、そんな効果もあったのか。なんにせよ、わたしにはこれを壊す手段などないのだけど。


「まあいいや。伝わったほうが都合がいい。……ふふ、きっと彼は面白いくらい動揺するだろうね」


 セシリオ様は目を和らげて笑みを浮かた。彼はしばらく手錠に手を添えていたが、次の瞬間、腕の冷たい感触がなくなり、じゃらりと錠が床に落ちた。わたしは驚いてセシリオ様の顔を見上げた。彼は変わらず無機質な微笑みを浮かべている。

 基本この手錠が外されるのは、入浴中と夜伽中だけである。今のように手首が軽いのは、不思議な感覚がした。


「シェルミカ。僕のお願い、覚えている?」


 セシリオ様に顔を覗き込まれ、わたしは頷いた。そして、彼がわたしにお願いした内容を頭の中で振り返る。


 彼が部屋を出たいかと尋ねた際、わたしは言い淀んでしまった。出たいかと問われたら、勿論出たい。でも、わたしは一度ユイナート様に決して逃げないと誓ったことがある。彼の許可なく出てしまったら、どうなってしまうのか……想像に難くない。

 彼は、わたしがこの部屋から出て、王城の中のある部屋に行ってほしいとお願いした。どうして彼が、わたしを部屋から出させたいのかは分からない。それでも、彼が喜ぶのなら、わたしは部屋から出ることを決めた。


 王城の中のある部屋というのも、どこのことなのか分からない。そもそもわたしは、王城にいるのにも関わらず王城の中の造りを全く知らない。ユイナート様の部屋がどこにあるのか、そしてわたしがいる部屋がどのあたりに位置しているのかすら知らない。


「君に行って欲しいのは、この部屋だ」


 わたしの目をセシリオ様の冷たい手が覆う。すると、脳内に王城内の地図が浮かんできた。知らない場所なのにはっきりと部屋の位置が分かる。これも魔法なのだろうか。とても奇妙な感覚だ。セシリオ様が言った部屋の場所も、どこにあるのかがぼんやりと分かった。


「この部屋には、何があるのですか?」

「それは内緒。君が見てからのお楽しみといったところかな」


 セシリオ様は、片目を瞑って人差し指を口に当てた。わたしが見て、驚くような何かがその部屋にあるのかもしれない。それにしても……どうして彼は、アルテアラの王城について詳しく知っているのだろう。ユイナート様がいらっしゃらない今、彼が自由に歩き回れる程、王城内の警備は手薄になっているのかもしれない。

 疑問に思って彼の顔をじっと見ていたが、彼はずっと変わらず感情のない笑みを浮かべている。彼の本心を読み取ることはできない。


「それじゃあ、僕は一旦ここを離れるね。シェルミカ、一人で大丈夫?」

「……はい。大丈夫です」


 セシリオ様はどこからともなく白いローブを取り出して、それをわたしに羽織らせた。彼とお揃いのローブである。このローブを着ることに、何か意味があるのだろうか。疑問に思うことばかりだけど、わたしは深く考えることはなかった。


 そう、子供みたいに涙を流してセシリオ様に醜態をさらしたあの日から何故か、頭に靄がかかっているように、思考が働かなくなっている。通常であればもっと疑問に感じただろうけど、考えることも億劫なくらい頭がぼんやりとしていた。


 わたしはセシリオ様に手を引かれて扉の前に立つ。許可された人以外は内側から開けることのできないこの扉を、彼はいとも簡単に開けて見せた。


「また後で。必ず合流する」


 セシリオ様はわたしの体を抱き寄せ額に口付けて、その姿を消した。

 わたしは扉からそっと顔を覗かせて部屋の外の様子を窺う。廊下が広がり、調度品が整えられている。見た限り、人はいないようだ。


 うるさいほど音を立てる心臓に手を当て、大きく深呼吸をしてから、わたしは部屋から一歩、外に出た。


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