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『白い人』(2)


 セシリオ様と出会ってから数日。彼は毎日のようにわたしの部屋を訪れている。

 彼が暇だということは正しいようだ。それにしてもこんなにわたしの部屋に入り浸っていて大丈夫なのだろうか。別の仕事とか。


 ただ、セシリオ様と数日一緒にいるうちに、彼に対する警戒心が解けていった。彼はなんだか不思議な人で、人ならざるもののような雰囲気を醸し出しているのに、実際に接してみるとほんわりとした人だということが分かった。

 微笑みに感情が籠もっていないのは、彼の『感情』が人よりもはるかに欠けているからみたいだ。どこか突拍子のない発言や倫理観のない発言は、それが理由らしい。


「シェルミカはずっとこの部屋に一人でいて、辛くないの?」

「普段は、わたしを監視している騎士の方がいらっしゃるのですが、今は戦争のせいでそちらに行っていらっしゃいます。……そうだ、セシリオ様はお強いのですか?」

「僕? 僕はとても強いよ。それこそ、『月華の王子』よりも強いかもしれない」

「ユイト様より? アルテアラ王国で一番とも言えるほど、彼はとてもお強いですよ」


 セシリオ様と話すことは楽しい。いつしか、彼と話すことを一日の楽しみにしていた。ユイナート様が知ったら、大変なことになるかもしれないと思っていながらも、この時間が続いてほしいと望んでいた。

 彼は机の上に置いてあった今朝の新聞を一瞥して、何かを考えるように顎に指をあてる。わたしが今の情勢を知る方法は新聞しかないので、戦争がどういう状態になっているのか全く分かっていない。トア様とカイト様は無事なのか、ユイナート様は過労で倒れていないかが心配なのに、知る術がない。


「……実は、シェルミカに言ってなかったんだけど、僕、アルテアラの敵なんだ」


 ユイナート様の顔を頭に思い浮かべている時、セシリオ様が爆弾を投下してきた。わたしは驚いて口を開いてしまった。大層間抜けな顔をしていたと思う。

 アルテアラの敵ということは、彼はノースリッジ公国の者なのだろうか。そんな人が王城に入り込んでいるなんて、大変なことではないのだろうか。


「でも、僕はアルテアラのこと好きだよ。だってシェルミカがいるもの」


 そう言って、彼は微かに口角を上げた。いつものように感情が欠落している笑みではなく、自然と零れた笑みだ。


「ノースリッジの王からは前線で一発大きいのを放っていけ、と言われたけど、面倒だから行ってないんだよね」


 なんてことのないように彼は話を続けるけど、わたしはついていくのに必死だった。彼はノースリッジ公国の国王と面識があることも驚きの一つ。前線で大きいのを放つというのは、大魔法のことだと思う。そんな魔法を放ったら、多くの兵士が死んでしまう。もしかしたら、トア様とカイト様も巻き添えに——。


「そ、それは絶対に止めてください!」


 わたしは机に手をついて、セシリオ様の目を見つめた。人の死を何とも思わない彼のことだから、面倒でなかったら簡単に人を殺してしまうのだろう。トア様とカイト様は強いが、セシリオ様がユイナート様より強いことが事実であった場合、二人は対抗できるか分からない。

 もしもセシリオ様が二人を殺してしまったら、わたしは絶対に彼を許すことができない。


「お願いです、セシリオ様。戦場には、わたしが知っている方もいるかもしれません。もしその人達が死んでしまったら、わたしは——」

「シェルミカのお願いなら何でも叶えてあげる。何なら、君が知っている者を、死なないように様子を見といてあげようか?」


 彼は小首を傾げてわたしの目を覗き込んだ。透き通るような紅い瞳を見つめていると、思考がぼんやりとしてくる。セシリオ様はそのままゆっくりと目を細めて、わたしの頬に冷たい手を添えた。


「シェルミカ?」

「……ご、ごめんなさい。貴方様がよろしければ、お願いしたいです」


 その冷たさに意識がはっきりとして、わたしは目を伏せながら小さな声でそう言った。セシリオ様は微笑んで頷き、手を離す。


「明日はここに来ることはできないのだよ。悲しいな、シェルミカと会うことが最近の僕の楽しみなのに」


 セシリオ様は悲しいと全く思っていなさそうな顔で微笑みを浮かべている。たとえ彼が心からそう思っていなくても、少しでも悲しいと思ってくれているのなら、嬉しい。

 わたしも、彼と会えないことは寂しい。それでも、彼には彼の仕事があるので、わたしが我儘を言って彼を困らせるわけにはいかない。


「セシリオ様、怪我をなさらないように気を付けてください」


 わたしの言葉にセシリオ様は少し目を丸くした。そして、彼は穏やかに笑んだ。


「うん。ありがとう」

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