医者の報告(1)
ユイナートは会合を終え自室に戻り、机の上に置かれてある民からの資料を読んでいた。彼の後方にはアルビーが立っている。
「……誰か来ましたね」
「確認します」
ユイナートは部屋の外に人の気配を感じ、アルビーが確認するため扉を開ける。部屋の前に立っていた人物は突然扉が開かれたことに一切驚かなかった。
「失礼します、ユイナート殿下」
「ああ、ミハイルでしたか」
ミハイルはユイナートの笑顔の圧に対し物怖じせず部屋の中に入る。アルビーは音がならないようそっと扉を閉めた。
「おや、私にも笑みを見せてくださるのですね。嬉しいですよ」
「貴方は大切な医者ですから、敬意を表するのは当然です」
「貴方様の笑みには敬意が表れているのですね。初耳です。ということは、貴方様はシェンド王子を始め、アルビー、トア、カイトに対する敬意はないのですね」
「彼らには敬意というより親愛の方が大きいですよ」
「おやおや、つまり無表情には親愛が現れていると。ということは貴方様はシェルミカ様に親愛を見せていないのですね」
「シェルミカは別です。……はぁ、面倒くさい」
ユイナートとミハイルはしばらく笑顔で攻防を繰り広げ、最後にはユイナートが大きくため息を吐いて顔から表情を消した。そんな彼を見てミハイルは穏やかに微笑む。ユイナートは面白くなさそうな顔でミハイルを睨んだ。
「相変わらず貴方様は卑屈でいらっしゃる。シェルミカ様のご容態について報告を――」
「どうしでした?」
食い気味に問うユイナートに対しミハイルは苦笑する。
「媚薬の効果は既になくなっていました。体調不良等、薬による影響もございません」
「……それは良かった」
ユイナートは目元を和らげて小さく息を吐く。そんな彼をミハイルは優しく見ていた。しかしミハイルはすぐ目を鋭くさせる。
「ですが、貴方様による行為の痕が酷かったですよ。噛み痕を付けすぎです。あと、何度彼女を達っさせたら満足するのです? 今日はシェルミカ様、ベッドから出ることもできないのですよ、お可哀想に。媚薬の所為でシェルミカ様が貴方様を散々煽ったのでしょうけど、それにしても彼女に無理をさせすぎです」
「……分かっています」
普段であればユイナートはミハイルに反論するが、彼は素直に頷いた。ミハイルは驚きながらも、優しく微笑む。
「貴方様は本当にシェルミカ様を大事に思っておられますね。では、そんな彼女のために本日は彼女へのお触りは禁止です。いいですか?」
「…………」
「ユイナート殿下? 元はと言えば貴方様の所為ですよ。言っておきますけど、口付けもだめですからね。貴方様、シェルミカ様の舌も噛んだでしょう? あれはかなり痛いやつです」
「…………」
ユイナートは口元に小さく笑みを浮かべ、何も言わずにミハイルを見る。ミハイルはそれが彼が逡巡している状態だと理解しており、ミハイルもまた笑みを浮かべて彼を見る。
「このままだと、貴方様は本当にシェルミカ様の身体を壊してしまいますよ。今日一日くらいは我慢してみなさい」
「……我慢、ですか」
小さく呟き、ユイナートは数秒目を瞑る。そして再び彼が目を開けた時には、口元の笑みは消えていた。
「そうですね。一日くらいは、我慢してみましょう。今後、数日彼女の元に行くことすらできなくなるかもしれないので、その時の練習だと思って。僕だって、シェルミカの身体を壊したくありません」
ミハイルはよくできた子供を見るようにユイナートを見て、彼はミハイルを睨んだ。
「シェルミカに月のものが来た時には、僕だって自重していますよ」
「それでも口付けはしているでしょう?」
再びユイナートは黙り込んだ。その後もミハイルはシェルミカの具体的な体調や気になる点、注意するべきことをユイナートに伝えた。ユイナートはそれらを記憶し、ふと顔を上げた。
「……また誰か来ましたね」
ユイナートは扉に目を向けてその顔に笑みを浮かべ、ミハイルは壁際に移動する。アルビーが扉を開くと、部屋にトアと疲れた様子のバルドが入って来た。




