媚薬の影響(1)
面倒くさい。ユイナートは微笑を浮かべながら内心そう思っていた。彼は夜会に参加し、ワインを片手にリゼッテル王国の来客達の相手をしている。その話の内容は主に交易や商売など、金に関係のあるものでしかない。
シェンドがユイナートの元へ歩いてきた。彼と話していた貴族はシェンドの姿を認め、後ろに下がりその場を譲る。
「ユイナート、サラ嬢の懐妊本当におめでとう」
「ありがとうございます、シェンド」
二人は社交的な笑みを浮かべ、ワイングラスを掲げた。周囲の貴族達は二人の動向に注視している。
「今日の試合、楽しかったな」
「そうですね。途中雨が降ってきたことで、平等な試合ではなくなってしまいましたのがもったいなかったです」
当たり障りのない会話を続け、彼らは場所を移動する。夜会会場から別の部屋に移り、二人だけになった途端、ユイナートは顔から笑みを消した。そしてワインを一気に仰ぎ飲む。
「はあ、本当に面倒くさい」
「相変わらずお前は裏と表が激しすぎるな。恐ろしいよ」
「貴方も相当でしょう。それに、何が本当におめでとう、ですか。鳥肌が立ちました」
「あの場ではそう言うしかないだろう? そもそも俺が来国した理由がそれだからな」
二人は軽口をたたき合いながらソファーに座る。護衛もいないので、お互いが完全に素を出している。ユイナートは足を組んで机に置かれてあったワインをグラスに注ぎ、再び一気に仰いだ。
「さっさと終わらせてシェルミカを抱きたい」
「本音が不純だな。サラ嬢が妬くぞ?」
「冗談を。彼女にはイリアスが付いていますから。僕が傍にいる方が嫌がられますよ」
その後も気軽に話を続けていると、ユイナートは懐の通信具が揺れていることに気が付く。シェンドに断りを入れ、彼はグラスを机に置いてソファーから立ち上がり、通信具を取り出した。
「……殿下。トアです」
「何がありました?」
シェルミカを監視しているはずのトアから連絡が来るということは、シェルミカに何かあった以外考えられない。ユイナートはいち早く本題を聞こうとした。
「シェルミカ様が媚薬を口にされました」
「媚薬?」
彼は思わず復唱する。シェンドは興味を持ったのか、彼とトアの会話に聞き耳を立てている。
「夕食に含まれていたようです。私にはどうしようもできませんでした。申し訳ございません」
「その場では貴方はどうしようもできないでしょう。分かりました、早く終わらせてそちらに向かいます。トアは情報を集めてその場で待機してください」
「承知しました」
通信を切り、ユイナートはシェンドに顔を向ける。
「……今の聞いてたでしょう? 僕はさっさとこの場を抜けて彼女の元へ向かいます」
「媚薬を飲まされるなんて。誰の仕業だ?」
「犯人は後で突き止めます。それよりも先にシェルミカを救わないと」
ユイナートは今にも部屋から飛び出てシェルミカの元へ向かいそうな状態だ。それに気が付いたシェンドは苦笑し、立ち上がって彼の肩を叩いた。
「俺も手伝おう。俺がこの場を収めるよ。お前は緊急事態が起きたとかでも言って夜会から抜け出すと良い」
「……いいのですか?」
「なぁに。俺はアルテアラ王国に数日滞在する。その内の何日かは俺も連れてくれ」
「分かりました。感謝します」
簡潔に述べ、彼は部屋を出た。シェンドは再び苦笑し、彼の後に続いた。