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「セシリオ様。今日はお仕事は大丈夫なのですか?」

「うん。やるべきことは昨日やったから」


 セシリオ様はわたしの元を訪れて、いつもと同じ場所に座る。彼は頬杖をつきながら、わたしのことをじっと見ている。顔に何かついているのだろうか。


「どうかしたのですか?」

「いいや。ただ……シェルミカ。君は、『月華の王子』のことをどう思っているの? 彼は君を捕らえている。彼のことが嫌いじゃないのかい?」


 セシリオ様は、いつものように感情の籠っていない微笑みのまま、何てこともないように問いかけた。わたしは彼の言葉を頭の中で反芻し、考え込む。


 わたしは、ユイナート様のことをどう思っているのだろう。彼に強引に連れてこられて、部屋に閉じ込められて、好き勝手に抱かれて……。勿論怒りや悲しみはある。彼の考えが分からず、どうしてわたしは彼に執着されているのか、未だに分かっていない。

 それでも、彼の悪い所だけを見てきたわけではない。ユイナート様は睡眠時間を削ってまで働き国民のことを第一に考えており、王としての気質を兼ね備えた人だ。わたしも玩具として扱われているものの、時折彼が見せる優しい眼差しは温かく心地よい。

 この前、わたしはユイナート様のことを求めていた。もしかしたら、わたしは既に彼がいないとダメな体にされてしまったのだろうか……。


 途中で思考が違うところに移ってしまい、わたしは首を振ってセシリオ様を見た。ユイナート様の瞳と同じ色の瞳を見ていると、体が熱を発する。セシリオ様は不思議そうに首を傾げ、すぐににこりと目を細めた。感情は籠っていなのに、彼の微笑みは見ていて安心する。


「ユイナート様について思っていることは、一言で言い表すことはできません。自由を奪われてしまって、怒りは感じていますが、嫌いというわけではありません。彼は、とてもお優しい人ですから」

「…………そう。シェルミカは変な子だ」


 不思議な間の後、セシリオ様はそう言った。変な子とはどういう意味なのかを問いたかったが、彼は瞳を陰らせていて、話しかけられるような雰囲気ではなかった。しかし、彼はすぐにその陰りを消して、いつもの彼に戻る。


「じゃあ、もう一つ聞きたいことがあるのだけど。君は、ここから出られるとしたら、出たい?」


 探るようにわたしを見ているセシリオ様の微笑みは、いつもよりも人形のように無機質だ。わたしはその凍った笑みを見ておられず、思わず目を逸らす。


 ……今までは、何度もここから逃げたいと思っていた。何度も実行しようとして、止められてきた。いつの間にかユイナート様から逃げることを諦めていたが、もし逃げられるとしたら。もし、自由になれるとしたら、わたしはどうするのだろう?


 ユイナート様には大切な人がいる。わたしは所詮、彼に大事にされている玩具……。いずれ、あの恐ろしい夢の様に、捨てられる存在。


 ——わたしはいずれ、捨てられる?


 あんなにわたしのことを求めているユイナート様は、わたしではなくて、他の人を選ぶの?


「シェルミカ。君が考えるように、君が思っているままに、僕に話したらいい」


 頭が痛い。セシリオ様の声だけが頭に響く。紅い瞳がまっすぐとわたしを見つめていて、まるでユイナート様がそこにいるような気分になってくる。その紅い瞳を見つめていると、頭の中がぼんやりとしてきて、何も考えられなくなる。


 気が付いたら、口が勝手に動いていた。まとまりのないまま、とにかく思ったままに、わたしの気持ちを話す。そのうち、目頭が熱くなって、涙も流れてくる。


 分からない。何も分からなかった。どうしてわたしは泣いているのか、どうしてわたしは彼にこんなことを話しているのか。


「苦しい思いをしているんだね、可哀想に」


 ふわりと温かいものがわたしの体を覆って、わたしはその温かさに縋りながら涙を流した。優しく背中を撫でられ、心が温かくなる。


「……僕なら、君を一番大切にするのに」


 そっと顎に手が添えられ、視界が紅い瞳で一杯になる。吐息を近くで感じると、優しい感触が唇に触れた。


 何も考えられないまま、彼を見上げる。彼は、無機質なその瞳に、読み取れない深い感情を宿しているようにも見える。


「ねえ、シェルミカ。あいつのことなんて、忘れよう。忘れたら、全部楽になる」


 頭の片隅では、彼の言葉を聞いてはだめだと警告を発している。それでも、彼から感じる熱が心地よくて、離れることができなかった。再び彼の唇が重なって、口を開くと口内に舌が入り込んでくる。その熱が気持ちよく感じ、思わず熱を追いかけてしまう。


「……ふふ。君は男を煽るのが上手だね」


 耳元で笑われ、体に低音が響く。ぼんやりとしていて、彼の言葉がはっきりと耳に入ってこない。


「ねえ、シェルミカ。僕のお願い、聞いてほしいな」


 分からないことばかりだったが、彼のお願いは叶えてあげたいと思った。

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