翌日(1)
——目を開けると、身体中がだるく力が入らなかった。
しばらく何も考えることができず、ぼんやりと天井を見つめていたが、昨晩のことを徐々に思い出してきた。
「……わ、わたしはなんてことを」
昨晩のわたし自身のことを思い出し、ユイナート様の前で醜態を晒したことを認識する。ベッドの上で悶絶したくなったが、それが出来ないほど力が入らない。今の声もガラガラで、喋ったわたしですら聞き難い声だった。
昨晩のユイナート様は本当に怖かった。主な原因はわたしだろうけど、今までになく激しく問答無用な行為だった。
最後の方はほとんど記憶が無い。ただ、ユイナート様から逃げないことを誓ったらやめてやると言われ、誓ったのにやめてくださらなかったことは覚えている。あの時は本当に壊れるかと思った。
身体を起こそうとするも下半身が全くもって動かない。感覚はあるけど自分の体じゃなくなったように思えてしまう。それに、所々痛みを感じる。舌も少し痛い。
いつもであれば寝室を出るのに、今日はベッドから降りることもできないかもしれない。わたしは寝転んだまま人が来るのを待つことにした。
しばらくぼーっとしていると、寝室の扉が叩かれた。この部屋の壁は防音が施されているらしく、外の声は全く聞こえない。……防音が必要な理由は簡単だ。わたしの嬌声が外に聞こえないようにするためである。
「シェルミカ様、体調はいかがですか?」
扉が開かれると、緑がかった黄土色の長髪の中性的な顔立ちをした人が入ってきた。
「ミハイル様?」
わたしは彼の名を呼んだつもりだったが、声がかすれすぎてほとんど吐息だけになった。彼は医療道具らしきものを持っている。ミハイル様は医者であり、わたしが以前体調を崩した時にも来てくださった。
「診る前にシーツを取り替えましょうか。このままだと不快でしょうし」
彼の言葉で侍女の方々が部屋に入ってきて、わたしは彼女達に支えられて(ほとんど寄りかかって)いる間にシーツを取り替えてくれる。そして再びわたしはベッドに戻り、クッションを背もたれにして座った。
「……では、ちょっと診せてくださいね」
ミハイル様はそう言ってわたしを診察する。彼の質問に幾つか答え、わたしの声に彼は痛ましそうな顔をした。水と粉薬を手渡されたのでそれを飲むと、少しだけ声がマシになった気がする。
「媚薬の効果はもうありませんね。身体への影響もありません。……ただ、行為による痕が酷いですね」
彼の言葉にわたしは目を伏せ、自分の体に目を移した。手首には治りかけていたのにまた新たに痣が、手や腕には多々の噛み跡がある。服で見えないが、身体中に同じような痕ができているのだと思う。
ミハイル様がわたしに口を開けるよう促したので、わたしは大きく口を開けて彼に見せた。
「……舌まで噛まれていますね。全く、あの方はいつもシェルミカ様に無茶をさせる。痛そうなところには薬を塗っておきましょう」
彼は塗り薬を取り出して、首元や肩を中心に痕ができているところにそれを塗っていく。舌にも薬を塗られたが、薬には味がなくひんやりとして気持ちが良かった。
「恐らく胸元辺りも酷いでしょうね……。私は席を外しますので、彼女達にお願いしましょう」
そう言って彼は一時的に部屋を離れた。侍女の内の一人であるニーナ様が彼から薬を受け取る。ミハイル様が寝室を出た時に外からカイト様の声が聞こえたので、彼もここに来ているのだろう。扉が閉められると彼らの声は聞こえなくなる。
「失礼します、シェルミカ様」
わたしは彼女達に従って服を脱ぐ。胸に目を下ろすと、確かに痕だらけだ。
「少しお体に触りますね」
ニーナ様が優しく痕に薬を塗ってくれる。自分で塗りたいという思いはあるが、こんな状態ならかえって邪魔をしてしまう。
そのまま彼女の手元を眺めていると、彼女はわたしが見ていることに気がついてか、にこりと微笑んだ。
「シェルミカ様がご無事で良かったです。私、貴女様のことがとても心配で……」
「……ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「いいえ! 貴女様が謝る必要はございません。むしろ私達の方が謝罪をしないと。シェルミカ様が口にされる食事が安全かどうかを確かめるのは私達の仕事ですのに」
ニーナ様の言葉に周りの他の侍女の方もうんうんと頷く。わたしは感謝の気持ちを述べ、薬が塗り終わるのを待った。
「……これで全部でしょうか。ミハイル様をお呼びしますね」