満月の夜(2)
「何ですか、こんなところに連れてきて。……おや、トアとミハイルじゃないですか。皆で集まってどうしたのです」
美しい月に目を奪われていたわたしの耳に、よく響く低音の声が入ってきた。
まさか、と思ってそちらに目を向けると、月光を反射して輝く銀色の髪を風にたなびかせながらこちらに歩いてくるユイナート様がいた。隣にはカイト様を伴っており、彼に呼ばれて来たのだろう。
ユイナート様からわたしの姿は、トア様とミハイル様に被って見えていないのだろうか、彼はわたしに気が付いていない様子だ。
「こんばんは、ユイナート殿下。今日は満月なので、貴方のお姿が映えますね」
「そんなことを言うために僕を呼び出したのですか? 僕は暇じゃないのですよ」
「ええ、分かっています。貴方様に来ていただいたのは、大きな理由があります。きっと、貴方様も喜んでくださるでしょう。……同時に私達が責められるのが目に見えてますけど」
疲れていらっしゃるのか、ユイナート様はいつもの笑みを浮かべておらず、無表情である。紅い瞳も心なしか冷たく見え、夢の中での彼の姿を思い起こさせた。
「僕が喜ぶこと? シェルミカに何かあったのですか?」
ユイナート様は怪訝そうな顔を浮かべ、温度のない瞳をミハイル様に向けた。わたしは彼の前に出るタイミングを完全に見誤り、彼に見つからないようにトア様に隠れるように体を小さくさせた。
「シェルミカ様に関係することと言えば、その通りですね」
「はっきりと言ってください。何の用なのですか。睡眠時間を確保しろと言ったのは貴方なのですよ。貴方のくだらない話に付き合う暇があるなら、眠る方がいい」
ユイナート様の話し方に、わたしは驚きを感じていた。気を抜ける相手の前での彼の姿を初めて見た。常に微笑みを浮かべ、紳士的な彼も、このように素を出すことがあるのだと分かって不思議な気分である。
わたしは彼について何も知らないのだな、と改めて実感した。
「殿下は相当疲れていらっしゃるようですね」
カイト様が笑みを浮かべながらユイナート様の隣に並ぶ。彼の言葉に嫌そうな顔を見せ、ユイナート様はため息を吐いた。
「ええ、疲れていますよ。あの豚共が皆ぽっくり逝ってしまえば全て解決するのに」
ユイナート様の言葉にわたしはぎょっとしてしまった。彼が使いそうにない言葉がいくつか聞こえてきた気がする。そして、ミハイル様の肩が若干震えているような気がする。笑いをこらえているようだ。ユイナート様は怪訝そうに彼を睨む。
「……何笑っているのです」
「いやぁ、何でもありませんよ。ふふ、これは面白いことになりそうだ」
ユイナート様は紅い瞳を鋭くさせた。そして彼はトア様に目を向ける。
「トア。ミハイルが何を企んでいるか、知っていますか?」
「…………」
「トア?」
トア様はミハイル様と目を合わせ、小さく顎を引いた。そして、彼は一歩横に動く。隠れる場所を失ってしまい、わたしは突然ユイナート様の前に姿を見せることになってしまった。
どんな顔をすればいいか分からず、目をさ迷わせているわたしを見て、ユイナート様は目を大きく見開いた。
「シェルミカ、どうして」
彼は、まっすぐとわたしを見つめながらこちらに近づいてきた。気が付いたら彼が目の前にいて、頬を優しく撫でられる。そしてそのまま抱き締められた。ユイナート様の髪が首筋に当たり、くすぐったい。
「……会いたかった」
零れたように呟かれた言葉を体現するように、彼は強くわたしを抱き締める。久しぶりの暖かな感触に、わたしも恐る恐る彼の背に手を回した。一瞬ユイナート様の体がびくりと動いたが、気にせずわたしは彼の頭に自らの頭を重ねた。
「最近会わないうちに、僕を誘うのが上手くなりましたね、シェミ。抱いてほしいのですか?」
ユイナート様は顔をわたしの首元に埋めながらそう言い、わたしの首筋を舐めた。ぞくりと全身に快感が巡り、わたしは強く首を振った。そして彼から離れようと力を入れる。
しかし、そのまま彼に顎を固定されて、彼と唇が触れ合った。甘さを感じる、優しい口付けだった。




