幕間 新たな弟子
※トアとバルドが『神の使徒』を生け捕りにした時の話。トア視点
「あ、あのー。俺は何をしていれば……」
「何もするな。下手に戦闘に参加されるとお前が死ぬかもしれない」
訓練場の部屋の一角で『神の使徒』を捕らえる準備をしていたところ、恐る恐る話しかけてきたバルドを見て私は端的に答えた。相手の力が未知数なので詳しくは分からないが、こんな弱々しい奴が戦闘に参加すると逆に邪魔になる。
それに私はこいつが嫌いだ。シェルミカ様に媚薬を盛った奴がこいつだと思うと、怒りが湧いてくる。しかし、一番怒りを感じているであろう殿下がこいつに仕事を与えたので、私はそれに従う。
「もう一度確認しておく。まずはお前が『神の使徒』とやらの前に姿を見せ、お前に気を取られているうちに私が奴を仕留める。問題はないな?」
「は、はい。分かりました」
バルドが頷いたのを一瞥し、私は装備を確認する。装備といっても、普段の騎士服と常備している愛剣のみなのだが。バルドはというと、丸腰で武器一つ持っていない。せめてちょっとした自衛だけでもできるよう、私は彼に短剣を差し出す。
「これを持っておけ。言っておくが、戦えと言っているわけではない。万が一の時に、少しだけでも抗えるようにな」
バルドは短剣を受け取り、しばらく目をさ迷わせていた。どうやら短剣をどこに仕舞えば良いかを迷っているらしい。私はため息をついて、見習騎士が着る用の服を手に取ってバルドに向かって投げた。バルドは慌てた様子でそれを受け取る。
「それの懐にでも片付けておけ。この戦闘が終わったら、短剣の扱いを教えてやる」
「ありがとうございます」
バルドは騎士服を羽織っていそいそと懐に短剣を仕舞った。私はそれを確認し、バルドに付いてくるよう告げて部屋を出る。朝方の訓練場には数名の騎士がおり、彼らと挨拶を交わしながら訓練場を後にする。
バルドが『神の使徒』と会うことを約束したという場所に来た。下町の一角、それも裏路地という何とも危険な場所で待ち合わせを約束したものだ。
「いいか、私の気配を悟らせないように話せ。下手に周りを気にしすぎるのも良くない。お前は奴が指示する通りに動いておけ。お前が攻撃されたら私が対処する」
そう伝えてバルドに行くよう告げる。バルドは私を気にしながら裏路地に入って行った。明かりが入りにくいせいで外から中の様子はほとんど伺えない。私は目を慣らししてバルドの後ろ姿を追った。そのまま路地を進んで行くと、行き止まりにたどり着く。気配を消しながら向こうから見えない所に待機しつつ、目的の人物が来るのを待つ。
しばらく待っていると、いきなり一人の人物がバルドの前に現れた。暗くても分かる、白いローブを着た者だ。白は潜伏には向かないだろうと思ったが、今は関係ない。私は奴の動きに注意して剣に手を添えた。
「——結果はどうなった?」
「わ、渡された薬を食事に盛った。これでいいだろ? 早く報酬を渡してくれ」
何者かとバルドは何やら話をしている。声からして奴は男だ。やはり奴が『神の使徒』で間違いない。
「ああ、報酬をやろう。これだ」
『神の使徒』は光る何かを手に持ち、バルドに振り下ろした。私は剣を抜いて奴に近づき、それを弾き飛ばす。そして奴が抵抗するより先に体を羽交い絞めにして壁に抑えつけ、奴の首に剣を当てる。
「抵抗したら殺す。お前は何者だ?」
「…………」
男が呪文を唱えようとしたので私は手刀で男を気絶させる。奴の能力が把握しきれていない今、周りへの被害を出さないためにも無理に情報を聞き出す必要はない。完全に拘束してからだ。
魔力封じの魔道具を男に付けている時、地面にへたり込んでいるバルドに気が付いた。
「怪我は?」
「だ、大丈夫です。俺、あのままだと本当に殺されてた……」
力が入らないのだろう。その場で動けないバルドは放っておいて、私は男を拘束した。これでもまだ完全ではない。早く牢に入れなければ。
私は男を担ぎ上げてバルドを見た。
「早く立て。帰るぞ」
バルドに向かって手を差し出すと、彼は私の手を掴んだ。そのまま引っ張ってやる。立ち上がったバルドを急かしながら、私達は王城に戻った。男を担いでいる私はかなり目立つので、人通りが少ない道を選ぶ。それでも人の視線が私に向いているのが分かる。私は騎士服を着ているので、事件があったと皆思ってくれるだろう。
戻る途中、バルドが私に話しかけてきた。
「あの。守ってくださり、ありがとうございました」
「殿下の命令だからな。私はするべきことをしただけだ」
「それでも、俺はあなたに救われました。あの、俺。あなたみたいに強くなりたいです」
私は思わずバルドを見る。彼は私の目をじっと見つめていた。改めてよくみるとこいつはまだ若い。若いからこそ『神の使徒』とやらに唆され、罪を犯してしまったのかもしれない。決してこいつを許しはしないが、これから更生させてシェルミカ様に償うことは可能かもしれない。
「……お前に剣技の才能はなさそうだな」
「そ、そうなのですか……」
バルドの体を見た私の率直な感想にバルドは肩を落とす。私は少し考え、バルドに言う。
「剣技は無理でも他の武具なら扱えるかもしれない。それこそ短剣で不意を突く、弓を用いて遠距離から攻撃するなど、道は沢山ある」
私の言葉にバルドは目を輝かせた。それを見て、素直な奴だ、と感じた。私の周りには性格が一風変わった者しかいない。殿下、ミハイル殿、カイトは特にそうだ。彼らに慣れすぎているので、こいつの態度が新鮮に感じる。
「師匠と呼んでもいいですか!」
バルドは食い気味で私に問いかけた。指導が面倒なため弟子は取らないようにしてきたが、気まぐれにこいつをしごいてやるのもいいかもしれない。それに、多少動ける方が殿下のためにもなるだろう。
そう思った私は、バルドに向かって言った。
「いいだろう。お前を弟子にしてやる。但し、指導は生温いものではないぞ」
バルドは目を丸くして、そして嬉しそうに笑った。




