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囚われの日常(2)


 ユイナート様が去った後、わたしはしばらくぼおーっとしていた。はらり、と涙がこぼれてくる。トア様がハンカチを差し出してくれるので、わたしは感謝を述べて目頭を抑えた。

 そしてそのままうつ伏せになる。まるで氷点下の場所にいるかのように、身体の震えが止まらない。

 ユイナート様の機嫌が悪い。明日はベッドから起きることも出来ないかもしれない。 ぐすん、と少し鼻を鳴らしながら、わたしは新聞に手を伸ばす。例のページを眺めて、見出しを手でなぞる。

 どうして彼は怒ったのだろう。それが分からない。だからわたしはよく彼の機嫌を損ねてしまうのだろう。


「……ユイト様は何を求めているのでしょうか?」

「それは……私から申すことはできかねます」


 ボソリと小さく呟いた言葉にトア様はそう返す。彼は知っているということだろうか。ユイナート様が何を求めているか。わたしは、ただの玩具でしかない。彼がわたしに求めることなんて、恐怖に染まる顔や快感に歪む顔、嬌声くらいだろう。

 彼だって言っていた。「貴女のその顔を見てその声を聞くために、僕は貴女を抱くのです」と。本来この行為は性欲に基づくものだと思うのに、彼はわたしの顔と声を目的としている。

 出会った時、「久しぶり」だと言われていたのは覚えている。わたしとユイナート様はあったことがあったのだろうか。それを思い出すのを求められている? だけど全く記憶にない。わたしが記憶喪失だという話は聞いたことがないのだけど……。

  震えが少し収まった。わたしはハンカチを丁寧に畳んで机の上に置いておく。

 棚に置いておいた紙を一枚持ってきて、机の上に置く。少しずつ歩けるようになってきている。歩けても特に意味は無いけど。

 持ってきた紙には、ユイナート様がわたしの意義について言葉にしたものがメモされてある。そこに書き足しておく。「僕には貴女以上に夢中になるものなんてありませんよ」、と。

 メモ一覧をぼんやり見つめて、彼が求めるものを考える。が、やはり思いつかない。ただ彼の異常さが改めて分かっただけだ。

 これ以上考えても何も出てこないと思い、紙を元の場所に戻す。そして、白紙の紙と、本棚から参考書を持ってくる。

 本当はこの紙に脱出方法をとにかく書き出したい。でも、トア様の前だしそんなことできない。それに書いた内容は必ず知られてしまう。

 ユイナート様の言葉集は、どう思われているのか分からない。わたしが喜んでいると思われるのは絶対に嫌だ。でも、少しでも情報を集めないといけないから止めるわけにはいかない。彼の本当の目的が分かったら、自由になると時が来るのだろうか。

 参考書——アルテアラ王国の歴史書を開く。今日はアルテアラ王国と隣国のリゼッテル王国との戦争の場面だ。

 過去のアルテアラ王国とリゼッテル王国は仲は悪かった。しかし現在は友好関係にある。そのため、ユイナート様とシェンド様は仲良しである。

 シェンド様とは、シェンド・ルゥ・リゼッテル——陽光の王子様とも言われている、リゼッテル王国の王子様のことだ。

 シェンド様とは一度だけ会ったことがある。ユイナート様が彼をこの部屋に連れてきた時は心臓が止まるかと思った。ユイナート様が増えたように思えて次の日は一日中震えが止まらなかった。彼らは非常に趣味が合う。だから仲がいいのだろう。

 ユイナート様にいつの日かシェンド様のことを尋ねた時があった。そしたら急にユイナート様の機嫌が降下し、散々な目にあった。下手なことは言わない方が身のためだとしみじみと感じた。ついさっき、下手なことを言ってしまったのだけど。彼の機嫌の移り変わりはよく分からない。


「そういえば、シェンド王子が魔導騎士大会にいらっしゃるらしいですよ」


 トア様がわたしが開いた参考書の内容を見てこう言った。このように、彼はわたしが読んでいる本を遠くからでも読めるくらい目が良い。


「……そうなのですか?」

「はい。サラ嬢のご懐妊のお祝いにいらっしゃるとか」


 アルテアラ王国とリゼッテル王国の関係が友好になるのはもうすぐかも。

 ……シェンド様がわたしに会いに来ないことを祈ろう。


 

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