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悪夢(1)


 ——紅い瞳を持つ青年が、わたしを冷たい目で見下ろしていた。

 彼の隣には美しい女性が寄り添っていて、彼の腕に手を絡ませている。わたしが惨めに座り込んでいる姿を、彼女は憐れむような目で見ていた。

 わたしは彼の名を呼ぶ。しかし、彼は感情の籠もらない顔のまま、凍えるほど冷たい声色で述べた。


「何度も言っていたでしょう? 貴女は、ただの玩具だと。玩具は、飽きたら捨てるものなのです」


 そう言って、彼は隣の女性を連れて背を向けた。わたしは思わず彼の背に向けて手を伸ばしたが、その手は空を切った。

 彼の姿が暗い奥に消えていく。わたしは痛む身体に鞭を打って立ち上がり、彼の後を追う。しかし、いくら手を伸ばしても届かない。それどころか、わたしの周りから光が消えて気が付いたら真っ暗な世界にいた。


 彼の名を呼んでも、暗闇に吸い込まれて後には何も残らない。焦燥から、わたしは無我夢中で真っ暗な世界を駆けだした。誰かに会いたい。だけど、ここには誰もいない。


 わたしは一人だということに気が付いて、足を止めた。

 無駄に走っても、誰かに縋ろうとしても、意味がない。


 彼に捨てられたわたしは、一人なんだ。


 足元で小さな光を発した何かに気が付いて、わたしはしゃがんでそれを手に取った。どこかに光があるわけでもないのに、この短剣の銀色の刃は光を反射している。今のわたしには、この刃しか光がない。

 わたしは小さく微笑んで、その短剣を首筋に添えた。


 「——わたしの体を、神に捧げます」


 そしてそのまま、始めからそうすると決められていたように、刃を首に食い込ませた。

 




 最悪な目覚めだった。

 わたしは乱れる息を整え、手で目を覆った。頬が冷たく、全身の震えが収まらない。

 体を温めるために、頭から布団をかぶった。自分を抱きしめるように体を丸め、強く目を瞑る。まだ夜は明けていないけど、もう一度眠ることはできなかった。


 またあの夢を見てしまうかもしれないと思うと、とても怖かった。


 これ以上横になっていられなかったので、わたしは布団から顔を出して寝台から降りた。寝室を出て、椅子を移動させて窓の傍に座る。

 今日は雲が多く、月が見えない。この部屋は夜になると完全に消灯するので、月の光がない今は真っ暗である。時間を潰すために本を読むことはできない。何もすることがなく、わたしは夜が明けるまでずっと空を眺め続けた。



 雲に覆われていても、少しずつ空が明るくなってきた。


「シェルミカ様、入ってもよろしいでしょうか」


 部屋の扉が叩かれ、わたしは返事をしてそちらに目を向ける。ニーナ様やトア様が中に入って来て、わたしは彼らの姿を見て安心した。どうやらあの夢のせいで、人が恋しくなっていたようだ。

 朝食が並べられていくので、わたしは椅子を移動させて食べる準備を整える。


「……シェルミカ様。あまりよく眠れなかったのですか?」


 トア様に声をかけられ、わたしは少し考えてから小さく答えた。


「早く目覚めてしまって、それから眠れなくなってしまったのです」


 正直に夢が怖かったと言ってもいいのだけど、あの夢の内容を問われたらどう答えていいのか分からなかった。あの夢のことは、誰にも話したくない。


 最近はユイナート様の夜伽がめっきりとなくなり、わたしは安寧の日々を過ごしていた。どうやら、ノースリッジ公国と一発触発状態ならしく、彼は戦争への対応に追われているらしい。最近は夜伽だけでなく、彼の来訪もなくなっていた。

 体としては嬉しいはずなのに、どうしてか心細さを感じている。わたしは彼の微笑みを思い出し、すぐに首を振ってそれをかき消した。


 怖い夢を見たせいで、心が不安定になっているだけだ。わたしは決して、彼と会えないことをを寂しく思っているわけではない。

 頬に熱が集まっているのを感じ、わたしは水を一気に飲んだ。しかし水が変なところに入ってしまい、むせてしまう。


「シェルミカ様、大丈夫ですか⁉」


 ニーナ様が慌ててタオルを持って近づいてくる。わたしはそのタオルを借りて口に当てて何度か咳き込んだ。

 彼女に感謝を述べてタオルを渡す。咳を出したタオルを人に渡すのは気が引けるが、わたしが持っていてもどうにもできない。ニーナ様はわたしを安心させるように、にこりと笑った。


「どうかゆっくり、お食べください」

「……はい。申し訳ありません」


 わたしは目を伏せて料理に目を戻した。今は食事に専念しよう。ユイナート様のことを考えると、また変なところに入ってしまうかもしれない。

 ゆっくりと噛みながら食べ始めたわたしは、トア様が探るようにわたしを見ていたことに気が付かなかった。

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