満月の夜(5)
トア様、カイト様、ミハイル様がいなくなり、わたしとユイナート様の二人きりになった。
「月の光が貴女の美しさを際立たせていますね。まるで空から降りてきた天女のようです」
……わたしなんかよりもユイナート様の方がはるかに満月と映えていると思うのですけど。流石、『月華の王子様』という名は伊達ではない。確かに彼は、月の元に咲く花のような美しさを誇っている。
抱いた思いを飲み込んで、わたしの頭を撫で続ける彼のされるがままになっていた。部屋に戻ると言っておきながら、戻ろうとする気配がない。
「あ、あの、ユイト様」
「ああ、すみません。戻りましょうか」
ユイナート様はにこりと微笑み、わたしの頭から手を離した。そして、わたしは一瞬の間に横抱きにされる。ユイナート様の首に手を回すと、彼は嬉しそうに目元を和らげた。
「少し揺れるので、ちゃんと掴まっていてください」
わたし達の周囲に風が巻き起こり、ふわりと彼の体が宙に浮いた。そのまま彼の体は浮上し、わたしが元居た部屋に近づいていく。目を白黒させたわたしを見て、彼はふっと笑みを零した。
「これは浮遊魔法です。魔力の消費が多いので普段はあまり使いませんが、便利な魔法ですよ」
下りる時にトア様が使っていたものも浮遊魔法なのだろうか。思い返してみると、トア様が地に下りた時間よりもミハイル様が地に下りた時間の方が圧倒的に短かった気がする。トア様はわたしを気遣ってくれていたのだろうか。
考えている内に、ユイナート様は慣れた動きで窓から部屋の中に入った。彼はわたしを横抱きにしたまま、机の上に置いてあった薬と水を手に取って、寝室に向かう。そして、わたしはベッドの上にそっと下ろされた。
「まずは薬を飲みましょう」
ユイナート様に薬と水の入ったグラスを手渡され、わたしは薬を飲む。水をちょっとずつ口に含んで飲んでいると、ユイナート様はにこにこしながらわたしを見つめていた。
「僕が時間をとれるのは、いつも決まって深夜遅くなのです。そんな時間に貴女の元に訪れても、貴女は眠っている時間ですから、なかなか来ることができませんでした」
飲み終わったグラスを受け取り、ユイナート様は同じグラスに水を注いで、それを一気に飲み干した。
それにしても、彼がわたしが眠っている深夜に訪れないのは、わたしのため? わたしの体を目的としている彼が、わたしの眠りを妨げないように気を使ってくれていた……?
「ですが今日は、シェミを抱くことができます」
ユイナート様は、嬉しさが滲む微笑みを見せた。彼は最近、性欲の処理ができていなかったのだろうか。サラ様は妊娠中で、夜の相手はできない。ユイナート様ほどの身分の方であれば、簡単に女性を連れ込むこともできるだろうに。
わたしはユイナート様が別の女性と体を重ねる姿を想像して、胸の奥がじんと沈んだ気がした。なんでわたしはこんな気分になるのだろう。わたしはただの玩具で、彼には別の大切な人がいる。そう分かっているはずなのに。
落ち込んだわたしの様子に気が付いたのか、上着を脱いだユイナート様はわたしの頬に手を添えて唇が触れ合う程度の口付けをした。
「……貴女の辛いこと、全部僕が忘れさせてあげます。僕だけを感じて、僕だけでいっぱいになってください。快楽に満ちたら、悪夢も含めて全て忘れることができます」
彼は優しく微笑んで、今度は深い口付けを行った。舌が差し込まれ、わたしは自らの舌を差し出して彼のと絡まった。わたしが彼を求めて動くと、彼は驚きながらもすぐにわたしを受け入れる。
……とても変な気分だ。まるで媚薬を飲んだ日みたいに、彼を求めてしまっている。
いつか捨てられるかもしれない。わたしは彼にとってただの玩具なんだ。そう分かっていても、心の穴を埋めるように、彼を求めてしまう。こんなにもわたしは人肌が恋しくなっていたんだと、心の隅では冷静に物事を考えていた。
ユイナート様に押し倒され、夢の中で見たのと同じ紅い瞳と目が合う。
「シェミが僕を求めてくれている。躾が利いてきたのかな?」
独り言を呟いて、ユイナート様は激情を孕んだ瞳でわたしを見下ろした。
大丈夫。今の彼は、わたしを求めている。
あの夢のように、捨てられはしない。
そう自分に言い聞かせていたわたしの耳に、彼の独り言は聞こえなかった。
——結局、ユイナート様は朝になるまでわたしを抱いて、後日ミハイル様にこっぴどく叱られたらしい。




