悪夢(2)
あの日から、ずっと同じ夢を見るようになった。
紅い瞳が冷たい目でわたしを見ていて、わたしは一人になる。そして最後は、決まったように短剣で首を切る。
そのうち、夢を見たくないせいか眠ることを怖いと思うようになった。布団にくるまって目を閉じても、頭が恐怖を感じているので眠りに落ちない。それでも生きている限り眠ることは必要なので、少しだけ眠っては夢の中で首を切って目が覚めるということを繰り返していた。
今日もまた、夜が明けるのを空を見ながら待っていた。今夜は満月で、雲一つない。そのため、月の光が部屋を照らし、真っ暗ではなかった。光があるというだけで、安心する。暗闇は夢を思い出してしまうので、嫌なのだ。
何も考えずにぼーっと空を眺めていると、下の方で影が動いたのが見えた。わたしはそちらに目を向けると、騎士訓練場に誰かが二人いることが確認できた。
よく目を凝らすと、一人は青い髪で、もう一人は暗闇に紛れそうな黒髪であることがわかる。トア様とカイト様だと気が付いたわたしは、彼らに見つからないように窓から離れようとした。しかし、二人は既にわたしに気が付いていたようだ。確実に二人と目が合った。
それでも何となくその場にいることができず、窓の外から見えないであろう場所に隠れる。こっそりと外を伺っていると、二人は訓練場から姿を消していた。二人が本当にいなくなったかを確認して、わたしは再び元の場所に戻る。
こんな夜遅くまで起きているなんて、彼らはいつ寝ているのだろう。わたしの監視も務めているのに、多重労働ではないのだろうか。
ぼんやりと考えていると、控えめに部屋の扉が叩かれて、わたしは飛び上がりそうなほど驚いた。動揺しながら声を出すと、先程外にいたカイト様がそっと顔を覗かせた。
「シェルミカ様。起きていらしたのですね。……中に入ってもよろしいですか?」
「は、はい。どうぞ入ってください」
何の用かと目を白黒させながら、わたしはカイト様を部屋の中に招き入れる。彼はわたしの傍に近づいて、膝を屈めてわたしと視線を合わせた。
「目に隈ができていますよ。シェルミカ様、最近眠れていないのではないのですか?」
優しい声で問いかけられ、わたしは言葉に詰まった。カイト様と目を合わすことができず、床に目を向ける。何も言わないわたしを一切責めることなく、カイト様は諭すように話した。
「ちょうど今日ミハイルがいますので、貴女様のことを診てもらいましょう。今トアが呼びに行っていますので、すぐに来ますと思います」
彼の言葉に頷いて、わたしは視線を上げる。すると、目を和らげて微笑んだカイト様と目が合って、頬に熱が集まるのを感じた。夜中に悪夢のせいで眠れなくなるなんて、まるで子供みたいなわたしが恥ずかしくなってくる。
そのまましばらく待っていると、再び扉が叩かれた。カイト様が扉を開けると、ミハイル様とトア様が部屋に入って来た。
「こんばんは、シェルミカ様」
ミハイル様は穏やかに微笑み、トア様も口元に小さく笑みを浮かべながら頭を下げた。わたしもつられて頭を下げる。
「眠れない夜は、誰にでもあります。あまり気になさらないでくださいね」
足音を鳴らさずにわたしに近づいたミハイル様は、椅子をわたしの前に引いてそこに座った。わたしよりも少し高い位置にある彼の目を見て、わたしは問いかける。
「ミハイル様は、どうしてこちらに?」
「今日はユイナート殿下にお会いしに来たので、たまたま王城にいたのです。私がいる間に貴女様のことを知れてよかったですよ」
ユイナート様の名前が出てきて、わたしは動揺して視線を下に向けた。名前を聞くだけで何故こんな変な気分になるのだろう。
彼は元気にしているのだろうか。睡眠の時間を削って、国のために尽力しているのだろうか。ユイナート様のことを考え始めると、頭がいっぱいいっぱいになってしまう。
そんなわたしの内心を察してか、ミハイル様はわたしの頬に手を添えた。久しぶりに頬を触られ、わたしの体は熱を帯びる。
「シェルミカ様。無理して答えなくても良いのですが、どうして眠れないのか、私に教えていただけませんか?」
優しい声色に、強張ったわたしの心は溶けていく。それでも、あの夢を思い出すだけで、体は一気に冷えてしまうのだ。
言葉を出そうにもどう説明したらいいか分からない。目をさ迷わせるわたしを見て、ミハイル様は笑みを深めた。とても優しくて、温かい微笑みだ。




